2010年10月31日

神風特攻隊のヤマト魂と日本が開発した原子爆弾

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日本人にとって「勇気」といえば、やはり大和魂を連想するだろう。
だが、大和魂を定義するのは難しい。
大和魂は武士道が成立する以前から存在した。
ヤマトとは、古代日本に渡来したヤウマト(アラム語で「神の民」)、即ちユダヤ人である。
しかし、自然を破壊する排他的で闘争的な一神教を「大和魂」とは呼べない。

一方、イスラエル10支族はバアル(スサノオ)を主とする多神教で、ヘブライ語で神の民を「ヤマトゥ」と呼ぶ。
勇気と調和という言葉が相応しいイスラエル10支族の民族性こそ、「大和魂」という言葉が相応しい。
だが、それ以前から縄文神道に見られる日本特有の「カムナガラの道」が存在した。
それは、シュメール人やネイティブ・アメリカンによってもたらされたアニミズムである。
だが、遺伝子的に、アイヌや琉球民族はネイティブ・アメリカンと同じYAP(+)を持っているが、本土の多くの日本人の遺伝子は、エイリアン(イスラエル10支族)と同じYAP(−)の遺伝子を持っている。

「大和魂=インディアン・スピリッツ」ではなく、日本列島という世界の雛型である霊的磁場に住むことで培われた精神であるようだ。

「日本精神は真中精神、末代動かぬ精神であるぞ」(日月神示)

偏狭で閉鎖的な意味で使う「島国根性」という言葉は、大和魂とは異なる。

アリオンは次のように語っている。

『日本という土地と、その民族に昔ながらに備わっている力というものがあるんだ。
「カムナガラ」「カムツドヒ」といった「カム」という言葉に象徴される「神」の意識は日本人に特有のものだ。
似た感覚、似た習慣というものはアジア近隣諸国にもあるが、日本は独特なものをもっているというのは確かなことだ』


アリオンは、「地」と「血」は関連するとも言っている。
地のオコリ(地震)によって血が活性化し、封印されてきたスサノオのDNA(大和魂)が目覚めようとしているのだ。

「古の魂(ココロ)よ蘇れと願う民に呼応する祖土(オヤツチ)の魂(ココロ)」

大和魂とは、「国常立尊=スサノオ』の精神、又は「ルシファー=イエス・キリスト」の精神と言えるだろう。
単純に言うと、大和魂とは神道精神である。
元々、神道は宗教ではなく、生活密着型の自然信仰である。
大和の語源となったヤマトゥ(イスラエルの神の民)は、邪馬台国のネイティブ・アメリカンを制圧し、大和朝廷を樹立した。
この出雲族と日向族の政権争いが末代まで続き、武士道のルーツにもなっていると考えることも出来るが、本来の大和魂は武力ではない。

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大和魂とは何か……アリオンは言う。

「アジア的稲作民族意識からの脱落が、アジアの人々の意識からの脱落を意味するとしたら、これは日本の存続という観点から見ると、大変に危険な事だと言える。
どんなに姿形が欧米化しても、日本人の成り立ちを構成している素因はアジアからのものなのだから。
そして如何に欧米の思想や哲学、そしてそれらに関連するノウハウを身に付けても、日本という場の記憶素子は、脈々と受け継がれてゆくだろう。
この記憶素子に抵抗すればする程に、日本人の不安感や焦燥感は増すだろう」

「個人(ヒト)はツチ(社会)に働き、コメ(収益)を得るが、個人(ヒト)は自然社会(カミ)に属する。
そしてコメ(収益)は自然社会(カミ)の与えたものである」


「カミとヒトの間には、コメとツチがある。
カミはコメとツチによってヒトを養い、ヒトはツチに働き、コメを供することでカミと交わる」


日月神示には次のようにある。

「鍬とる百姓が己を忘れ、大地を忘れ、鍬を忘れている境地が、マコトの御霊鎮めであり、神憑かりであるぞ」

つまり、「大和魂=百姓精神」なのだ。

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白峰聖鵬氏によると、『千と千尋の神隠し』は大和魂復活を描いた映画だという。
千は日本人で、油婆婆は金の亡者ユダヤ財閥、千と白が名前を消されたのは大和魂が消されたことを意味するが、本当は由緒正しき龍神(国常立尊)で、日本人の大和魂はユダヤ財閥に抜き取られたというのだ。
そう言われると、私も思ったが、キン肉マンの王位争奪戦で、キン肉マンの火事場のクソ力が悪の神に抜き取られたが、最後には火事場のクソ力が蘇って勝利し、正式に王位を継承した。
このストーリーは、これからの日本にピッタリ当てはまらないだろうか。

さて、それと農業が何の関係があるのか。
太平洋戦争の終戦のキッカケとなったのは、昭和天皇がマッカーサーに「自分の命はどうなっても構わないから国民の命は助けてくれ」と懇願したからだと言われている。
その言葉に、マッカーサーは「大和魂」を見たという。
何故なら、欧米の権力者・ユダヤ財閥であれば、考えられない発言だからだ。
昭和天皇の言葉は、まさに贖罪神「イエス・キリスト」即ち「スサノオ」の生き様を物語っている。

勿論、昭和天皇は百姓ではない。
だが、戦後、大和魂に恐れをなしたアメリカが取った政策こそ、日本の農業及び神道の破壊なのだ。
稲作と神道は本来一体のものであり、それを解体された日本人の大和魂は完全に崩壊したのだった。
この辺りのことは、いわゆる「フリーメーソン陰謀説」的なジャンルの本に詳しく書かれていることが多いので、ここでは割愛する。

では、戦時中の大和魂とは何だったのか。
よく言われるのが、神風特攻隊や人間魚雷に代表される「愛国心」である。
天皇を現人神として崇め、国の為に命を捨てる……経済的な状況も含め、ある意味に於いては、現在の北朝鮮と同様の狂信的カルト国家だったともいえるが、決してそうではない。
まず初めに断っておくが、日本に太平洋戦争の責任はない。
責任がないと言えば語弊はあるが、マッカーサーは戦後、アメリカ上院議員会で「日本は自衛の為の戦争を行なったのであり、侵略戦争ではない」と証言し、東京裁判のウェッブ裁判長も「東京裁判は誤りだった」と告白し、キーナン首席検事も「東京裁判は公正ならざる裁判だった」としている。

『武士道、ここに甦り(片岡都美)日新報道』には、次のような意見もある。

「アジア諸国の中の誰かが、傍若無人に振る舞う白人優位主義の列強に対して、断固立ち上がらねばならなかった。
それをやったのが日本なのです。
当時としては、欧米の帝国主義に立ち向かうには、武力という方法を取る以外、選択肢はなかった。
話し合いなんかに応じる相手ではなかったのです。
この戦争は最初から日本にとって、勝利を収めることが非常に厳しいものがあった。
それでも日本は立ち上がった。
ここまで追い詰められて、武士道精神の残る当時の日本としては、立ち上がらざるを得ません。
こんな無謀な戦争をなぜ日本は起こしたのか、と責める人もいます。
では、もし仮に日本が戦争をしなかったらどうなったのか。
アジア諸国では白人の植民地支配は続いているだろう。日本ももちろん例外ではない。
国としての主体性は奪われ、国民は奴隷状態になる。
場合によっては朝鮮半島のように、南下してきたロシアと、アメリカとが日本を半分ずつ占領したかも知れない。
日本が立ち上がったからこそ、アジアは独立を獲得できた。
白人による搾取と精神的束縛から解放された。
日本以外に、堂々と欧米列強と戦える国はなかった。これは事実です。
日本は敢然と奮い立ち、国の総力を挙げて苦しい戦争をした。
私たちの祖父祖母、あるいは曾祖父曾祖母たちが文字通り命をかけて国を守ってくれたお蔭で、今の日本の平和があり、アジアの平和があるのです。
私たち若い世代は、まずそこに、理屈抜きで深謝しなければならないはずです」


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日本が敗戦した理由は資源不足だとされているが、本当は勝ち目はあった。
原爆を開発したのは実は日本で、連合国軍のナチスによって製造された。
ところが、天皇が原爆の使用を許可しなかったのだ。
その原爆が、なぜ敵国のアメリカの手に渡ったのか。
この話については諸説あって真相は不明だが、ヤコブ・モルガン著『日本を撃て(ヤコブ・モルガン』にヒントがある。

「山本五十六がフリーメーソンで(時の大統領ルーズベルトがやはり33階級のフリーメーソンである)あればすべての謎は解ける。
日本を敗戦に導いていった山本五十六は突然前線基地視察を主張、事前にスケジュールをアメリカ側に漏洩させた上で、昭和18年4月18日ガダルカナルを飛び立ちブーゲンビル上空に待ち伏せした米軍機P38によって撃墜、姿を消す。
山本五十六の死は今でも謎の一つである。
ともかく、日本海軍はあらゆる海戦でそうなることを意図したとしか思えない敗北を繰り返し、敗戦へと突き進むのである。
当時の日本のリーダーたちのある部分がフリーメーソンであり、日本を敗北させ、天皇制を崩壊し、日本にフリーメーソン革命をもたらすために一致協力したのだとすればすべての謎は氷解するのである。
つまり、明治維新も太平洋戦争もユダヤ・フリーメーソンに支配された欧米とその代理人(エージェント)であった日本のリーダーたちによる合作であり、日本の歴史は人工的に意図的に造られていったということである」


これは大筋で正解だが、マッカーサーと山本五十六はキリスト教系フリーメーソンで繋がっていた。
そして五十六は、断じてユダヤ系フリーメーソンの手先の売国奴ではなく、日本救済のシークレット・オーガニゼーションの首領だった。
そして、大本の型示しの通り、神の経綸として日本は敗戦した。

元海軍航空隊の奥宮正武氏は、次のように述べている。

「神風特別攻撃隊は、自ら払った比較的少ない犠牲で、本土決戦の際に失われたであろう日本と連合国軍の膨大な人名を、未然に救った」

陸軍のある特攻隊員が、特攻に対する疑問を同僚にぶつけると、次のように言われたという。

「貴様は人生を大事にしすぎるんだ。
もし自分一人生き残って、全世界が消えたとしたら、どうなんだ。それでも生きたいか。
もし人生に重要な意味があるとすれば、その意味はほかの人間との関係の故なんだ。
そこから面目の重要性が生まれてくる。人生はこの原則の上に立っているのだ。
そのことを古武士たちが身をもって教えてきているではないか。
これこそ武士道の本質じゃないか。
我が身かわいさのあまり生命にしがみついていると、結局自己の尊厳を失うことになるんだ」


終戦2週間前、次のような詩を遺して出撃した特攻隊員もいる。

「日本の人々よ 日本は必ず負ける
そして我ら日本人は 何としてもこの国に
新たなる生命を吹き込み 新たなる再建の道を 切り開かねばならぬ」

(「わがいのち月明に消ゆ」筑摩書房)

また、台湾の特攻基地に勤務し、隊員たちと交流した湯橋美枝氏は、遺族に次のような手紙を宛てている。

『特攻隊の皆さま方は、魂の純粋な方ばかりで、今日、明日死んでいかれる人とは思われない、朗らかな方ばかりで、暗い顔の表情をした特攻隊員の方には、一人もお目にかかったことはありません。
どうして、同じ人間が、しかも若い青年の方が、あのように、ニコニコの笑顔で、聖人も及ばない、偉大な心境で、死んでゆけるのか、不思議に思うくらいでした。
本当に男らしい、ほれぼれするような方ばかりでありました。
皆さん方は、心の優しい、親思い、兄弟思いの方ばかりでありました。
魂が綺麗で、心が温かいから、祖国の為にと、大切な生命を捧げ、特攻隊に志願して、ニッコリ笑って、出撃され、勇敢に死んでゆかれたのだ、という事をわからせていただきました…
特攻隊の方々は、後に続く青年を信じておられました。
それは、「自分たちは戦争で死んでゆくが、平和になったら生き残った青年が、世界から尊敬される、立派な、平和国家日本を再建してくれる」と信じて、安心して死んでゆかれたと思います』


posted by 夢蛇鬼-mujaki- at 23:02| Comment(0) | カテゴリ未決定 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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