2009年07月30日

最後の審判と空中携挙の謎

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1945年、エジプトでコプト語(古代エジプト民衆語)の古文書が発掘され、解読の結果、次のように記されている事が判明した。

「大洪水が襲った時、完全な世代の人々に伴われて、王は光り輝く天の雲に避難場所を見出し、洪水が地上から引くまでそこに留まった」

これが事実であれば、やはりノアの箱舟には航空機能があったとしか思えない。
では、「完全な世代の人々」とは何者なのだろうか。
実はエノクが昇天した時、「街ごと昇天した」という伝承がある。
という事は、エノクと共に昇天した人々がいたはずだ。
「完全な世代の人々」とは、彼らの事なのだろうか。
或いは、エノクを昇天させた天使たちかも知れない。

トルコのカッパドキアに、数十万人を収容できる地下都市があり、9キロ離れたマルタ島の地下神殿に繋がっている。
古代人が、この謎の巨石地下都市をどのようにして建造したのかは不明だが、古代核戦争の核シェルターだったと考えられている。
しかし、古代に核戦争が起きた形跡はない。
古代核戦争の記録といわれる『マハーバーラタ』と『ラーマーヤナ』も、飛鳥説によると未来予言だという。
(詳細は 『古代インド核戦争の謎と大魔神シヴァ(飛鳥昭雄・三神たける/学研)』)

また、3世紀半ば、ローマ帝国の弾圧から逃れたキリスト教徒たちが、カッパドキアに移り住み、この地下帝国に隠れたが、まさか彼らがこの地下都市を建設した訳ではあるまい。
考えられるとしたら、カッパドキア帝国の遺産、或いは、青銅器時代後期にヒッタイト軍の本拠地となっていた事から考えて、ヒッタイトの産物である可能性もある。
いずれにしても、マルタ島は「フリーメーソン源泉の地」と言われており、アララット山系に漂着したノアファミリーの子孫が築いた地下都市である可能性がある。
逆に、大洪水に備えて(大洪水関係なくとも)、大洪水前に築かれた可能性もある。
だとすれば、マルタ島の地下都市に避難して、大洪水を生き延びた人々が大勢いたことになる。
これは当然有り得ることで、ノアファミリーの8人だけが生き延びたという『聖書』の記述を絶対視するほうがおかしい。

何故、この地下都市が大洪水前の産物だといえるのか、3つ理由がある。
1つは、大洪水後、「地下から出てきた人たちに文明が授けられた」という伝説があること。
私は、この「地下から出てきた人たち」が、大洪水前にアルザルに移動した古代ムー人だと考えていたが、UFOで地上に出てきたのなら、「地下から出てきた」という表現ではなく、「天から降りてきた」という表現になるはずだからだ。
もう1つは、地下都市で使用されていた、燃料の要らない謎の光源の存在である。
これは、ノアの箱舟に使われた「ゾハル」と同じものだと思われる。
ゾハルの正体はプラズマが考えられるが、今のところ定かなことは分かっていない。
大洪水前の人類は、非常に長寿で、空には星が見えなかったと聖書は伝えている。
という事は、当時の地球の大気は、プラズマに覆われていた可能性がある。
そのような環境下では、プラズマを利用した文明が発達したと考えるのは極自然だろう。
そして、非常時に備えるかのように、通路と部屋の境目の所々に石扉が設置されている。
つまり、マルタ島とカッパドキアを繋ぐ地下都市は、大洪水前の文明の産物だと考えられるのだ。

そして、オコツトがいう「反転した地球に移動した変換人」、即ち、大洪水前に霊的進化を遂げて昇天(アセンション)し、地球内部の亜空間に移動した人々もいた。
私の持論では、これが真の意味での「空中携挙」である。
飛鳥昭雄氏の仮説では、大洪水前のエノクの時代、地球と何度もニアミスした火星に、プラズマ亜空間移動した人類もいたという。
そして、エノク監督の指示で、地球の3大ピラミッドやスフィンクスを建造した人々が、火星のピラミッドや人面岩などを建造したと考えている。
この天体が引き起こすプラズマ亜空間移動も、「空中携挙」の一形態だと言えるだろう。
という事は、「ノアの大洪水」によって、「滅亡した者」と「生き延びた」、そして「アセンションした者」の3つのパターンがあったということだ。

ノアはその中の「生き延びた者」だったのだ。
「ノアは義人ゆえに救われて大洪水を生き延びた」とされているが、アセンション出来る程の意識進化はしていなかったのだろう。
同様の事は、スウェデンボルグも述べている。
ところが、これから「最後の審判」を迎えようとしている我々には、「滅亡する者」 と「アセンションする者」の2つの選択肢しかない事が『日月神示』に示されている。

「一時は天も地も一つにまぜまぜにするのざから、人一人も生きては居れんのざぞ。
それが済んでから、身魂みがけた人間ばかり、神が拾い上げてミロクの世の人間とするのぞ。
どこへ逃げても逃げ所ないと申してあろがな」


そして、イエス同様、アセンションする者も一度死を経験することになる。

「人民一度死んでくだされよ。死なねば甦らん時となったのぞ。
今までの衣を脱いでくだされと申してあろう」

「残る者の身も一度は死ぬことあるぞ。
死んでからまた生き返るぞ。三分の一の臣民になるぞ」


そして、「空中携挙」である。

「いざといふときには神が知らして一時は天界へ釣り上げる人間もあるのぞ」

「神の仕事をしておれば、どこにいても、いざという時には神がつまみ上げて助けてやるから、御用第一ぞ」


では、どうすれば「空中携挙」されるのだろうか……。

それは、イエスの死と復活のように、一度死ぬ事が「復活」と「アセンション」の条件らしい。
posted by 夢蛇鬼-mujaki- at 02:20| Comment(2) | アセンション浪漫的複合解釈 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ノアの方舟は実際に舟があったわけではなく、
見えない世界の魂の一時避難を
例えたものだそうです。
空中携挙はノアの方舟と一緒
でテレポーテーションに
よるものではないでしょうか。
Posted by 小川 at 2010年11月01日 17:44
ノアの方舟は聖書に記録されている場所で化石が発見されている以上、実在の船だったと考えられます。
もちろん、アセンションや空中携挙と呼ばれるものは「目に見えないノアの方舟」と表現できると思います。
Posted by 夢蛇鬼 at 2010年11月15日 00:08
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