2009年08月10日

ヤハウェの計画とサタンの役割U

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「闇の権力」はあくまでも(悪魔でも)金の亡者であり、欲望の為に戦争など仕組んだとしても、自ら戦場に出向いて直接的に人を殺めることもなく、彼らにとっては幸福な生活を送っている。
逆に一般人でも、肉食をして常に不協和音を発し、周囲に不愉快な空気をまき散らしている人も少なくない。
マクロな視野で善悪の基準を測ると、前者と後者は同等か、もしくは後者のが悪となるのではないだろうか。
一般的に前者を巨悪というが、偽善的な売名行為であったとしても、一般人には出来ない多大な社会貢献も行なっている。
それが、心を伴っていない形だけのものであっても、社会貢献になっているのは事実である。

次のような2人のケースはどうだろう。

1人は、たまたまカッとなって殺人を犯してしまい、生涯、罪悪感と後悔に苛まされて生きた。
もう1人は軍人で、毎日大量虐殺を行い、退役後は改心してポジティブ・シンキングで生きていった。
死後、高次元の世界に迎え入れられるのは後者である。
動物界を支配し、他人が殺した牛や豚を毎日平気で食べている我々と、「闇の権力」たちに大差はあるだろうか。
人間と動物は違うというなら、「闇の権力」は人類のことを本気でゴイム(豚)だと思っているのだ。
法律や道徳、常識、自分の価値観を基準に善悪を考えると大きな勘違いをすることもある。
国や時代によっても法律や常識が違う。
大量殺人者が英雄とされたり、時として神とも崇められる。

神霊能力者の隈本確氏は、著書『悪魔と救世主』(弘文出版)で次のように述べている。

「悪魔とはいったいなにか。ズバリ、申し上げよう。それは人間そのものである。
人間の中核をなす、精神世界(心)という超々極微の世界に陣どっている意志体そのものが、そのときどきによって悪魔になるのである。
しかも、人間のなかでも、文化人、知識人、有能な人といわれる人たちほど悪魔的傾向も強いのである。
なぜかといえば、人間の心の知恵のなかには、神と悪魔が紙一重の差でもって、裏、表の関係でつねに同居しているからである。
したがって、文化人、知識人、有能な人といわれる人たちほど、よい面=神としての能力も高ければ、悪い面=悪魔としての能力も強いのである」


世の中の事件や貧富の差を作り出しているのは「カネ」であり、カネを悪の元凶と見る考え方がある。

『日月神示』には、こう示されている。

「悪神は金で世を治めて、金で潰す気ざそ」

「金いらぬのざそ、金いるのはしばらくざぞ」


恐らく、アルザル人は金権社会を築いていない。
現在、資本主義が崩壊に向かっているのを良い流れだとするなら、闇の権力者たちの功績は大きい。
また、電子マネーや人間バーコード、或いはマイクロチップが埋め込まれて、現金が不要になるといわれているが、これは非貨幣社会の予型ではないだろうか。
悪の中には「善の芽」があり、善の中には「悪の芽」があるとは言えないだろうか。
『日月神示』では、善悪と同じように、神と悪魔の対立構造として描かれているが、この世を創造したのは「国常立尊」、悪神に地上の支配権を譲って、陰(鬼門)から守護しているのも「国常立大神」、地震、雷、火の雨を降らせて、この世を大洗濯をするのも「国常立尊」であることが示されている。
これは、創造神「ブラフマー」と維持神「ヴィシュヌ」と破壊神「シヴァ」の三位一体構造と全く同じである。
フリーメーソンの由来は建築家である。
『大本神諭』や『日月神示』では、「この世の建て替え建て直し」という言葉が頻繁に出てくるが、解体もまた建築家の仕事で、業種が異なるだけなのだ。
また、次元上昇の為には、物理的に反作用であるマイナスの力が絶対に必要なのだ。

人類学でいう「象徴二元論」は多義的で、人間の思考は二項対立の組み合わせであり、「善と悪」「静と動」「創造と破壊」という二元的性格を併せ持ち、象徴作用によって結び付けられる項の一方は、深層に隠されたものであることが多く、これを「象徴二元論」という。

「神は対立物を互いに刃向かわせる。
善は悪に、悪は善に対立する。悪は善を浄化する。
こうして神は終末の日まで両者を戦わせる」

(「カバラとバラ十字団」マンリー・P・ホール)

万物の完成を促進させる為に、神は「光」と「闇」の2つに分けたのだ。
万物の完成とは、神(宇宙)の完成である。
世界を支配する黒幕たちが行うオカルティックな悪魔術は、「カッバーラ」に基づいている。
カッバーラは、天地創造、生命の神秘、人間の秘密、宇宙の法則といった「神の知恵」である。
カッバーラの奥義は「生命の樹」で表されるが、彼らのカッバーラは闇のカッバーラ「死の樹」である。
単なるオカルティストではなく、宇宙の究極の哲学を知り尽くした人間によって、この世界が操作されているのだと私は感じている。
善は悪によって精錬され、終末には悪は善によって浄化され、善によって「至福千年王国」が実現することを聖書は教えており、『日月神示』でも全く同じことが説かれている。

「すべてこれらは産みの苦しみのはじまりである」
(「マタイによる福音書」第24章8節)
posted by 夢蛇鬼-mujaki- at 10:40| Comment(0) | サタンと黒い貴族の正体と役割 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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