昭和天皇は、太平洋戦争についてこのように述べている。
「白人による世界支配勢力が、アジア諸国を席巻していた二十世紀初頭、隠忍自重していた日本が、ついに武士道精神を発揮して立ち上がった。こうして、先の大戦は起こったのである」
(独白録)
特攻隊の司令長官・大西中将は、次のように語っている。
「地上においておけば米軍機に叩かれる。
空に舞が上がれば、なすところなく叩き落とされる。
可哀想だよ。あまりにも可哀想だよ。
若者をして美しく死なしめる、それが特攻なのだ。
美しい死を与える、これは大慈悲というものですよ」
「ここで青年が立たなければ、滅びますよ。
しかし、青年たちが国難に準じていかに戦ったかという歴史を記憶する限り、日本と日本人は滅びないのですよ」
「日本のこの危機を救いうる者は大臣でもなけりゃ、軍令部長でもない司令長官でもない。
三十歳以下二十五歳までの、あるいはそれ以下の若い人々で、この人たちの体当たり精神とその実行、これが日本を救う原動力なのだ。
作戦指導も政治も、この精神と実行に基礎を置かなくてはならぬ」
そして多くの特攻隊員が、崇高な勇気をもって栄光の死を遂げた。
「日本は、いつの時代も、青年が祖国を守ってきました。
現代は、私たち青年が守る使命があります。
私たちは、特攻隊として、喜んで死んでゆきます。
生き残った青年が、立派な、世界から尊敬される、日本を建設してくれると信じています」
(日本への遺書)
国の為に笑顔で死んでいった特攻隊
何故、多くの若者がこのような境地に達することができたのか。
「特攻隊員の心理は、出発すれば決して帰ることのないこの特攻隊になった当時、しばらくは本能である生への執着と、それを乗り越える無我の心とが葛藤して、一時期にはかなり動揺するようであるが、しかし時間の長短こそあれ、やがてはそれを克服して心にあるものを把握し、常態に戻ってくる。
こうなると、何事に対しても微笑む温顔と、綺麗に澄んだ中にも何処となく底光りする眼光が身に備わるようになる。
何となく楽しげで、穏やかな人なつっこい親しみが感じられる」
「武士道とは死ぬことと見つけたり」という言葉があるが、死の覚悟が人に勇気を与えるのだ。
明日、自分が生きている保証は全くない。
いつ、どこで、どのように死が訪れるかも知れない。
いずれにしても、肉体はいつか必ず滅ぶ宿命であり、この事をよく認識しておく必要がある。
精神世界の人たちは、「死を意識することは死を招く」と言って忌避するだろうが、それは現実から目を逸らしているだけに過ぎない。
何故なら、潜在的に死を恐れているからだ。
「恐るるもの来たる」「思考は現実化する」という事は、精神世界の人たちが(頭では)一番よく知っているはずだが、実際には理解していない人が多い。
死はタブー視される風潮にあるが、死を意識することで、最大限に「生」を輝かせ、死後の世界や生き方を意識することになり、もっと真剣に考えるべき問題である。
サイババも同様のことを説いている。
これは単なる宗教の分野ではなく、宇宙哲学と言えるだろう。
その真理を追求し、理論を構築する為(事理一体)には、他の様々な分野の研究も必要となる。
常に死を意識することは、恐怖の克服でもある。
死を意識することは決してマイナス思考ではなく、死から目を逸らして深層意識に恐怖を封印することこそ問題である。
前述の『武士道、ここに甦り』には、次のように書かれている。
「いつ死が訪れてもよいように覚悟を決めると、生の輝きは最大限に発揮されるようになります。
そして自然と礼節が定まり、身だしなみも整い、人倫の道に外れた行いをしないように心がけるようになります。
おのれの人生に恥辱なきことを大事とする。
また、そのような生き方が真に身についた者は、おのずと腹が座り、他者への理解や思いやりとなって現れる。
自分に対する悪口や批判などでいちいち目くじらを立てず、むしろ冷静に事の善悪正邪を判断するようになるのです。
こういう境地に至った武士は、ことさらに自分の腕をひけらかしたり、強がったりしない。
逆に物腰が慇懃(いんぎん)で、遠慮深い態度になる。
死を覚悟している武士は、かえって慎まやかで、礼儀正しく、深い人格を備えた武士となるのです」
前述の特攻隊司令長官・大西氏は、「しかし、決定する俺も苦しかったよ…命ずるものも死んでいるんだ」と語り、切腹の作法に則って腹を十字にかき切り、返す刀で頚と胸を刺した。
だが、すぐには死ねず、駆けつけた軍医に「生きるようにはしてくれるな…できるだけ長く苦しんで死にたい」と言って、苦しみの末に息を引き取ったという。
一般的に、自殺をすると、罰として地獄に堕ちると言われているが、それは間違っている。
生前の想念や死に際の想念が死後も継続するので、苦しんで死ねば死後も苦しみ続けるということである。
大西の場合は、苦しむことを望んだとはいえ、慈悲深い尊厳の中で他界したので、死後も苦しんでいるとは限らない。
自ら命を散らした特攻隊員たちも、ある種の自殺行為だが、喜びと共に死んでいったことから、彼らが地獄のような世界に行ったとは考えにくい。
中には、「海軍のバカヤロー」と叫びながら死んでいった隊員もいたようだが……。
同盟国イタリアのムッソリーニは、最後の演説でこのように叫んだという。
『ここで、遠くて近い日本について話したい。
旭日の帝国の不退転の決意と魂が如何なるものか。
それは、死を賭した特攻隊の存在に危惧されている。
彼らは何十人という規模の決死隊などではない。
何千、何万の若者が「一機で、一艦を」屠っている。
そして、その使命を果たしている。
かくも超人的、超英雄的決意に阻まれ、アメリカ政界の一部は当惑し、動揺している。
天皇の忠勇なる兵士と飛行士は、世界無比な挺身の行為によって全世界の人々を感涙にむせばめた。
我々イタリア国民にとっても、彼らのような忠誠な同志を持つことは、この上ない誇りである』
だが、『日月神示』には次のようにも示されている。
「今までは悪の世でありたから、己殺して他人助けることは、この上ない天の一番の教えと教えていたが、それは悪の天の教えであるぞ。己を生かし他人も活かすのが天の道ざぞ。
神の御心ぞ。他人殺して己助かるも悪ぞ。己殺して他人助けるも悪ぞ。
神無きものにして人民生きるも悪ぞ。神ばかり大切にして人民放っておくのも悪ぞ。
神人共にと申してあろうが、神は人に依り神となり、人は神によって人となるのざぞ。
マコトの神の御心判りたか、今までの教え間違っていること、だんだん判りて来るであろうがな」
「武士道」について、次のように説明されている。
武士道とは、近世日本の武士が従うべき規範を指し、大きく分けて2つある。
@歴史的に実在した日本の中世・近世の思想としての武士道
A近代以降に日本のアイデンティティの拠り所の一つとして再創造された武士道
前者は、日本の武士階級に発達した道徳で、鎌倉時代から発達し、江戸時代に儒学思想と結合して完成した。
忠誠・勇敢・犠牲・信義・廉恥・礼節・名誉・質素・情愛などを尊重した。
後者の武士道は「君に忠、親に孝、自らを節すること厳しく、下位の者に仁慈を以て、敵には憐みをかけ、私欲を忌み、公正を尊び、富貴よりも名誉を以て貴しとなす」という態度を重視する。
特に思想としての後者は、江戸時代に儒教の影響を受けて形成され、孔子の「仁・義・礼・智・信」を含み、極道、いわゆる八九三は、本来「仁」と「義」、即ち「仁義」を重んじ、その道を極めることをいう。
現在の暴力団は、主に在日朝鮮人・韓国人の犯罪組織に成り下がっているが、もともとは武士道の大和魂を受け継ぐ勢力で、「任侠道」という。
『武士道、ここに甦り』の説明では、あらまし次のように説明されている。
任侠とは、法律や社会的制約の外にあり、独自の論理で活動し、弱気を輔け強気をくじき、義の為には命を惜しまず闘う。
日本人は大和魂を失わされたが、それは同時に、極道(任侠道)の大和魂も骨抜きになったことを意味し、現在の暴力団が仁義の欠片もなく、形骸化してしまっているのはその為である。
極道の契りは神道の形式に則り、天照皇大神の掛け軸の前で行なわれ、子分は親分に忠誠を誓う。
そのヒエラルキーのトップが天皇陛下で、それ故、皇祖神・天照大神(天照皇大神)を祀り、伊勢神宮に参拝する慣わしがあるのだ。
そして、次のように訴えかけている。
「親分衆が意識を変えれば、末端までそれに従います。
国の為にひと肌脱ごうとトップが決めれば、下の者はそれに従うものです。
任侠界という裏社会が浄化され、本来の気概が甦ることにより、表社会も必ず甦ります。
裏と表とは一体なのですから、根っこが甦れば幹や枝葉も生命力を取り戻すのです。
つまり、現代日本を救うのは任侠界の行動如何にかかっていると言っても過言ではありません。
これを成し遂げる一大使命が、今の任侠界にあると私は思っています。
任侠界も、ぜひ原点に立ち返り、武士道精神を奮い起たせて国の為に立ち上がって頂きたい」
前漢時代の歴史家・司馬遷の著書『史記』に、任侠について次のように書かれている。
「その行為には正義に外れるところもあるが、言ったことは必ず守り、行えば必ずやり遂げ、一旦承諾すれば誠実に実行し、我が身を惜しまず、人の災厄に駆けつけ、生死の関頭に立って、しかも能力を誇らず、音に着せるのを恥じる」
彼らには2種類存在し、漢が興ってから出た「任侠の士」と、盗賊に等しい「豪暴の徒」があるが、司馬遷は前者を次のように評価している。
「彼らは時に当時の法律に逆らうこともあったが、その私的な信条は廉潔、退(謙)譲であり、讃えるに十分なものがある。
名声は実がなければ立つものでなく、実がなければ人は慕い寄るものではない。
朋党や強族が徒党を組んで、財を設けて貧民を使役し、豪暴なものが孤弱なものを侵凌し、欲を欲しいままにして愉快がるようなことは、游侠の徒も恥としている」
そして、片岡氏はこう語っている。
「政治家は財界に弱く、財界は任侠界に弱いという構図があります。
ヤクザ社会が真の任侠精神(武士道精神)を発揮し、己を捨てて国の為に命を尽くそうという気概を取り戻せば、最も効果的に、政財界に対して影響を与え、裏社会から表社会へ、変革の波を起こすことが出来ます」
王仁三郎が設立した(と言っても過言ではない)紅卍会の日本支部のメンツは、黒龍会の頭山満、内田良平、そして笹川良一など、右翼界の重鎮で組織されていた。
笹川良一は在日系で偽善者と評価される事も多いが、彼の思想は「大本」や「紅卍会」を受け継いだものであり、王仁三郎のソウルメイトである笹目仙人に育てられた人物でもある。
私個人的には、笹川氏はヒトラーと同等にリスペクトしている偉人である。
現在の右翼団体は暴力団傘下にあり、構成員の多くが暴力団員や在日コリアンで構成される「エセ右翼」で、実態は「左翼」だと言っても過言ではない。
だが、もともと日本は大量の渡来人の帰化によって建国された国であり、ハイブリッド民族である。
日本に住んでいる以上は「日本人」と同じようなものであり、日本が壊滅すれば彼らとて元も子もない。
彼らがコリアンというプライド、或いは差別意識を持っているのも時間の問題だと思われる。
このように言うと売国奴のように思われるかも知れないが、紅卍会の思想自体が国粋主義ではなく、アジアの宗教統一を実現して満州に理想国家を建設し、政治・経済に介入するという運動で、下手すると誤解を招くような目的を持っていた。
内田良平は次のように述べている。
「現在の満蒙の天地に、神人合一の独立王国を建設せんとする信仰と理想なのである。
神人合一の『明光帝国』を、荒涼蕭条たる往時の朔北、匈奴の地に樹立することは全紅卍字会員にとっては、次に来るべき、より偉大なる神人国の基礎であり、此の建設を通じて後始めて、支那本土の樹て直し日支両民族和同共栄の楔が打ち立てられるものと信じているのである。
斯くて、今次の満洲事変勃発するや、支那各地の紅卍字会有志は日本の卍字会有志と協力連繋して、満蒙自治独立自由王国建設のために、熱烈なる運動に着手するに至ったのである」
「『惟神の天地の大道』に接し、全宗渾一融和の精神的大世界を発見する事を提唱すると共に世界人類の絶対的平和統一と大同団結を念願とするものである。
従って実社会に対する外廓実践の社会改造運動団体たる世界紅卍字会は、道院の信仰たる『真神の世界の和同統一と大改造』の教旨を奉じて、先づ東亜民族の和平と満蒙の天地に自治自由の楽土建設を標榜するものであり、暴虐と圧制を絶滅するを神の意志として、今次の満蒙独立運動の必然性と完成とを信じているからである。
此の意味に於て、紅卍字会の実体と意義を理解する事は満蒙独立国家建設運動の内面的最深、最重の一契機を把握することともいい得るのであろう」
「一面極めて純一無垢にして遠大なる理想と信念に燃ゆると共に、世界人類の絶対平和と福祉の楽園を地上に建設せんとして、日々常時、あらゆる機会をつかんで、着々穏建に而も極めて真摯に奉仕的な社会事業運動に活動してゐるのである」
「任侠」と「右翼」の反転が時代転換の大きなキーとなることは間違いない。
だが、仮にそうならなずに日本が侵略されたとしても、「一厘の仕組み」がある。
詳しい話は追々書き記していくことにするが、シークレット・ガバメントを含めて、国賊も「御用の悪」だということを覚えておいて頂きたい。
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