2009年07月28日

イエス・キリストの預言者「出口ナオ」の謎

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王仁三郎の本名は「喜三郎」だが、「鬼三郎」と改名するように神勅が下った。
だが、「鬼」ではキツ過ぎるということで「王仁」という漢字を当てはめたという。
しかし、偶然にもその意味は深いものがある。
百済から渡来した「日本儒学の祖」と呼ばれる「王仁博士」との霊的因縁を感じる。
また、儒教では「仁は愛なり」で「愛の王」となり、我々の知るイエス像と合致し、「仁(思いやり、慈しみ、情け)の王」と考えても、イエスのイメージと重なる。
王仁を逆にして「仁王」にすると、仁王は鬼神で「鬼三郎」と符合し、阿(α)と吽(Ω)で「イエス・キリスト」を象徴する。
そして、2体の仁王像は「ヤハウェ(アマテラス)」と「ルシファー(スサノオ)」を示唆している。

縄文時代まで遡ると、神と鬼は同義語で、「九鬼文書(くかみもんじょ)」のように、鬼を「カミ」と発音する。
鬼は神の一面であり、鬼と神は表裏一体。
地獄絵図では、鬼は悪者というよりも、地獄に堕ちた罪人に刑罰を与える姿として描かれている。
つまり、地上の破壊を司るルシファー(鬼)は、「最後の審判」で罪人を裁く「イエス・キリスト」と同一神となる。
仁王の正式名は「金剛力士」だが、金剛とは本来「落雷」を意味し、雷は「神なり」の意である。
プラズマの一形態である「雷」は、神のエネルギーの一形態であり、ルシファーの象徴なのだ。
それ故、雷神は鬼の姿で表現されている。
また、落雷(光)は天から落ちる龍の如く、「天界から地上に落とされた堕天使ルシファー=高天原から追放された荒ぶる神スサノオ=天から馬小屋に産み落とされた救世主イエス・キリスト」とオーバーラップする。

「イエスはいわれた。『わたしはサタンが稲妻のように天から落ちるのを見ていた』」
(「ルカによる福音書」第10章18節)

善悪二元論のように見える『聖書』も詳細に検証すれば、「魔王ルシファー=絶対神ヤハウェ」となる。
善神と悪神が一体であるが故に「一神教」だというのが、聖書の奥義なのではないだろうか。
ヒンドゥー教の創造神「ブラフマー」と破壊神「シヴァ」は、聖書の「ヤハウェ」と「ルシファー」に対応するが、不二一元論を唱えている。
また、落雷を意味する「金剛力士」と「不動明王」はどちらも鬼神で、本質的には同じ仏だと考えて良い。
不動明王は密教の根本尊である大日如来の化身、又はその内証の表現だとされ、やはり、ヤハウェとルシファーの一体性を物語っている。

不動明王のルーツはヒンドゥー教の破壊神「シヴァ」だが、そのルーツは雷神「ルドラ」である。
シヴァは「牛」で象徴されるが、スサノオも「牛頭天王」として祀られている。
そして、鬼門が丑寅(うしとら)の方角である通り、鬼の頭には「牛の角」が生えている。
シヴァは全身に蛇を巻き付けているが、蛇は「ルシファー」の象徴であり、「イエス・キリスト」の象徴でもある。
また、ルシファーは「光」と「金星」でも象徴されるが、イエスも「光」と「金星」で象徴されている。
道教や陰陽道では東北の方角は鬼門として畏怖され、『日月神示』ではこの鬼門の神(鬼)を「国常立尊」といい、仏教では鬼門の守護神を、天界を支配する大魔王「伊舎那天」といい、そのルーツも「シヴァ」である。
『日本書紀』では、「国常立尊」は最初に現れた根源神で、聖書の「ヤハウェ」に対応するが、国常立尊は鬼門の神「スサノオ」でもあり、ここでも「ヤハウェ=ルシファー」という等式が成り立つ。
事実、ヤハウェも「荒ぶる神」「雷神」としての顔も持っているのだ。

「『国常立尊=ヤハウェ』=『スサノオ=ルシファー』」

アリオンによると、スサノオが封印されたというのは一面的な見方であり、本当は自ら姿を隠したのだという。
この「隠」が訛って「鬼」と呼ばれるようになったらしい。
そして、「岩戸に隠れたアマテラス」と「根の国に隠れたスサノオ」がオーバーラップする。
事実、『日月神示』では、後者のことも「岩戸閉め」と表現されている。
だが、神名が異なるという事は、その働きが異なる事を意味する。
王仁三郎によると、「国常立尊」は泥海だった太古の地球を修理固成した地上神界の主宰神だったが、微塵の悪も許さぬ厳格な神政を敷いていた為、それに対して不満を抱く悪神の多数決によって、世界の東北である日本列島に封印されたのだという。
これを聖書と照合すると、ルシファー(国常立尊)は悪神の多数決によって追放された善神であり、ヤハウェが悪神だということになる。

大本の開祖「出口ナオ」の御筆先である『大本神諭』の中で、国常立尊は「この方、我が強くて失敗した」と述べている。
これは、ルシファーが慢心によって天界から追放された事と符合するが、『大本神諭』の続編とされる『日月神示』には「神心には我がないぞ」と示されており、文字通りに解釈するべきではない。
ナオは国常立尊の預言者だった。
つまり、出口ナオもまた、「イエス・キリスト」の系譜に属する預言者だったということになる。
posted by 夢蛇鬼-mujaki- at 14:14| Comment(0) | 出口王仁三郎と反キリストの関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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