世の中には必ず表と裏があり、ノストラダムスの予言も表裏一体。
「反キリストと偽預言者ペトロ2世の登場」が表の意味なら、裏の意味は「イエス・キリストと預言者ペトロ」の復活である。
グランドクロスに磔にされた地球は、そのままイエスの磔を意味する。
イエスが処刑された時、「3時間の間、太陽が輝きを失った」と聖書は伝えている。
それを暗示するかのように、1999年8月11日に日食が起きた。
だが、3時間も続く日食はない。
太陽が輝きを失うというのも通常では考えられないが、光を吸収する 「ブラックプラズマ」の存在が確認されている。
イエスが処刑された時、太陽は光を吸収する「暗黒太陽」となっていた可能性がある。
「恐怖の大王」はルシファーの比喩であると同時に、「イエス・キリスト」をも意味する。
再臨のイエス・キリストは「裁きの神」故に、ヨーロッパでは伝統的に、イエスのことを「恐怖の大王」と呼び習わされていたという説がある。
堕天使ルシファーから見ると、イエスこそ「恐怖の大王」である。
つまり、「イエス・キリスト=ルシファー」でもある事にお気づきだろうか……。
そして、太陽神「天照大神」の正体が「イエス・キリスト」なら、「イエス・キリスト」は太陽神である。
厳密に言えば、太陽神「ヤハウェ」の受肉が「イエス・キリスト」。
即ち、日食は「イエス・キリストの死」を暗示すると同時に、「最後の審判」で罪人を裁く「恐怖の大王」の顔を持ち併せているのだ。
日本神話では、天照大神が「天の岩戸」に隠れて世界は闇に包まれ、悪神が騒いで世界に災いが起きた。
これは、約2000年前のイエスの処刑の時にも起きた現象である。
エジプトの3大ピラミッドはクフ王の墓ではなく、ノアの大洪水以前の時代にエノクが建造した「絶対三神」の神殿である。
そして、2体のスフィンクス(1体はノアの大洪水で流されている)の原型である百獣の王ライオンは、イエスを生んだ「ユダ族」の象徴であり、ユダ族の王「イエス・キリスト」の象徴である。
『新約聖書』には、イエス・キリストが「王の王」と呼ばれる箇所がある。
キリスト教に関係の深い漢字を研究している毛戸健二牧師は、「王」という漢字は、「天と地に十字架の橋が架けられている形」から作られた文字だとしている。
これは「ヤコブの梯子」とも符合する。
「王」は、イエスを意味すると同時に、天と地を仲介する天使、或いは預言者を意味する。
「主」は、王の王、即ち大王であり、「王」の上に君臨する絶対神 「ヤハウェ」を表す。
聖徳太子の時代以前、天皇は「大王」と呼ばれていた。
「天皇」もイエスを意味する漢字だが、正確には「天皇陛下」であり、絶対神「ヤハウェ=イエス・キリスト=天照大神」の天啓を預かる預言者という意味になる。
『竹内文書』では、ピラミッドを「日来神宮」と書く。
日本神道の最高神が天照大神(イエス・キリスト)なら、日本にも日来神宮(ピラミッド)が存在する。
何を隠そう、後期のエジプト文明を築いたのは、モーゼに率いられてエジプトを脱出した「古代イスラエル民族」なのである。
日本には人工ピラミッドと考えられている山が各地にあるが、神社の裏に山があることが多い。
そして、狛犬は獅子、即ちライオンであり、エジプトの「スフィンクス=イエス・キリスト」である。
2体の狛犬は「阿」と「吽」を表し、イエスが「私は最初であり、最後である」と語ったことを表現している。
そうなると、仁王像も「イエス・キリスト」ということになる。
仁王は金剛力士であり、本質的には不動明王である。
不動明王は、仁王経の本尊「五大明王」の最高尊で、そのルーツはヒンドゥー教の破壊神「シヴァ」である。
シヴァ神は維持神「ヴィシュヌ」と表裏一体で、不動明王も真言宗の最高仏である「大日如来」と表裏一体である。
即ち、ルシファーも「ヤハウェ=イエス・キリスト」と表裏一体であり、荒らぶる神「スサノオ」も「天照大神」と表裏一体の関係となる。
そして、仁王像が2体存在するということは、「イエス・キリスト」が2柱存在することになる。
これは、「ヤハウェとイエス・キリスト」を表現しているとも言えるし、「ヤハウェとルシファー」を表現しているとも言える。
また、これは天皇が2人いるという意味にも繋がる。
「天」を分解すると「二人」という字にもなる。
正確には、イエス・キリストこそ唯一の「天皇」であり、その預言を預かるのが「陛下」なのだ。
これを示すのが「大王」で、「大」は「一人」と分解することができる。
『日月神示』には「同じ名の神2つあるぞ」と示されている。
そして、天の岩戸から出てきた天照大神は『偽の天照大神』で、本物はまだ隠れているという。
本物の天照大神=天皇(イエス・キリスト)は太陽に住んでいるが、同時に地球内部アルザルに隠れていることを暗示している。
これは、世界の「鬼門=東北」である日本に封印された「艮の金神」、即ち『日月神示』を降ろした地球神「国常立尊」とも符号する。
そうすると、「国常立尊=イエス・キリスト」ともなる。
この事はグランドクロスで象徴された通り、「地球=イエス・キリスト」でもある。
『日月神示』によると、国常立尊は地球を作り固めて人類を生んだ、世の元からの龍神だという。
これを聖書に当てはめると「国常立尊=ヤハウェ」となり、「国常立尊=イエス・キリスト」であることが証明できる。
高天原から追放された荒らぶる神「スサノオ」は、天界から追放された堕天使「ルシファー」である。
聖書では、明けの明星(金星)は「ルシファー」の象徴だが、「イエス」も自らを「明けの明星」と称している。
絶対神ヤハウェ(イエス・キリスト)と堕天使ルシファーが、イコールで結ばれるのは何故か。
「スサノオは艮の金神とも呼ばれている」(アリオン)
『日月神示』では、素盞鳴命(スサノオノミコト)を「スサナルノミコト」 と読ませているが、次のように示されている。
「大国常立の神様が大素盞鳴の神様なり」
「素盞鳴の大神様も篤く祀りてくれよ。
此の神様には毎夜毎日御詫びせなならんのざぞ。
此の世の罪穢れ負はれて陰から守護されて御座る尊い神様ぞ」
「素盞鳴命が、荒らぶる神、悪神ではなく、人民の罪を背負って下さる救ひ主の大神であることが判らねば、岩戸はひらけんぞ」
「素盞鳴の大神が悪神とうつるのは、悪がそなたの中にあるからであるぞ」
「命をアラブル神なりと申して伝えてゐるなれど、アラブル神とは粗暴な神ではないぞ、あばれ廻り、こわし廻る神ではないぞ、アラブル(現生る)神であるぞ、天ヶ下、大国土を守り育て給う神であるぞ、取違いしてゐて申しわけあるまいがな。
このことよく理解出来ねば、今度の大峠は越せんぞ」
「素盞鳴の命にも二通りあるぞ、一神で生み給へる御神と、夫婦呼吸を合わせて生み給へる御神と、二通りあるぞ、間違へてはならんことぞ」
ヤハウェもイエスも「私はある」と名乗っているが、これは「現生る神」と同じ表現だという解釈も可能で、人類の罪を背負って十字架に架かったイエスも贖罪神だった。
また聖書では、蛇と龍は「ルシファー」の象徴だが、「イエス・キリスト」も蛇と龍で象徴されている。
そして 『日月神示』では、国常立尊を龍神と表現されている。
『日月神示』には、「悪神の大将も光り輝いているのぞ」と示されており、「イエス・キリスト」の裏の顔が「ルシファー」であることを示唆している。
ここまでを整理すると、次のような等式で結ばれる。
「恐怖の大王=天照大神=ヤハウェ=イエス・キリスト=国常立尊=素盞鳴命(スサノオ)=ルシファー」
これにはまだ奥深い意味があるが、ここではこの辺で止めておく。
話が飛躍してしまったが、世界を滅ぼして「至福千年王国」を建設する、ルシファーとしての顔を持つ「恐怖の大王=イエス・キリスト」が、「アンゴルモアの大王」である第1の弟子「ペトロ」を復活させる。
この予型として、実際にイエスが処刑された時、多くの人々が生き返ったことが記録されている。
そして「マルスの支配」は、天体現象的に「火星の接近」を意味する。
以前、火星が地球に接近した時、日本で多数のUFOが目撃されたが、これは何かの合図だったのだろうか。
アルザル同様、火星にも「イスラエル10支族」が基地を持っているらしい。
「マルスは支配に乗り出すだろう」とは、イエスとイスラエル10支族が地上に帰還する事とシンクロする。
そして、カッバーラでは火星も「イエス・キリスト」の象徴で、ユダヤ教では火星は堕天使サマエル(ルシファー)の象徴となっている。
つまり、「マルス」はルシファーの象徴だが、裏の意味は「イエス・キリスト」ということになる。
「恐怖の大王」「アンゴルモアの大王」「マルス」の原文をゲマトリアで数字変換して足すと「666」になるが、「666」は「ミロク=弥勒菩薩=再臨のイエス・キリスト」にも通じる。
また、釈迦が予言した「56億7000万年後に弥勒菩薩が下生する」というのは、釈迦の時代の世界人口約3億人から56億7000人増えて、「1999年に世界の人口が60億人に達した」ことで実現したという説を紹介したが、『日月神示』ではこの「567」を 「ミロク」と読ませているのだ。
つまり、ノストラダムスの予言の表の意味は「反キリストの復活と世界統一政府の樹立」を示すものだが、裏の意味は全く正反対のドンデン返しで、「イエス・キリストの再臨と至福千年王国の建設」を暗示しているのだ。
終末は「至福千年王国」の始まりである。
イエスの「死と復活」がワンセットであるように、この世の「破壊と再生」もワンセットになっている。
「ルシファー」という名の破壊エネルギーと、「イエス・キリスト」という名の建設のエネルギーはワンセットであり、「この世の終わりが新しい世の始まり」というのが、宇宙進 化の仕組みなのだ。
そのルシファーの解体エネルギーが人間に作用したのが「反キリスト勢力」であり、「必要悪」といえるのだ。
そして、「大工の王」であり、至福千年王国を建設する「イエス・キリスト」もまた、「フリーメーソンの大王」なのだ。
もっとも、エネルギーに善も悪もない。
聖書では、善悪二元論的な表現がされているが、聖書の記述はあくまでも比喩である。
この辺りの事は、『日月神示』や『ヒンドゥー教』を題材に、今後深く掘り下げて詳述する予定である。

