ヒンドゥー教とイスラム教を融合させた「シーク教」という宗教がある。
シーク教とは聞き慣れないが、顎髭を生やして頭にターバンを巻き、先が反った靴を履いて短剣を持つインド人のイメージは、このシーク教徒のスタイルである。
シーク教は人類平等の基に世俗的なカースト制度を否定し、偶像崇拝を戒め、宗教的儀式も行わない。
だが、偶像を崇拝する多神教のヒンドゥー教と、偶像崇拝を戒める一神教のイスラム教が、どうして融合し得たのか。
それは、シーク教の開祖ナーナクが、カッバーラを理解していたからである。
カッバーラの奥義は「生命の樹」であり、世界中の宗教の根幹である。
各宗教・各宗派はその枝葉であり、それぞれ向きが違ったり、色が若干異なる為に対立したりしているが、根幹は同じなのだ。
それを「万教同根」という。
ヒンドゥー教は究極の多神教だが、あらゆる神々はヴィシュヌの化身であり、総ての神々が絶対神ヴィシュヌに帰一する。
つまり、ナーナクは、ヒンドゥー教の本質が一神教であることを悟ったのだ。
イスラム教の絶対神アッラーは、アラビア語の「神」であり固有名詞ではない。
イスラム教の聖典は『旧約聖書+コーラン』だが、『新約聖書』も認められている(但し、イエスはキリストではなく預言者の1人として解釈)。
根本教典は『旧約聖書』なので、アッラーの正体は「ヤハウェ(私はある)」ということになり、やはり固有名詞ではない。
ヒンドゥー教は究極の多神教であると同時に究極の唯一絶対神教であり、ナーナクは、「ヤハウェ=アッラー=ヴィシュヌ」ということに気付いたのだ。
更に、聖書の唯一神は「御父」「御子」「聖霊」の三位一体であり、ヒンドゥー教の絶対神も「創造神ヴィシュヌ」「維持神ブラフマー」「破壊神シヴァ」の三位一体である。
それは、日本神話の三神構造とも本質的に同一である。
それ故、ナーナクはヒンドゥー教とイスラム教を融合させたのだ。
そして、シーク教の絶対神は「イク・オンカール・サト・ナーム」である。
それは「唯一神の名は真理である」という意味で、「真理=神」としている。
やはり、ナーナクも神を固有名詞で呼んでいない。
つまり、「ヤハウェ=アッラー=ヴィシュヌ=イク・オンカール・サト・ナーム」ということであり、呼び方はどうあれ、同一の至高存在「イエス・キリスト」を指しているのだ。
この「真理=ヤハウェ(私はある)」を悟った有名人が「釈迦」と「イエス」だが、少し突っ込んだ話をすると、「ヤハウェ=私は〈真理で〉ある」と悟ったのがナーナクなのだ。
勿論、イエスもそのことを理解しており、「私は真理である」と語っている。
また、イエスは「私は世の光である」とも言っている。
つまり、ヤハウェは「私は〈世の光(ルシファー=イエス・キリスト)で〉ある」という意味でもある。
「光」は「言葉」であり「命」でもある。
それは生命の本質であり、宇宙を創造する言霊波動(微粒子の振動音)なのだ。
それが神の本質であり、その究極奥義が「宇宙=人間」で、ヤハウェとは「私は〈宇宙=人間で〉ある」ということになる。
神は宇宙そのものであり、この絶対3神は宇宙の構造を示すと同時に、宇宙の運行でもある。
従って、ヤハウェは「私は〈創造・維持・破壊で〉ある」と換言することもできる。
西欧物質科学主義・キリスト教文明は、「私は〈破壊で〉ある」ヤハウェを信仰しているのだ。
だがそれは、新たな創造にあたって不可欠なプロセスであることは説明するまでもないだろう。
つまり、創造・維持・破壊は、総て『創造』の一環であり、絶対3神は即絶対唯一神なのだ。
そして、神は即人間であり、この3つの役割を以て創造(建設)を担うのが、以前解説した「3つのフリーメーソン」なのである。
このことを踏まえた上で、以下のオコツトと半田氏の交信記録を見て頂きたい。
「そろそろ、あなたがたも真の創造と破壊について考える時期に来ているのではないですか」
「真の創造と破壊…ですか?」
「真の破壊とは、実はあなたがたが創造行為と思い込んでしまっているもの、つまり、事物の多様化や情報の無限増殖にあるのです。
あなたがたの科学は目の前に与えられた自然を分析し、それに伴い多種多様な言葉を作り出していきますが、その知的体系が膨らめば膨らむほど、人間にとって重要な精神原理が失われていっていることを知らねばなりません。
物質的知識の多大な習得にもかかわらず、それによってもたらされてくるものは精神的秩序の深刻な喪失なのです。
この喪失こそ宇宙的な意味での真の破壊と呼んでいいものです。
あなたがたは、文明の進化に加速度を与えてきたもの、すなわち、あなたがたに創造力や思考の多様な発現を与えているその源泉を神と呼んでいるのではありませんか。
目の前に与えられた自然に対し、その秘密を解き明かし、神の創造行為にその個的な意志を持って人為的に加担すること…おそらく、あなたがたはそれらの作業を人間に与えられた貴い創造行為だと信じ込んでいるはずです。
しかし、タカヒマラが最終構成に入れば、もはやこの存在は宇宙的秩序の破壊をもたらす偽りの神であり、オリオンとの連結を喪失させ、宇宙を死に至らしめるものとなるでしょう」
「私たちが創造行為と呼ぶものが破壊…では、私たちの文明が作り上げてきた知識体系や創造活動はすべて無意識なもので、ただ偽りの神に奉仕してきただけだったとおっしゃるのですか」
「いいえ、そうではありません。
なぜならば、あなたがたが歴史の中で立ち上げてきたあらゆる学問の究極の目的とは、この認識原理の転倒に気づくことにあるからです。
そして、物質的な知識の累計こそが人間にこの転倒原理を気づかせる唯一の方法なのです。
ですから、プレアデス的統制、すなわち物質的な知の体系が成長してきたと考えて下さい。
あなたがたの眼前に展開されている宇宙は真実の宇宙構造が完全に転倒させられた影のようなものです。
ですから、この写像から獲得されるあらゆる知識は宇宙的真理をある意味で全て含んでいます。
しかし、真理はあくまでも転倒された真理にすぎません。
現在あなたがたが作り出している社会システムは、この転倒した真理への信奉により生まれています。
タカヒマラから俯瞰すれば、物質的知識の獲得の目的は、そこで得られる知識それ自体にあるのではなく、それらの知識に根本的な刷新を与えること、つまり、物質的知が精神的な知へと変容するところになるのです」
「なるほど…つまり、知の変容というわけですね。
もちろん、僕もそれはうすうす感じてきたことです。
で、それは物質的な知識自体の中に、その知識、自らを変容させる力が内在しているということでしょうか」
「もちろんです。
真の破壊行為とは、あなたがたにとって眼前に展開されている世界の多様性を『一なるもの』に統合していくところにあります。
これこそが私たちが定質と呼ぶ力のことなのです」
「全てを『一なるもの』に持っていく力と、それに対して無限の多様性を生み出してくる力か……。
それが、あなたがたが定質と性質と呼ぶものの関係でもあるのですね」
「はい。オリオンの力とプレアデスの力の関係にあります」
「ということは、真の創造をもたらすものがオリオンで、真の破壊をもたらすものがプレアデスだということですか」
「いいえ、それは違います。
オリオンとプレアデスは、いわば宇宙の進化とその反映の関係にあるものです。
創造の原因を送り出すのがオリオンで、その創造を育むのがプレアデスです。
プレアデスは決して破壊を招く力を送り込んでいるわけではありません。
新しい創造原因を作り出すための種子、つまり人間を宿している母胎とも呼べる部分です。
タカヒマラに真の破壊をもたらすものとは、このオリオンとプレアデスの結合が逆転させられた時に出現します。
それが私たちがスマルと呼ぶもののことなのです。
スマルは人間の意識がプレアデス的領域を宇宙の本質と錯誤した時に生まれる、いわばオリオンの進化の力が完全に転倒させられたところにある力です」
「スマルがオリオンの転倒したもの…で、その転倒とは具体的に言うとどういうことを意味するのですか」
「人間の意識を人間の内面に偏映させ、止核化させる力を意味します」
「止核化と言うと……?」
「核質に閉じ込められてしまうということです」
「つまり、物質…人間型ゲシュタルト」
「そうです。
プレアデス自体は光によって意識進化の新しい方向性を投げかけているのですが、スマルが核質膜を作り出し、この反射作用に方向を持たないように感性球領域の中に人間の意識を封じ込めてしまっているのです。
そのためにプレアデスはその偏映を解くことができなくなっています」
「それは、人間の意識がミクロとマクロを等価なものとして見られないということを意味するのですか」
「はい、そういうことも含みます。反転する力が顕在化を起こしていないということです。
プレアデスが進化の方向性を見失うとスマルの力が増長し、タカヒマラは次なる進化を不連続にさせてしまうのです」
「なるほど、核質化した次元における不連続質とはそのような意味だったのですね」
「ええ、その通りです。
現在、多くの地球人の意識にプレアデスが進化の方向を失った状態が見られます。
あなたがたが客観的世界と呼んでいる空間ゾーンは、人間にタカヒマラの全体性を反映として見せているいわば反射の場なのですが、ここに人間の意識が完全に落ち込んでしまうと、プレアデスはオリオンへ逆方向から力を交差させるように働きだしてしまいます。
そうなると、プレアデス領域の有機体が破壊され、シリウスの意識調整システムとの連結が断たれてしまうのです。
最終構成に入る前であれば、この働きは人間という次元の内部における正常な成長として考えることもできます。
しかし、最終構成以後もそのような方向性を持つとすれば、それは虚無への力以外の何物でもありません」
『霊界物語』や『日月神示』、そして『アーリオーン』が説く「善と悪」、或いは「西洋と東洋」の役割と関係、そして「善悪逆転の真理」と「進化の法則」が、具体的に理解できたと思う。
だが、奥には奥がある。
オコツトによれば、地球上のいかなる価値体系も、それが人間型ゲシュタルトによるものであれば、プレアデスの統制下にあるという。
半田氏は次のように述べている。
――私たちが歴史と呼んできたもの、弁証法的運動のもとに絶えず止揚されてきた出来事の進化、民族対立や階級闘争の歴史は、ある意味においては〈闇の中の闇〉と〈闇の中の光〉との闘争に過ぎなかったのかも知れない。
つまり、プレアデスがプレアデス自身の中で自己完結を果たしていくための葛藤に過ぎなかったということなのだろう。
「闇の光から離れよ」とはヘルメス文書にある勧告だが、その意味は、この世で光と見えるものさえ、宇宙的真理から見れば闇の一部に過ぎないことを意味している――
では引き続き、オコツトのメッセージを見てみよう。
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