2009年07月29日

関ヶ原の合戦は神芝居

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王仁三郎は「西暦1931年でイクサハジメ(戦始め)、紀元歴2591年でジゴクハジメ(地獄始め)」と語呂合わせの予言をしたが、この年から満州事変が泥沼と化し、紀元歴2591年から369年(ミロク)前の2222年(西暦1562年)に、織田信長と徳川家康が同盟を結んだ。
「2222」は言霊学で天人合一を意味する。

信長は「第六天魔王」と名乗った。
第六天魔王は、仏教でいう大自在天神で、『霊界物語』では「天王星から来た武力絶倫の神」として大自在天神が登場する。
大自在天神である信長に仕えた秀吉は、商才に長けて財運は大吉で、世界統一を目指す「ユダヤ財閥」に符合する。
信長を暗殺した明智光秀は、『伊都能売神諭』にこのように示されている。

「万古末代死なず滅びず生通しの日本義士、数は四八の瑞秀(みつひで)の身魂、三千世界を照らす生魂ばかりを集めて、いよいよ敵打ちの段になりたら」

秀吉は「ユダヤの象徴」で、光秀は「日本の象徴」である。
大本の聖地「天恩郷」は光秀の城跡でもある。
光秀は秀吉に倒されたが、日本も今後世界に潰されるのだろうか。
否、雛型の経綸から判断すると、日本は壊滅寸前のところで不死鳥の如く蘇る。

『日月神示』にも次のように示されている。

「世界中が一つになりて神の国に寄せて来るぞ」

「オロシヤ(ロシア)に上がりておりた極悪の悪神、いよいよ神の国に攻め寄せて来るぞ」

「日本の国は一度は潰れたようになるのざぞ。
一度は神も仏もないものと皆が思う世が来るのぞ」

「世界中総がかりで攻めて来るのざから、一度はあるにあられんことになるのぞ」

「世界一度にキの国(日本)にかかりて来るから、一度は潰れたように、もうかなわんというところまでになるから、神はこの世におらんと臣民申すところまで、むごいことになるから、外国が勝ちたように見える時が来たら、神の代近づいたのぞ」

「どこから攻めて来ても神の国には悪神には判らん仕組みしてあるから心配ないのざぞ。
いよいよとなりた時には神がマコトの神力出して、天地揺すぶってトコトン降参ざと申すところまでギュウギュウと締め付けて、万劫末代言うこと聞きますと改心するところまで揺すぶるから、神の国、神の臣民、心配致すでないぞ」


「時節に従って負けて勝つのざぞ、負けが勝ちぞ、判りたか」

王仁三郎は、このように述べている。

「じつは明智光秀と豊臣秀吉との間には妥協が成立しており、後に千利休と名乗り、秀吉の好参謀になった」

また、『伊都能売神諭』には「ナの御魂とノの御魂の和合一致し、最後はスの御魂が統一する」と示されており、王仁三郎はこう説明している。

「ノアの言霊はナと反る也、亦ナオの言霊ノと反るのである。
……ノアの立替が出て来て居るのである。次にナオの立直が始まる」


ナの御魂とは立替の役目を果たす「ユダヤ」で、ノの御魂は立直の使命を持つ「日本」を指す。
光秀が天王山で敗れたのは、(象徴的に)天王星から来た大自在天神の発動を物語る。
そして、秀吉の繁栄の後、家康と「関ヶ原の合戦」が開戦。
これは、記紀(古事記・日本書紀)に出てくる「黄泉津比良坂」で、イザナギがイザナミに桃を投げて戦うという神話だが、家康は「関ヶ原の合戦」で桃配山に陣地を作った。
その後、秀吉(ナ)と光秀(ノ)の和合により、最後に家康(ス)の統一がなされた。

つまり、「関ヶ原の合戦」は、来たるべき「ハルマゲドン」の後、ユダヤと日本の和合があり、ミロクの世(至福千年王国)が実現する事の予型であり、神芝居だったのだ。
信長、秀吉、家康が直面した真の敵は、キリスト教の仮面を被って日本侵略を狙うヨーロッパ「アシュケナジー系ユダヤ人」だったといわれている。
信長は、キリスト教に入信して彼らの本音を見破り、ヨーロッパの侵略を阻止する動きを見せた。
秀吉は、信長の遺志を受け継いで日本を統一し、キリシタンを禁止した。
秀吉の死後は、家康が鎖国令によってヨーロッパのキリスト教勢力のインベーダーを撃退した。
この3人がいなければ、日本はヨーロッパの植民地となっていたかも知れない。
そう思うと、やはりこの3人は特別な使命を持った英雄であり、救世主たちであった。
そして王仁三郎は、「信長」「秀吉」「家康」の3つの御魂の活動をしたという。

「王仁三郎=信長・秀吉・家康」

王仁三郎は贖罪神スサノオの御魂を持ち、「イエス・キリスト」と符合することは既に述べた。
そして、イエスと同じ星の下に生まれた聖徳太子の予言と、「信長」「秀吉」「家康」の活動は見事に一致し、王仁三郎もまたイシヤ(石屋=フリーメーソン)の陰謀に警鐘を鳴らした。
欧米の「闇の権力」の中枢であるアシュケナジー系ユダヤ人は、ユダヤ教の魔書『タムルード』を指針としているが、イエスもまた、ユダヤ教パリサイ派が教典としていた『タムルード』を徹底的に批判した。
従って、「イエス⇒聖徳太子⇒信長・秀吉・家康⇒出口王仁三郎」という、一連の日本救済の御魂の働きの流れが見て取れる。
この話の続きは別の機会に譲るとして、王仁三郎の予言を見てみよう。
posted by 夢蛇鬼-mujaki- at 18:01| Comment(1) | 出口王仁三郎と反キリストの関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
もし大丈夫ではないという前提での質問なら、無意味な質問ではないでちゅか〜?
Posted by 夢蛇鬼 at 2011年05月05日 00:16
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