グラハム・ハンコック激賞の『封印のイエス(クリストファー・ナイト/ロバート・ロマス共著/松田和也訳)学研』によれば、古代エジプトの記録、聖書、死海文書、グノーシス福音書、フリーメーソンの儀式などの比較と分析の結果、古代エジプトの秘儀を受け継ぐクムラン宗団のイエスが説いた奥義は、シオン修道会が結成した聖堂騎士団(テンプル騎士団)によってエルサレム神殿から持ち去られ、近代フリーメーソンが誕生したという。
現在のキリスト教を根底から揺るがし、フリーメーソンの概念を一変させる内容だが、私が今まで唱えてきた説とほぼ一致する。
イエスが所属していたユダヤ教のクムラン宗団の教典『死海文書』の発見により、誤訳や改竄される前の『旧約聖書』の正式な記録が甦ったが、発見された死海文書はクムラン宗団の叡智の一部に過ぎず、重要な秘密が記された「奥義書」は最も神聖な場所に隠されていることが判明した。
それはソロモンの神殿に違いなく、それを破壊したローマ軍が奥義書を持ち去った可能性がある。
中世ヨーロッパで、この奥義書を読んだ人物がいるという記録がある。
実際、中世ヨーロッパでは従来のキリスト教にはない思想が誕生し、キリスト教会と似て非なる教会が建設され、この教会こそ近代フリーメーソン発祥の地とされているのだ。
フリーメーソンの謎の儀式や意味不明の呪文のルーツは、古代エジプトにある。
約3000年前にソロモンの神殿を建設した建築家集団の棟梁「ヒラム・アビフ」がメーソンの祖とされており、3人の職人が定規やハンマーでヒラム・アビフを殺害し、「ある秘密」を剥奪したという。
「ある秘密」とは、言うまでもなくカッバーラである。
「ヒラム」はヘブライ語で「王」を意味し、「アビフ」は旧フランス語で「失われた者」を意味するという。
つまり、「ヒラム・アビフ=失われた王」なのだ。
では、その失われた王とは一体誰なのか。
メーソンのルーツが古代エジプトにあるということは、その正体は、殺害されたエジプト第17王朝のファラオ「セクエンエンラ2世」が濃厚だ。
歴代のファラオは、ノアからカッバーラの奥義を盗んで呪われた、カナン(ハム族)の子孫のハム・メーソンの王である。
セクエンエンラ2世の死後も、秘儀はエジプト王家に伝承されたが、それが何故、古代イスラエルのソロモンの神殿の建設に繋がるのか。
それは、ファラオの娘に拾われてエジプト王朝の高官に昇りつめ、イスラエルの民を率いてエジプトを脱出した「モーゼ」以外に考えられない。
古代オリエントの影響を受けた古代エジプトは多神教で、太陽アメン(アモン)を最高神としていた。
アメンはカッバーラ的に「イエス・キリスト」を意味し、クリスチャンが唱える『アーメン』の由来である。
そのアメン神に仕える神々の1人のアテンが、ツタンカーメン王の兄アクエンアテンの時代に唯一神として定められ、一神教が誕生した。
これによってアクエンアテンの都アマルナは急速に衰退し、そこにいた人々が突如消滅したという。
心理学フロイトは『モーゼと一神教』の中で、ユダヤ人の祈りはアテン教徒の祈りをコピーしたもので、ヘブライ語で「主」を意味する「アドナイ」は「アテン」の転訛であり、モーゼの十戒や詩編もエジプトの死者の書やアテン賛歌のコピーで、初期のユダヤ教はアテン一神教を継承したものだという。
すると、一神教のアクエンアテンの都から消滅した人々はイスラエル10支族で、アクエンアテンとモーゼは同一人物である可能性が高い。
だが、モーゼがシナイ山で会った「主」は「アメン=バアル神」である可能性が高く、それ故、シナイ山から下りてきたモーゼに角が生えていた。
つまり、アテン一神教徒だったモーゼは、この時からアメン神=バール多神教となったのだ。
そのアメン(バアル)を主神とする多神教を10支族が受け入れ、2支族はアテン(ヤハウェ)一神教を貫いて南北に分裂するのだが、どうやら2支族のユダ王国の直系と思われるクムラン宗団はアメン(バアル)信仰だったのは間違いない。
その封印された奥義は、先に述べたように十字軍に略奪され、近代フリーメーソン発祥のキッカケとなった。
『死海文書』では、終末に2人のメシアの登場が預言されている。
この予型として、過去に陰と陽の2人のメシアが同時存在していたという仮説が成り立つ。
実は、多くの人が見落としているか無視している『死海文書』の隠された秘密を、同書は指摘している。
前回では、イエスとトマスが双子だった可能性があることを述べたが、『新約聖書』の福音書には、イエス処刑の場面で次のような記述がある。
「釈放するのはイエスか、バラバか」
「イエスか、もう1人の囚人のどちらかを助けてやろう」
「バラバを助けろ、イエスを十字架にかけろ」
バラバは殺人犯だが、メシアであるイエスが何故処刑されたのか。
実は、ユダの裏切りはイエスの指示だったという記録がある。
メシアであるイエスは、バラバを救う為に自ら処刑されたのだろうか。
だがその理由は、「予言が成就するため」と福音書に記されている。
今まで読み進んできた読者には、この意味が何となく分かるだろう。
つまり、イエスは処刑されて復活することで、終末と再生の型示しを行ったのだ。
それは、大本と対比すれば明解だ。
「イエス=スサノオ=出口王仁三郎」だとすれば、「出口直=国常立尊」に当たる人物もいたはずである。
それが殺人者「バラバ」なのだろうか。
「マタイの福音書」には、バラバのことが「バラバ・イエス」と記されている。
「バラバ」は当時のヘブライ語で「神の子」という意味で、処刑されたイエスは「ユダヤの王ナザレのイエス」だという。
つまり、処刑されたのは「ユダヤの王のイエス」であり、神の子イエス(バラバ)は処刑を免れたことになる。
しかも、バラバは神の子で殺人犯。
だが、聖書の記述をそのまま鵜呑みにはできない。
また、イエスは「ヤハウェ」を名乗って処刑されたとされている。
ということは、処刑されたイエスはヤハウェ信仰で、処刑を免れたイエスはバアル信仰だった可能性もあるが、ヤハウェ信仰である当時のユダヤ教から判断すると、処刑されたイエスはバアル信仰だった可能性が高い。
福音書によると、イエスには複数の兄弟がいたという。
中でも有名なのが「義人ヤコブ」で、イエス処刑後、原始キリスト教「エルサレム教団」の指導者となっているが、クムラン宗団の「義の教師」と呼ばれる人物の名も「ヤコブ」なのだ。
『死海文書』研究の権威ロバート・アイゼンマンが詳細に調べた結果、イエス処刑後、クムラン宗団がエルサレム教団と呼ばれるようになったという。
処刑されたユダヤの王「ナザレのイエス」の「ナザレ」とは、イエスが住んでいた町の名前だとされているが、古代ローマの記録によるとナザレという町は当時存在しなかった。
ナザレとは、キリスト教の前身であるナザレ教だということが分かっており、それはクムラン宗団のことなのだ。
つまり、処刑されたナザレのイエスは、弟ヤコブと共にクムラン宗団の指導者を務めていたのだ。
義人ヤコブこそ「バラバ・イエス」と呼ばれた人物で、『死海文書』の2人のメシアの謎も氷解する。
すると、2人のイエスは共にバアル信仰だったことになるが、そうとは断定できない。
クムラン宗団と大本の見事な符合を考えると、2人のイエスはバアル信仰とヤハウェ信仰だったことになる。
バラバが殺人犯かどうかはともかく、2人のイエスは2人のメシアの予型であり、『死海文書』では「王のメシア」と「祭祀のメシア」と呼ばれている。
「王のメシア」とはダビデの子孫で政治家の王、「祭祀のメシア」はレビ族の子孫で宗教家の王を指し、この2人の提携によって救いの世界が実現するという。
皇室でいえば、天皇家がダビデの子孫で、天皇家の祭祀を執り行うヤタガラス(秦氏)がレビ族の子孫である。
だが、これだけではメシア誕生に至らないことは、既に述べてきた通りである。
さて、クムラン宗団に対応させると、「王のメシア」が処刑されたイエスで、「祭祀のメシア」が義人ヤコブ、即ちバラバのイエスとなる。
処刑されたイエスは、ユダヤ教では異端者とされ、キリスト教ではメシアとされているが、その意味は大変重要である。
まず、『死海文書』の思想は「この世は光の子と闇の子の戦場」である。
早い話、ハルマゲドンによって、この世が完成する。
大本教を見れば分かる通り、2人のイエスは神と悪魔の顕現だといえる。
話が複雑になるので、ヤコブとイエスという名前で説明する。
新約聖書外典「トマスの福音書」には、次のイエスの言葉が記されている。
「人々は、私が地上に分裂、火、刀、戦争を投げ込む為に来たことを知らない」
そして、12使徒にこう語っている。
「剣のない者は、服を売って剣を買いなさい」
イエスは悪魔の化身だったのだろうか。
福音書によると、イエスにバプテスマを授けたヨハネ(クムラン宗団の正統な秘儀伝承者)が、ローマ兵に処刑された時からイエスが伝道を開始したという。
そして身辺を武装集団で固めて信者を集め、闇の子であるローマ軍に対抗する光の子の集団「エルサレム教団」を形成していった。
そして『旧約聖書』の「ゼカリヤ書」の預言に従い、エルサレムの神殿の前で商人たちの台を蹴り倒し、「私はユダヤの王である」と宣言した。
これを、クムラン宗団のクーデターだと判断した当局が弾圧に乗り出した。
やはり、王仁三郎の行動と符合する。
そして、ヤコブとイエスが逮捕され、イエスが処刑されたのだ。
さて、モーゼが輸入したエジプトの秘教はクムラン宗団に受け継がれ、その奥義書はソロモンの神殿に隠された。
これを1119年に発見して持ち去ったのがテンプル騎士団である。
その翻訳の写本に描かれている再建したエルサレムを建造したものが、異端とされるスコットランドのロスリン礼拝堂なのだ。
この絵には、それぞれに名前の付いた12本の塔があり、中央の塔を支える2本の塔はいずれもヤコブとなっている。
つまりイエスとヤコブであり、それは御父を中央とする絶対三神を意味する。
そして、カトリック教会の初代教皇ペトロの名の塔はヤコブの塔の下にあり、ヤコブが原始キリスト教の指導者であったことを示唆している。
だが、キリスト教で重要な人物であるパウロの名は記されておらず、メーソンのシンボルであるコンパスと定規が描かれている。
つまり、原始キリスト教をテンプル騎士団が復活させたものが、近代フリーメーソンなのだ。
イエスの使徒を自称するパウロはイエスと面識がなく、イエスの幻を視てイエスを神格化し、ユダヤ教の律法を否定する「福音」と称するものを宣教し始め、ヤコブを初めとするエルサレム教団(原始キリスト教徒)の激怒を買い、パウロはエルサレムを追放された。
このパウロの教えを土台に発展したのがカトリック教会なのだ。
この事は「最後の晩餐」でも描かれており、『ダ・ヴィンチ・コード』によれば、ペトロが持つナイフがヤコブに向けられている意味は、イエスの真の後継者は初代ローマ教皇のペトロではなく、エルサレム教会を率いていたヤコブだという。
そしてカトリック教会は、原始キリスト教を受け継ぐフリーメーソンを非難してきた。
つまり、カトリック教会は最初から反キリスト教会であり、マラキ予言でも、最後の教皇ペトロ2世が反キリストを補佐する「偽預言者」だとしている。
イエス再臨を予兆するかのように、イエスの秘教が隠されているロスリン礼拝堂の地下室が発掘される日が近いという。
また、2人のイエスの再臨を象徴する「彗星ケツァルコアトル」と「惑星ヤハウェ」が接近する。
カッバーラから見ると処刑後に昇天したイエスが神の子であり、それは再臨するイエス・キリスト(世界天皇)である。
そして、もう1人のイエス『ヤコブ』の転生が、世界天皇の陛下『悠仁親王』といったところだろうか。
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