『新約聖書』の「マタイによる福音書」に、イエスの終末予言がある。
「そこでイエスは答えて言われた。
人に惑わされないように気をつけなさい。
多くの者がわたしの名を名乗って現れ、自分がキリストだと言って、多くの人を惑わすだろう。
また、戦争と戦争のうわさを聞くであろう。
注意していなさい。
慌ててはいけない。
それは起こらねばならないが、まだ終わりではない。
民は民に、国は国に敵対して立ち上がるであろう。
またあちこちに飢饉が起こり、また地震があるであろう。
しかし、全てこれらは産みの苦しみの初めである」
反キリストは「偽キリスト」とも呼ばれるが、その偽キリストが数多く現れるという。
確かに、「再臨のキリスト」を名乗る新興宗教の教祖は少なくない。
これだけでは時期が特定できないが、次のようなヒントがある。
「その時に起こる艱難の後、たちまち日は暗くなり、天体は揺り動かされるであろう。
その時、人の子のしるしが天に現れるであろう。
またその時、地の全ての民族は嘆き、そして力と大いなる栄光とを持って、人の子が天の雲に乗ってくるのを、人々は見るであろう。
また、彼は大いなるラッパの音と共に御使い達を遣わして、天の果てから地の果てに至るまで、四方からその選民を呼び集めるであろう」
普通に読むと、日食の後に地球規模の大地震が起きるように解釈できるが、「天体は揺り動かされる」ということは、単なる地球のみの異変ではない。
この天体の異変の1つが、木星の巨大火山クロノスの大爆発と考えると、「天に現れる人の子のしるし」は彗星「ケツァルコアトル」の誕生だと考えられる。
そして「天の雲」はUFOである可能性が高い。
「選民」とは「イスラエルの民」を指し、「天の果てから地の果てに至るまで」とは、太陽系の各惑星と地球内部アルザルに散らばっているイスラエル民族、そして世界中に散らばっているイスラエル民族を指す。
では、「人の子」とは何者なのか。
彗星「ケツァルコアトル」は、イエス・キリストの象徴である。
そして、「力と大いなる栄光とをもち、御使いを遣わす」立場にあるのは、『新約聖書』に於いてイエス以外にはない。
しかし、自分の再臨を「彼」とか「人の子が天の雲に乗ってくる」と表現するのはおかしい。
それに、イエスは「天の父の子」を名乗っており、「人の子」という表現はされていない。
「人の子」は英文で「san of Man」、つまり2世代目であり、Mが大文字なので「偉大な方の2世代目に率いられた人々」と解釈できる。
「出エジプト記」で、イスラエル民族を率いたモーゼを1世代目とした場合、イスラエル10支族をアルザルに導いた預言者が2世代目ということになる。
つまり、アルザルの王が「人の子」の正体ということになる。
話をまとめると、木星から噴出する彗星の出現を合図に、アルザルのイスラエル民族が脱出し、太陽系に散らばっているイスラエル民族と共に、地球上の選民をUFOで救出しにやってくるという予言だと考えられる。
だが、この時点では、イエスはまだ再臨しないようだ。
チベット密教の経典『世界の王の予言書 に、聖書の予言と同じ記述がある。
「世の終わりに人々の心が荒廃し、戦争と天変地異が続き、木星から地上を焼き尽くす炎が放たれ、世界が破滅の淵に立たされる時、シャンバラ王が軍隊を率いて地上に降臨し、邪悪なる民を討つ。
そして最後の最後に、救世主マイトレーヤが現れて、正しい人は救われる」
「木星」から地上を焼き尽くす炎が放たれるというのは、「天に現れるしるし」が彗星「ケツァルコアトル」である事を裏付けている。
そして、「シャンバラ王」と「マイトレーヤ」が別物であることが明確に記されており、「シャンバラ王=人の子」は、マイトレーヤ(弥勒菩薩=キリスト)の啓示を預かる預言者である事を意味している。
その意味では、「ロード・マイトレーヤ」を名乗るラーマト・アーマドは、数多く現れる「偽キリスト」の1人だといえるかも知れない。

