岡本天明夫人の著書『日月神示はなぜ岡本天明に降りたか(岡本三典)徳間書店』に、次のように書かれている。
『天之御中主と高御産巣日、神産巣日の場合は、他の神々の如く「次に成りませる」のではなく「次に」であります。
ゆえにこそ、「この三神」であり、三神一体のあり方を示しているものと言うべきでありましょう。
即ち、三角の一線の如き関係と言うべきものであります。
また次の二神は、「成りませる」神であって、成るとは生むのではなく「ナル」ので、例えば子供が大人になる、木に実がなるの「ナル」でありまして、天之御中主という「神、用、ミコト」は、このナルの動きにより弥栄し「ナリ、ナリてナリの果てに」、イザナギ、イザナミの神となられて天つ神(○神、数神)として一応の完成をみたわけであります』
前述の古事記に示される神代七代の神々
『次に成りませる神の名はウヒヂニの神、次に妹スヒヂニの神、次に妹イクグヒの神、次にオホトノヂの神、次に妹オホトノベの神、次にオモタルの神、次に妹アヤカシコネの神、次にイザナギの神、次にイザナミの神。
上の件、国之常立神より以下、伊邪那美神以前、併せて神代七代と称す』
これについて、こう解説されている。
『以上で、天つ神としての根本神は終わり「成り成る」働きは一応終了し、次には「生る」と言う意味をもつナルと弥栄えるのであります』
そして、イザナミは火の神(カグツチ神)を生み、沼陰を焼かれて黄泉国に去った。
最愛の妻を奪われたイザナギは、生まれて間もないカグツチの首を斬った。
カグツチは火の神で、木炭・石炭・石油・原子力などの、火力を使用した科学工業文明の象徴だとされている。
過去に起きたことは予型であり、神話は未来預言でもある。
つまり、現在の地球はカグツチ神(火力エネルギー)の物質偏重の科学至上主義が生み出す加速度的な環境破壊が、終焉を迎えようとしていると考えられている。
イザナギはイザナミを追って黄泉国に向かったが、蛆がわいて醜悪な姿となったイザナミを見て逃げ帰った。
そしてイザナギは、筑紫の日向の橘の小門の阿波岐原で禊ぎ祓いをした。
当時の禊ぎ祓いは、水を浴びて穢れた体を清めることである。
筑紫とは九州、日向は宮崎県に実際に、阿波岐原町が存在している。
『古代日本正史(原田常治)』によると、大日霊女貴尊(天照大神=アマテラス)について、こう説明されている。
「当時、この地方の豪族だったイザナギ、イザナミの子として、いまの宮崎県の東端、阿波岐原町の近くで生まれたようである。
大日霊女の母親のイザナミが亡くなられたとき、父親のイザナギがここで禊をした、澡浴したという場合が現在の宮崎市の東端である」
「イザナギ」「イザナミ」「アマテラス」と呼ばれる人物が実在したことは間違いない。
だが、人間界は神霊界の写し世である。
大本の大幹部・浅野和三郎は、機関誌『神霊界』で次のように述べている。
「筑紫とか九州とか云ふ地名が先に起こったのではなく、地名は後から附けられたので、本来は筑紫も日向も天地創造の際からの語である。
地球修理固成が出来ぬ以前から成立している言霊である」
『日月神示』でも次のような記述がある。
「人民の肉体も心も天地も皆同じものから同じ想念によって生まれたのであるぞ。
故に同じ型、同じ性を持っているぞ、そのカミの天津神はイザナギ、イザナミの神と現れまし、成り成りの果てにイザナギ、イザナミの命となり給ひて……」
「神」が成り成りの成りの果てに「命」になったというのは、神霊界での現象が時を経て人間界に顕現したということだ。
それは一度とは限らないし、時を変え場所を変え、何度も繰り返される。
最初の岩戸閉めは、イザナミが黄泉国に入ったことである。
「岩戸しめの始めはナギ、ナミの命の時であるぞ、ナミの神が火の神を生んで黄泉国に入られたのが、そもそもであるぞ」
この影響が、今後どのように顕れてくるのか『日月神示』に見てみよう。
「岩戸隠れし比売(秘命=ヒメ)のミホト焼かへ給ひて。
三分の一の人民になると、早うから知らせてありたことの実地がはじまっているのであるぞ」
「千引岩を閉ざすに際してナミの神は夫神の治らす国の人民を日に千人喰ひ殺すと申され、ナギの神は日に千五百の産屋を建てると申されたのであるぞ」
「その後ナギの神は御一人で神々をはじめ、いろいろなものを生み給ふたのであるぞ、マリヤ様が一人で生みなされたのと同じ道理、この道理をよくわきまへなされよ。
此処に大きな神秘が隠されている、一神で生む限度は七乃至八である、その上に生まれおかれる神々は皆七乃至八であるが、本来は十万十全まで拡がるべきものである」
「先ず国土をつくり固めんとしてオノコロの四音の島をならし、八尋殿を見立てられたのであるぞ、これが世の元、人民の頭に東西南北の四方があり、八方と広がるであろうが、八十となり、八百、八千と次々に拡がりて八百万と鳴り成るのであるぞ」
「四と八によってなされたのであるから、森羅万象の悉くがその気を受けているのであるぞ。
原子の世界でもそうであろうが、これが今の行き詰まりの原因であるぞ、八では足らん、十でなくてはならん、○でなくてはならんぞ。
岩戸開きの原因はこれで判ったであろうがな」
「一方的に一神でものを生むこと出来るのであるが、それでは終わりまで完う出来ん、九分九厘で厘止まりぞ。
神道も仏教もキリスト教もそうであろうがな、卍も十もすっかり助けると申してあろうがな、助かるには助かるだけの用意が必要ぞ。
用意はよいか。このこと大切ごと、気つけおくぞ。
なりなりなりて十と開き、二十二となるぞ、富士(二二)晴れるぞ、大真理世に出るぞ、新しき太陽が生まれるのであるぞ」
「ナギ、ナミ夫婦神は、八分通り国土を生み育てられたが、火の神を生み給ひてナミの神は去りましたのであるぞ。
物質偏重の世はやがて去るべき宿命にあるぞ」
イザナギが黄泉国から逃げ帰って禊ぎ祓いをした時に、様々な神が化生した。
最後に、左目を洗った時に「天照大神」が生まれ、右目から「月読命」、鼻から「須佐之男命」が生まれた。
これを「三貴子(みはしらのうずのみこ)」と呼ぶが、「うず」という言葉が入っていることから、「イエス・キリスト=スサノオ」ということになる。
「須佐之男命」と「素戔嗚尊」の違いは、『古事記』と『日本書紀』の表記の違いに過ぎないが、須佐之男命は「須佐(島根県の地名)の男」という人物を限定した表記である。
須佐之男命を含むこの三貴子が「素戔嗚尊」とはどういうことかというと、まず素戔嗚尊は国常立尊である。
三貴子を生んだイザナギは、先述の通り、国常立尊の成り成りの果てに成った神なのだ。
更にこの三貴子は、カッバーラ的に見て、原初三神の「天之御中主神」「高御産巣日神」「神産巣日神」の三柱の神と本質的に同一である。
これを対応させると、「天之御中主神=天照大神」、「高御産巣日神=素戔嗚尊」、「神産巣日神=月読命」となる。
が、天照大神は左目から、月読みは右目から、須佐之男命は鼻から生まれている。
この左、右、中央を「生命の樹」に対応させると、「天之御中主神=素戔嗚尊」、「高御産巣日神=月読命」、「神産巣日神=天照大神」となる。
いずれにしても、神話の中で生まれた順番はどうあれ、三貴子は三位一体であり、本質的には「ウズ=素戔嗚尊=国常立尊」なのだ。
また、『日月神示』では「素戔嗚尊」を「スサノオ」ではなく、「スサナル」と読み習わすことが主流となっている。
その違いは神示に示されている。
「なりなると申してあろうが。
なると申すのは、内分は同じであるが、形の変わることであるぞ。
ウムとナルとは同じであって、同じでないぞ」
スサノオの「オ」は「生む=ウム」で、スサナルの「ナル」は「成る」の意がある。
つまり、地上神界の主宰神である国常立尊が、地上現界に「現生る」神として顕現したのが「スサノオ」であり、その働きはウズとなって現れる。
これを神格化したのが「スサナル」ということになる。
『記紀』や『日月神示』によるとイザナギは、天照大神は高天原を治め、月読命は夜の食国を治め、素戔嗚尊は海原を治めるように命じた。
そして、それぞれの神名は順番に、太陽、月、地球を神格化したものであることは言うまでもない。
王仁三郎は、『霊界物語』で次のように口述している。
「太陽の霊界は伊邪那岐命がこれを司り給ひ、その現界は、天照大神これを主宰し給ふのである。
次に太陰の霊界は、伊邪那美命これを司り給ひ、その現界は、月夜見命これを主宰し給ふ。
大地の霊界は大国常立命これを司り給ひ、その大海原は日之大神の命によりて須佐之男命これを主宰し給ふ神定めとなった」
これについては説明の必要はないと思うが、簡単に注釈しておくと、太陽は「陽」であり、伊邪那岐命も「陽」、左右では左が「陽」で、天照大神はイザナギの左目から生まれたのである。
ちなみに、男は「陽」であり、イザナギが男神であるように、天照大神も本来は男神なのだ。
ということは、イエスが「天の父」と呼んだのは、「イザナギ」のことだったともいえる。
また、月は「陰」で、伊邪那美命が身を隠した黄泉国(死後の世界の意)も「陰」、そして、月夜見命(月読命)の「夜見」は「黄泉」の意味も含まれている。
そして、「陰」である右目から月夜見命が生まれた。
更に『日月神示』には、次のように示されている。
「天にも天照皇大神様、天照大神様あるように、地にも天照皇大神様、天照大神様あるのざそ。
地にも月読の大神様隠れて御座るのざぞ」
「地にも天照皇大神様、天照大神様、月読大神様、須佐之男大神様あるのざぞ」
このように、宇宙は霊界と現界に大別され、それぞれの主宰神が定められているが、王仁三郎によると、それら総てを統括する全宇宙の主神が「神素戔嗚大神(カムスサノオノオオカミ)」だという。
イザナギは、イザナミ亡き後に、1人で三貴子を生んだが、そのことについて『日月神示』では次のように示されている。
「夫神、妻神、別れ別れになったから、一方的となったから、岩戸が閉められたのである道理、判るであろうがな。
その後独り神となられた夫神が三神をはじめ、いろいろなものをお生みになったのであるが、それが一方的であることは申すまでもないことであろう。
妻神も同様、黄泉大神となられて、黄泉国のすべてを生み育て給ふたのであるぞ、この夫婦神が、時巡り来て、千引きの岩戸を開かれて相抱き給う時節来たのであるぞ、嬉し嬉しの時代となって来たのであるぞ」
つまり、現在の三貴子はイザナギ一神から生まれた為に一方的だという。
一方的とは……イザナギは「陽」で、イザナミは「陰」であり、肉体は「陽」で、精神は「陰」である。
王仁三郎の口述にもあるように、三貴子は現界の主宰神であり、恐らくその為に物質偏重の世の中になったということだ。
須藤アキオ氏は「神素戔嗚尊」について、このように述べている。
「スサノオは物質界の象徴語で、神スサノオは、滅亡せんとする世を救う救世の活動力に対して名付けられた言霊である。
神霊界と物質界が融合するということは、物質界が高次元になるということで、地上の主宰神〈地球の超自我〉であるスサノオが「神スサノオ」になるのだ。
大自在天神の神剣発動(流星落下)、そして国祖の再現(地軸移動)、これは破壊ではなく大慈大愛であり、スサノオは神スサノオへと昇華するのである。
これが伊都能売(厳+瑞)の身魂で、これを体現したのが、ナオ昇天後の王仁三郎だとされている」
三貴子の三位一体は、本質的に「ウズ=素戔嗚尊=国常立尊」だと述べたが、これが進化して「神素戔嗚尊=大素戔嗚尊=大国常立尊=大日月地大神」とナルのだ。
三典氏は、「大日月地大神とは、根源神・天之御中主神の全き御活動の表現神」だと述べている。
『日月神示』が示す「物質文明の崩壊」のメカニズム、「新しい太陽の誕生」、そして「イザナギとイザナミの意味」について、オコツトが解説しているので次に紹介しよう。
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毎回、しっかり拝読してます。^^
紹介されてる竹内文書や日月神示の本は持ってて、よく読んでます。
よく行く神社の祭神 カグツチとミツハノメノカミが一緒に祭られてる深い意味がよく分かりました。天之御中主は建水分神社 大楠公の氏神様なんで、いつか行ってみたいです。
>阪神ファンですね。って言われると、返答に困ってしまいます。野球ファンじゃないけど、阪神は自然に応援してしまうんで。^^
>日月神示を読む時、高次元の神示を、最後のほうで、歌舞伎役者の霊を媒介させて自動書記させたんじゃないかな?ってイメージしてしまいます。歌舞伎の元祖 出雲の阿国は、出雲大社の巫女だったと言われた人なので。
タイガースは寅ですからね^^
歌舞伎といえば僕も色々とシンクロします^^;
宇宙プロト言語の謎の記事を読まずに、先走ってコメントしてしまいました。歌舞伎役者の霊じゃなくて、岡本天明さんの頭が受け取った信号を変換した結果、ああゆう語り口調になったんですね。
>私も昔、よく金縛りになりました。クラシックのオーケストラの大音量の塊みたいなモノが、頭の中を通過していったようなこともありましたよ。^^
サモンコール宇宙人は、謎です^^;