2009年08月16日

酒呑童子の正体と「先住出雲族」の謎

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大江山には、3つの鬼退治の伝説が残っている。
1つ目は前述の土蜘蛛が退治された話で、2つ目は聖徳太子の弟(麻呂子親王)が英胡・軽足・土熊などを討った話だが、土熊は明らかに「土蜘蛛」の転訛で、同族の残党であろう。
三つ目は、有名な酒呑童子の話である。

大江山麓にある「日本の鬼の交流博物館」では、次のように説明されている。

『大江山には三つの鬼伝説が伝わっているが、これら伝説の鬼には山人、製鉄民、渡来人、それに都から排除された人々など、多様なイメージが交錯している。
こうした鬼伝説の担い手として、大江山修験の影が見えかくれする。
大江山の鬼の現象をめぐって、いろいろな考えが出されているが、その中で今注目をうけているのが、「鬼」=「鉱山技術者集団」=「タタラ師」説である。
製鉄には鉱毒がつきもの、そんな汚水が流れてくる里の農民たちには、製鉄の民への恐怖や嫌悪感があったであろう。
鉄は人々に富をもたらす反面で、農民たちにとっては命の水を汚すものでもあった。
タタラ師たちの炎に焼けただれた表情は鬼と見まちがうものであったのだろう。
大江山は地下資源の豊富な山で、まさに宝の山であった。
山中深く鉱滓が散布するタタラ跡が残っているが、その名も魔谷、火の谷である。
両麓の加悦町と大江町に金屋という集落があるのもおもしろい。
この地名は古代タタラ師たちの信仰あつかった「金屋子神」に由来するものといわれる。
近代に入ってからも、ここ日本の鬼の交流博物館一帯にあった河守鉱山(黄銅鉱)のほかニッケル鉱山(加悦町)、仏性寺鉱山(水鉛)もあった。
麻呂子親王に討たれた大江山の鬼たちが「風と人と水を自在に操る」と表現されているのも興味深い。
また麻呂子親王がこちらでは金丸親王・金麿親王、金屋皇子などと呼ばれていること、酒呑童子物語の中でそのすみかが「鉄の築地(ツイジ=土台)に鉄の門」と表現されていること、それに酒呑童子の出生地とされる新潟、国上山の弥彦神社は製鉄民の崇敬をうける「目一つの神」をまつるというのも興味深い。
鬼伝説から鬼の正体を短絡的に決めつけることは戒めなければならないが、大江山の鬼の背後には鉱山がひそんでいるようにみえる』


要するに、鬼は「製鉄民」であり、都から排除された山人なのだ。
酒呑童子は平安時代から鎌倉時代にかけて都を荒らしたとされる鬼であり、クガミミノミカサの子孫だと考えられる。
鬼はスサノオ及び出雲族である。だが、まだその奥がある。
出雲族は日向族と同じ「天孫族」である。
天孫族とは、天から降臨した部族、つまり海の向こうから渡海してきた渡来人(アマ族)の事で、「天津神」とも言う。
だが、スサノオ及び出雲族は、何故か「国津神」と呼ばれている。
国津神とは、日本列島の原住民、つまり縄文人を指す言葉である。
何故、出雲族が「国津神」と呼ばれるようになったのか。
出雲族が原住民を併合し、共に迫害され、封印されてきたからである。
つまり、出雲族と原住民を総称して「国津神」と呼び、「鬼」として不当に虐げられてきたのだ。
酒呑童子が毒酒を呑まされた時、「鬼に横道なきものを」と叫んだという伝承がある。
「鬼は人を騙さない」という意味である。

酒呑童子は背丈が6メートル以上あり、顔は薄赤く、髪は短くて縮れた赤毛、角が5本で目が15個もあったと言われている。
そして、龍宮のような御殿に棲み、多くの鬼を部下に従え、人肉を喰らって生き血を飲んでいたという。
また、大酒を呑むことから「酒呑童子」という呼ばれるようになった。
身長6メートル以上で、人間を食べる怪物とは……日本にもネフィリムがいたのか。
だがこれは、酒呑童子が巨大だったことを誇張したものだろう。
5本の角と15個の目も本当にあったとは思えないが、要は「鬼」が妖怪扱いされている事を物語っている。
また、龍宮のような御殿に棲んでいたという事は、鬼は建築家である。
しかし、ただの建築家ではない。
縄文人が山岳信仰をしていて、日本各地で人工ピラミッド山が存在することは有名だが、大江山もピラミッドだと噂されており、地元の元伊勢皇太神宮の御神体にもなっている。
つまり、鬼もまた「フリーメーソン」だと言えるだろう。

大きな目で毛むくじゃらの身体は、縄文人を彷彿させる。
縄文人と言っても、もともと日本列島は朝鮮半島と陸続きで、シュメール人やバビロニア人などが移動して原住民が形成されていたようだ。
また、天孫族が渡来する以前から、日本列島には様々な民族が渡来し、福井県から京都府にかけての若狭湾にも数多くの民族が漂着していた事が分かっている。
特に丹後半島は大陸との玄関口で、ペルシアやイスラエルなどのオリエント系の海人族の国として栄えたようだ。
それは、ニギハヤヒ集団が上陸する以前から、オリエント地方から直接渡来していた人々だった。
また、九州地方にはヒッタイト人やギリシア人なども渡来し、「鬼」として差別を受けていたことが、歴史言語学の立場から加治木氏によって証明されている。
そのギリシア人やヒッタイト人が、丹後半島にも訪れていた事は想像に難しくない。
土蜘蛛というと、アイヌ人などの南方系出身の民族をイメージし、浦島太郎もミクロネシアの島に漂流した人物の記録だとされているが、土蜘蛛は「ヒッタイト・ギリシア系」だった可能性があるという事だ。
そして、クガミミノミカサは丹後の青葉山から大江山に逃げてきたと言われているが、酒呑童子と無関係とは思えない。

では、酒呑童子は西洋人だったのか……。
実は、酒呑童子の描写が西洋人的である事は昔から指摘されていた。
日本人よりも体躯が大きく、肉食をして赤ワインを飲む。
血と酒を呑む酒呑童子は、血の色をした酒「ワイン」を呑んでいたのかも知れない。
酒呑童子は、丹後に漂着したフランドルの貴公子で、「シュタイン・ドッチ」という名前だったという仮説もある程だ。
だが、クガミミノミカサや酒呑童子の話は、ヨーロッパが大航海時代を迎える15世紀よりもずっと昔の事である。
ズバリ言えば、酒呑童子はヒッタイト人である。
ヒッタイト帝国はギリシアと隣接し、ギリシア系である。
そして、ヒッタイト人は世界最古の製鉄民で、ヒッタイト帝国滅亡後、歴史上、その姿を消している。
また、スサノオの八岐大蛇退治の神話も、ヒッタイトの龍退治神話が日本に直輸入されていた事も明らかである。

更に、製鉄所や製鉄にまつわる地域には「鬼」や「八」が付く名前が多い。
八は「ハッティ(ヒッタイト)」なのだ。
つまり、酒呑童子の正体は、イスラエル10支族を本隊とする「出雲族」が、日本に渡来する以前から日本に定住していた古代ヒッタイト人なのだ。
夢蛇鬼説では、彼らを「先住出雲族」と呼んでいる。
そして、「艮の金神」はまさにトルコのエルズルム(ヒッタイト)から日本列島に移ってきた神なのだ。

富や権力を手に入れることの出来る貴重な製鉄技術は、他者に奪われない為に秘密結社的な集団として守る必要があった。
従って、人が近付かないように「鬼が棲む」という都市伝説を流布したのは、彼ら自身でもあったのかも知れない。
彼らは「石屋」としてのフリーメーソンではなく、「鍛冶屋」としてのフリーメーソンだったのだ。
ついでなので報告しておくが、私は今日、フィットネスジムで鬼の子孫を見た。
身長は175センチ位だったが筋肉痛で、日本人離れした顔で色は赤黒く、ギョロ目で髪はボサボサ……。
バーベルを持ち上げる時の表情は、まさに鬼だった。
彼は人種的に何系なのか分からないが、あの「鬼のお面」にソックリだった……。
確かに彼の職業は、雰囲気的に建築系で、もしかすると鍛冶屋なのかも知れない。
posted by 夢蛇鬼-mujaki- at 20:51| Comment(3) | 日月神示の暗号と5度の岩戸開き | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
『山陰』とか『裏日本』とか陰鬱なイメージのつきまとう日本海側ですが、それも誘導されたものかもしれないと思えてきますね。
古代日本は新天地を求めて航海してきた人種の坩堝であり、歴史的事実の隠蔽こそなされたものの、アメリカ大陸に見るような白人種による先住民のジェノサイドはなかったのでしょうね。
歴史的事実を暴こうとする衝動がヒューマニズムではなく、アイデンティティの回復によるものであるという点が、アジア的な特徴なのでしょうね。
家康が戦国時代の殺し合いに辟易して安泰を求めたように、戦後民主主義にはうんざりで、安寧のヒントは裏日本史にある気がしてきました。
Posted by オクト28 at 2009年08月19日 09:16
安寧のヒントは裏日本史・・・
これは意味の深い一言ですね〜!
僕もそんな気がしてきました。。。
Posted by 夢蛇鬼 at 2009年08月20日 12:54
正義の味方なのに、毒を飲ませて騙まし討ち
童子の言葉への反論は一切無し、攻めたのは当時貴重であった炭鉱のある場所。
どうみても、政治絡みの暗殺です、己が正義とする為、鬼と周知させたのでしょう。
当時の人々はこのような事件が度々起こっていたので皮肉をこめて、誰でも察しがつくような物語にしたのでしょう。鬼の物語のほとんどが民への弾圧やこういった暗殺劇です。

Posted by at 2017年09月18日 00:27
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