2010年10月29日

自ら磔刑を仕組んだ宇宙神「イエス・キリスト」の正体を暴く

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以前、「アダムとイブ」=「伏羲と女媧」=「イザナギとイザナミ」という等式を述べたが、偶然にも同様のことを解説した飛鳥説を発見した。
それは大体、次のような内容である。
聖書でアダムは、「男=イシュ」、「女=イシャー」と呼んでいる。
つまり、「アダム=イシュ」、「イブ=イシャー」ということになる。
この「イシュ」と「イシャー」が転じて「イザ」となり、イザナギとイザナミは本来は「イシュ・ナギ」と「イシャー・ナミ」であろう。
そして「ナギ」と「ナミ」は、ヒンドゥー神話に登場する「ナーガ」と「ナーギ」という下半身が蛇の夫婦神が語源になったのではないだろうか。

更に、下半身が蛇の「ナーガ」と「ナーギ」の姿は、中国神話の人類の始祖「伏羲」と「女媧」と全く同じ。
伏羲と女媧が人類の始祖ということは、「伏羲=アダム」で「女媧=イブ」である。
そして、伏羲と女媧は木の周りを回って結婚したが、イザナギとイザナミも柱の周りを回して結婚した。
そして、エデンの園でアダムとイブに禁断の知恵の樹の実をたべさせ蛇だが、ダヴィンチの絵画では人頭蛇身で描かれている。
『失われたカッバーラ「陰陽道」の謎(飛鳥昭雄・三神たける)学研』参考。
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蛇であるルシファーは「イエス・キリスト」であり、アダムがカッバーラを授かったことを意味する。
では何故、聖書でこれを「堕落」と表現するかは、天使長ルシファー(スサノオ)が天界から追放されたという表現と同じで、飽くまでも一方的な見方であり、比喩である。
だが、イザナギとイザナミからアマテラス(イエス・キリスト)が生まれたということは、アダムとイブからイエスが生まれ、更に「アダム=ヨセフ」、「イブ=マリア」ということになるが、これも象徴である。
そもそも3次元的に、アダムとイブという2人の人間から人類が始まった訳ではない。
これは、神次元における人類誕生の陰陽エネルギー(イザナギとイザナミ)の作用と、人類史を重ね合わせた物語であり、アダムとイブ以外にも人類は存在したはずだ。

さて、宇宙の普遍的意識(つまり、神=ルシファー=イエス・キリスト)からカッバーラ(宇宙の叡智)を与えられたアダムとイブは、単なる動物的人間から霊的に覚醒した人間となった。
そして、人類の中から「イエス・キリスト=ルシファー」の受肉が誕生した。
それが、約2000年前にベツレヘムで生まれたイエスである。
だが、知恵を与えられたアダムも「イエス・キリスト」であるはずだ。
その証拠は……アダムは「イシュ」だが、イエスの名前も、アラム語(イエスの時代のユダヤ人言語)で「イシュ」と発音する。

つまり、「アダム=イエス」なのだ。
要は、宇宙の普遍的意識であるイエス・キリスト(ルシファー、バアル、ヤハウェと表現してもいい)の人類最初の受肉がアダムだったといえる。
すると、全人類が「イエス・キリスト」ということになるが、その通り。
イエス・キリストは天照大神である。
黒住宗忠は、「万民に天照大神が宿っている。陽気暮らしをせよ」と説いた。
イエスも、「神の国は汝の中にある。キリストと一体となれ」と説いた。
陽気暮らしでキリストと一体になった時、人間は本当の「イエス・キリスト」となるのだ。

だが、現実には殆どの人が、「イエス・キリスト」になったり「反キリスト」になったりを常々繰り返しており、真のイエス・キリストになれるのは一部の人間だけ。
それが、聖書に登場する預言者たちであり、或いは仏教の開祖である釈迦などであり、彼らは人類の霊的覚醒を促す使命を持って生まれてきた。
その聖書の一連の預言者の系譜を代々継承するのが天皇陛下である。

キリスト教のドグマでもそうだが、カッバーラにおいてキリストは宇宙創造神である。
キリスト教的にいえば、御父ヤハウェ、御子イエス・キリスト、聖霊ルーハの3柱だが、ここでは根源神として「キリスト」とする。
少し説明しておくと、この絶対三神は『古事記』では根源神「天之御中主神」に続いて「高御産巣日神」「神産巣日神」が誕生し、『日本書記』では根源神「国之常立尊」に続いて「国狭槌尊」「豊斟渟尊」が誕生している。
つまり、「御父ヤハウェ=天之御中主神=国之常立尊」ということになる。

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この謎を解く鍵は創世記にあり、天地創造の際に神は最初に「光あれ」といった。
光は「イエス・キリスト」の象徴であり、神である御父ヤハウェが御子イエス・キリストを生んだことを表している。

だが、「ヨハネによる福音書」には次のようにある。

「父よ、今、御前で私に栄光を現しました。
世界が造られる前に私が御もとで持っていたあの栄光を」


つまり、宇宙が造られる前(光が出現する前)から、イエス・キリストは光として存在していたのだ。
更に次のように記されている。

「初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。
この言は初めに神と共にあった。万物は言によって成った…
言の内に命があった。命は人間を照らす光であった」


つまり、究極的には「神=御父ヤハウェ=言=命=光=御子イエス・キリスト」なのだ。
そして、ヤハウェに対応する国之常立尊は、前に解説した通り「ルシファー」である。
ルシファーは「光」「蛇」「金星」で象徴され、「イエス・キリスト」と同一の根源神である。
神の呼び名は何でも良いのだが、カッバーラの観点で説明しやすい為、便宜上「イエス・キリスト」と呼ぶことにする。

要は、「イエス・キリスト」は唯一絶対の宇宙神なのだ。
正確にいうと「イエス」は2000年前の人物なので、「宇宙神=キリスト」としよう。
宗派によって呼び名は違うが、仏教ではそれを「大日如来」や「阿弥陀如来」などという。
つまり「キリスト=大日如来」であり、大日如来の本質は「仏陀」である。

『キリスト=仏陀』

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イエスはキリストと一体となって、「イエス・キリスト」となった。
だから「イエス=キリスト」であるが、3次元的には「イエス=キリスト」ではない。
また、「釈迦=仏陀」ではない。
正確にいうと、釈迦は部族名であり、王子の名前がゴータマ・シッダールタである。
「シッダールタ=仏陀」だが、3次元的には違う。
キリストの受肉がイエスで、仏陀の受肉がシッダールタである。
複雑になってきたのでキリストと仏陀という言葉を「キリスト」で統一すると、イエスとシッダールタはキリストの受肉だということだ。
ひねくれた表現をすると、キリストの受肉がシッダールタで、仏陀の受肉がイエスということもできる。
また、「シッダールタ=イエス」という表現もできるが、もちろん同一人物ではない。

宇宙神キリストの正体は「言」「光」、つまり「光透波」である。
光透波とは、宇宙に充満している物質の最小構成材料である超微粒子の波動である。
お分かりだろうか……これが「キリスト」の本質なのだ。
以前述べた通り、シッダールタ(釈迦)はイエスの予型として生きた。
そして、再臨のキリストは「世界天皇」として現れる。
もう1つ驚愕の仮説は、2000年前に昇天したイエスも、太陽の国「天空の城ラピュタ」から、地球(日本)に降臨するということだ。
これが事実であれば、キリストの中でも、イエスは別格の特殊な存在といえる。
ところでイエスは、なぜ磔刑で殺されたのか。
これには深い理由があり、宇宙の仕組みで必然として定められていたことで、当然、イエスもそのことを知っていたはずだ。
クリスチャンは、イエスを殺したユダヤ人を憎んでいるが、それは何も分かっていないからだ。

イエスは「汝の敵を愛せよ」と説いた。
従って、クリスチャンの多くが背教者「反キリスト」ということになる。
そもそも、イエスもユダヤ人である。
イエスは自らの意志で磔刑で処刑されるように、自分で仕組んだといっても過言ではない。
イエスは処刑前、「天の父よ、なぜ私を見捨てたのですか」と言ったとされているのは創作だ。
イエスの死と復活の原型は古代エジプトに見られ、またシッダールタも死後復活し、悲しむ弟子たちを諭している。
それは兎も角、イエスは磔刑で殺されて復活する必要があった。
つまり、イエスは王仁三郎と同じ「型役者」だったのだ。

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イエスはキリストの受肉である。
キリストの正体は絶対三神であり、宇宙に偏在するエネルギーである。
宇宙は、この宇宙エネルギーによって破壊と再生を繰り返して進化している。
これが大本や日月神示でいう「立替え・立直し」であり、イエスはその予型として「死と復活」の雛型神劇(神芝居)を行ったのだ。
復活の為には一度死ぬ必要があるのは道理だが、なぜ十字架に磔にされて殺されなければならなかったのか。

イエスは贖罪神、素戔嗚尊(スサノオ=ルシファー)である。
まず第一の目的は、聖書にも記されている通り、自らの死をもって人類の罪を贖った。
スウェデンボルグによれば、イエスが生まれた時代は悪霊が人類に大きな影響を与え、歴史上最もダークな時代だったという。
つまり、その頃の地球は滅亡の危機に瀕していた可能性があり、それを食い止める為に、人類の代表として、死刑にされるような言動を意図的に取った。
素戔嗚尊の御霊を受け継いだ王仁三郎も、意図的に不敬罪による投獄と本部破壊を政府に行わせた。
それは贖罪と同時に「予型」でもある。

イエスの「磔刑 → 死 → 復活」は、そのまま人類の未来に移写拡大され、「グランドクロス → カタストロフィー → アセンション」となる。
また、素戔嗚尊、つまり「出雲族の封印と復活」、そして「天照大神の岩戸隠れと岩戸開き」の予型でもある。
では何故、「出雲族の封印」と「天照大神の岩戸隠れ」が必要だったのか。
それはイエスが生まれた時代のように、もう一度、悪の勢力を蔓延させる必要があったからだ。
一体、何の為に!
話には順序があり、詳述できないが、一言でいえば人類と宇宙の進化の為である。
どういうことかというと、イエスが反キリストに殺されることで、その因果律をもって2000年後に反キリストを殺す為である。
それは、愛によって悪を抱き参らせるということだ。

日月神示でも「地獄の三段目に入ることの表は、一番の天国に通ずることぞ」
「この仕組みが成就するまでは、神が戦はやめさせんから……」
と示されている通りだ。

カッバーラの奥義でも、「神は万物を完成させる為に、対立物を互いに刃向かわせ、終末の日まで善と悪を戦わせる」とされる。

イエスが「人々は、私が地上に分裂、火、刀、戦争を投げ込む為に来たことを知らない」と語った理由はそこにある。

破壊と創造はワンセットであり、千年王国実現の為には終末を実現する必要がある。
そこでイエスは、地上の統治権を一時的に悪神にバトンタッチし、天照大神は自ら岩戸に隠れ、ルシファーである素戔嗚尊(国常立尊)は意図的に、世界の鬼門である日本に隠れたのだ。
「鬼が封印されたというのは一方的な見方で、実は自ら隠れた」とアリオンがいうように、その予型としてイエスは自ら処刑された。

つまりイエスは、処刑されて復活する為に誕生したといっても過言ではない。
それは、キリストが日本に封印されたということでもある。
このことは「失われたアーク」で紹介した通り、秦氏の発言と予言を見れば明らかだ。
勿論、昇天したイエスが日本にいるという意味ではなく、イエスの説いたカッバーラの奥義とユダヤの至宝を秦氏が持っているということだ。
そしてマヤが預言する「第5の太陽の時代」の終焉に、消滅するアルザルからイスラエル10支族が出てくるように、消滅する太陽からイエス・キリストが日本に降臨する。
2012年12月、太陽のプラズマが文字通り消滅して輝きを失い始めるが心配は要らない。
天照大神であるイエス・キリストが地球に帰還するということは、地球が太陽のようなプラズマ惑星に昇格するのだ。
posted by 夢蛇鬼-mujaki- at 19:19| Comment(0) | カテゴリ未決定 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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