2010年11月18日

ヴィーナスが導く神道と仏教のルシフェリアンと言霊の原理

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金星がルシファー(国常立尊=虚空蔵菩薩)であるなら、『大本神諭』を降ろした出口ナオや『日月神示』を降ろした岡本天明もまた、日蓮や空海と同じく金星に導かれた「ルシファー=イエス・キリスト」の預言者だったことになる。

その証拠は…………

『フォトンベルトと日月神示(岡田光興)徳間書店』の中で発見したので抜粋する。


――岡本天明が絵の雅号として「天明」を用いたのは、20代前半の神戸に再び帰ってきた時期であると言われいる。
この雅号は自分が故郷岡山玉島の明星たらんとして名付けたとも言われている。
しかし大本時代の岡本天明は、岡本霊祥と名乗っており岡本天明という名は、大本の文献には出てこない。
天明と公に名乗り始めたのは、昭和10年の第1次大本弾圧の後のことであったようだ。
大本に入り、岡本天明は「天明」という雅号の持つ重大な意味に気付くことになったと思われる。
なぜなら大本の聖典の一つである『霊界物語』には次のような記述があるからだ。

「宗教学者の主張せる 死神死仏を葬りて 最後の光は墓を蹴り 蘇らすは五六七(みろく)神 胎蔵されし天地の 根本改造の大光明 尽十方無碍光如来なり 菩提樹のもと聖者をば 起たしめたる暁の 天明閃く太白星」

また、第28巻総説歌にも次のような記述がある。

「三千年の人類や 禽獣虫魚に至る迄 救ひの舟を差し向けて 誠の道を教えゆく 神幽現の救世主 太白星の東天に きらめく如く現れぬ」

この「天明閃く太白星」の太白星とは、金星すなわち明星のことである。
出口ナオのお筆先にも「明けの明星」が登場し、また聖師出口王仁三郎も大正10年の大本第1次弾圧の日に、収容された京都の未決監獄で窓から異様に光輝く上弦の月と太白星を発見し、その後謎の預言書『霊界物語』の口述を始めた。
そして実は、この岡本天明が自らの雅号として選んだ「天明」という名にこそ、岡本天明の霊的使命に関する決定的な秘密が隠されていたのだ。
釈迦、キリスト、空海、日蓮など古今東西の宗教家、霊覚者の中で、この金星に誘われて自らの宗教的使命を自覚した者は数多い。
聖書のヨハネの黙示録の最終部分にも、
「私イエスは、使を遣わして、諸教会のために、これらのことをあなたがたに証した。
私は、ダビデの若枝また子孫であり、輝く明けの明星である」(第22章16節)

この「明けの明星」は救世主の代名詞とされ、暗黒の世からの夜明けが近いことを暗示する希望の星であるとされている。
その意味で岡本天明の霊的人生も、人類の霊的進化の導きの星である金星と深く宿命づけられていたのではないか――


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言霊はイスラエル10支族及び2支族のイエスの使徒の末裔(秦氏)と共に、言霊幸う国(古代日本)にもたらされた。
聖徳太子は言霊学に精通し、原始キリスト教をルーツとする神道、そして儒教・仏教に造詣が深かった。
十七条憲法の第一条「和を以って尊しとなす」も、単に「仲良くする事は大切だ」という意味ではなく、言霊「ワ」の意味を熟知した上での言挙げだとされる。
太子は皇祖皇宗の布斗麻邇による人類史創造の内容を熟知しながら、日本古来の言霊学を秘蔵し、儒教と仏教を表立て、競争社会での人心の安寧を計った第一人者だという。
太子は帰化ユダヤ人のルーツを知った上で、秦河勝に弥勒菩薩半跏像を下賜し、ユダヤ人の根拠地として太秦に広隆寺を建立させた。

以前述べたが、太秦の語源はアラム語(イエスの時代のユダヤ人言語)の「イシュ・マシャ」(イエス・メシア=イエス・キリスト)であり、弥勒菩薩は再臨のイエスの象徴である。
広隆寺境内の伊佐良井(いさらい)は「イスラエルの井」で、現存は3つだが本来は12の井戸が存在した(イスラエル12支族を象徴)。
更に近所(元々は境内にあった)大酒神社は大辟(おおさけ)神社の転訛で、「ダビデ」の漢音名だという。
大酒神社の10月12日の牛祭は、ユダヤの万有意識を分析し、物質を探究するユダヤ民族3000年の責務を表わす七夕の織姫(天照大神)と牽牛(須佐男命)、言霊(ウ)の意味を表わし、それは五行でいう金星(ウ)と同意でもあるという。

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『弥勒菩薩下生経』によると、釈迦の甥である弥勒が仏教に反逆した罪で追放され、五十六億七千万年の修業の後、弥勒菩薩となって下生し衆生を救うとされ、物質世界の真相を究明し、その偉勲によって人類を救済する仏として予言されている。
それは、高天原で反乱を起こし、黄泉国に追放された素戔嗚尊が物質文明を完成させる事と対応し、皇祖の歴史経綸の説明とも一致する。
ここでいう「素戔嗚尊」は、霊主体従の国常立尊(素戔嗚尊)の裏の顔である、体主霊従の「盤古大神」、即ち西欧ユダヤ・キリスト教が唯一神と崇める「ヤハウェ」であり、その実体はイルミナティの神「ルシファー」である。
つまり天界から追放された堕天使ルシファーであり、「弥勒=牛=須佐男命=金星=ルシファー=イエス・キリスト」だが、その暗黒面である。

太子は、物質科学文明を創造する為の方便として、言霊布斗麻邇の原理による世界統治の業(古神道)を隠没させる為に神社神道を創設し、言霊の原理を隠してその象徴を形にし、儒教や仏教の儀式を採用した信仰形式としたのだ。
それは、古神道の言霊布斗麻邇の原理をこの世から抹殺することではなく、物質文明完成の暁には再び復活させられることになっている。
大本のお筆先では「知らしてはならず、知らさいでもならず、神は辛いぞよ」とある。

空海は天皇の前で真言密教の法話をし、天皇は空海に言った。

「汝の話は見事であり、何も言うことはない。
ただ一つ、日本には古来から真言密教の原本となる言霊布斗麻邇があるのを汝は知っているか」


空海は直ちに理解し、その後の真言密教は空海独自の色合いを深めた。

大師全集三十数巻の最後に、空海が伊勢神宮に参籠し、神前で奏上した。
「……民、空海謹み謹みも申す」

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「知らしてはならず、知らさいでもならず、神は辛いぞよ」と同じ気持ちで奮闘した人物が日蓮である。
日蓮が伊勢神宮に参籠し、荒木田某神主より言霊布斗麻邇を学び、日の出に向って題目を唱え、法華経全体が指月の指となる言霊布斗麻邇の大法を胸中に抱き、日蓮独自の法華経を広めたことを知る人は少ない。

日蓮が日本古来の言霊布斗麻邇をどう思っていたのか……弟子の三沢某に送った手紙がある。

「我に付きたりしものどもに、真の事を言はざりけると思いて、佐渡の国より弟子共に内な申す法門あり
此は仏より後、迦葉、阿難・竜樹・天親・天台・妙樂・伝教・義親等の大論師、大人師は知りて而もその心の中に秘めさせ給ひて、口より外に出し給わず、其の故は仏制して言ふ、我滅後末法に入らずば此大法言ふべからずとありし故なり。
日蓮は其使にはあらねども其時刻にあたる上、存外に此大法をさとりぬれば聖人の出でさせ給うまで、先づ序文にあらあら申すなり。
而るに此の大法出現せば、正法像法に論師人師の申せし法門は、皆日出でて後の光、巧匠の後に拙なきを知るなるべし。
此時には正像の寺堂の仏像僧寺の霊験は皆消え失せて、但此の大法のみ一閻浮堤に流布すべしと見えて候」


「日出でて後の光」とは、あってもなくてもよいものという意味で、「一閻浮堤」とは人類社会という意味である。
法華経の巻末『観音賢菩薩行法経』の普賢菩薩とは、普(あま)ねく賢(かしこ)い菩薩(果位の菩薩)という意味で、天皇(スメラミコト)を示す。
この経に登場する3つの宝(金剛杵・金輪・摩尼珠)は、神道(ユダヤ)の三種の神器である。
『行法経』には、言霊の運用について書かれている。

さて、古代イスラエル民族は世界中に離散し、選民としての使命を全うするべく活動した。
1つは、各地を放浪し、その土地の民族に溶け込んで競争社会を生み出し、物質文明の中核となることで、もう一つは、文明の利器がもたらす金力・権力・武力によって世界を再統合することにある。
イスラエル10支族とイエスの使徒レビ族(秦氏)は古代日本に渡来して大和朝廷を樹立し、皇室を確立した。
西欧に散らばった2支族(ユダヤ人)は、白人社会の権力支配層の中核となり、言霊の原理を物質方向に応用した錬金術等の技術に始まり、やがて近代的な物理学や天文学、人文科学等へと進歩していった。
経済や産業、学術的にも秀でたユダヤ人は常に生存競争の勝者であり、それを支えているのがカッバーラであり、日本にはヘブライ語の子音と数霊を以って、10支族と秦氏によってもたらされた。
それが「物質文明の完成」を目指す神(大自然)の経綸である通り、この騒乱の生存競争社会の中から、目を見張るような科学の功績により、物質文明が創造されてきた。

言霊の原理から見た「歴史の時間」とは何か……。
壮大な言霊学のほんの触りだけを紹介するが、小笠原孝次氏は次のように説明している。
人間は「ウオアエイ」で示される五つの性能を持ち、その中で言霊ウ(五感に基づく欲望)と言霊オ(経験知)から見る時間の中で人々は、現象が現象を生む輪廻の業の中に生きている。
そして言霊ア(感情)の視点から見て、初めて永遠の今を知り、時間の流れに流され生きているのではなく、永劫の今を生きていることを知り、物事のただ一つしかない真実の姿を見ることが出来る。
この「あ(阿)」を知る瞑想法が、真言密教の「阿字観」である。

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だが、その段階に達しても、万事好都合として処理できる悟りを得ることは出来ない。
生命進化の最終段階、言霊イ・エの観点に立って、初めて時間と空間の束縛から脱却し、永劫の今の中に存在する五十音言霊の法則を悟り、言霊原理による人類の歴史創造の担手(真のフリーメーソン)となることができるのだ。
物質文明創造の為、精神文明創造の原理である言霊布斗麻邇が歴史の表舞台から隠没されたが、人類文明創造の活動が無くなった訳ではない。
言霊原理を忘れた人類の、業が業を生む欲望と知的傲慢な行動による苦悩に満ちた「火宅の世」に導いたのが、放浪民族ユダヤ人の神ヤハウェ(偽の天照大神)、即ち国常立尊の暗黒面である盤古大神である。
この偽のヤハウェこそ、ユダヤ財閥・イルミナティーが崇めるルシファーなのだ。

正確にいえば、ルシファー(国常立尊=素戔嗚尊=イエス・キリスト)の暗黒面である「盤古大神」である。
それは、オコツトがいうプレアデスの流れとも言えるだろう。
そして、物質文明完成の暁には本物のヤハウェ(本物のルシファー=イエス・キリスト)、つまり国常立尊(素戔嗚尊)・天照大神の言霊原理が復活し、太古の精神文明(霊主体従)と現代物質文明(体主霊従)が融合し、ミロクの世(霊体一致)が完成することになるのである。
小笠原氏は、5つの言霊ウオアエイの性能は宇宙から発現しており、心の宇宙はウオアエイの5次元重畳構造を持つが故に、人間の心の本体は宇宙そのものだと述べている。

スウェデンボルグは次のように説明している。

「天的天使たちは、主に対する愛の善にいる為、知恵から話し、霊的天使たちは、真理を本質とするところの隣人愛の善にいる為、理知から話している。
天的天使の言葉にはウとオの母音が多いが、霊的天使の言葉にはエとイの音が多い…
善が含まれている語にはウとオが多く、また多少アもあるが、真理が含まれている語にはエとイが多い」


『日月神示』にも同様の説明がある。

「霊人の言葉は……二つのものに大別し得る。
歓喜の現れとしての愛に位置している霊人の言葉は、善的内容を多分に蔵している。
歓喜の流れに位置する霊人の言葉は、知的内容を多分に蔵している。
…前者は愛に住するが故に、主にOとUの音が多く発せられ、後者は智に住するが故に主としてEとIの音が多く発せられている。
そして、その何れもがA音によって統一要約する神密極まる表現をなし、またそれを感応し得る能力を持っている。
しかし、これらO・U・E・I、及びAの母音は想念の・を成すものであって、地上人よりすれば、言葉そのものとしては感応し得ないことを知らねばならないのである」
posted by 夢蛇鬼-mujaki- at 10:53| Comment(0) | カテゴリ未決定 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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