2010年11月25日

脳内モルヒネと快楽の追求

thetreeoflifebytriba.jpg

フォースからパワーへの上昇は、『生命の樹』の上昇と同じである。
「勇気」の意識指数は200だったが、「愛」の意識指数は500、「喜び」は540となっている。
森田健氏は、六爻占術によって株で1億7500万円稼いだが、その占いによって地球に未来を問いかけた。

「地球に、特に日本に危機はあるか?それを回避する方法はあるか?」
「今は大丈夫ですが、そのうち水に関する災害があります。
地球の温度上昇が原因です。起こる時期は2014年です。
あるいはその12年後の2026年です……。
人間が自分の快に生きれば地球は救われ、人間も救われる」


自分が「快」に生きれば良いという。

文字通りに解釈すると、「公=仁=愛」と正反対、即ちエゴ的な生き方を勧めているようだが、そういう意味ではない。
「快」とは、別の表現をすると「歓喜」である。

「明くる楽しくイキイキとアセンションに向かっていきましょう」(船井幸雄)

「歓喜はあらゆる修行に勝る」(随喜功徳品第十八)

「快」「歓喜」は宇宙進化の原理・大法則であり、これを追求することが、人間の正しい生き方なのだ。
だが、これだけでもやはり語弊がある。
事実、「快」「歓喜」を追求した結果が現代の様相ではないか。
「快」とは、「歓喜」とは、どういうものなのか……。

『日月神示』に見てみよう。

「何事が起こってもそなたは先ず喜べよ。
それが苦しいことでも、悲しいことでも喜んで迎へよ、喜ぶ心は喜び生むぞ」

「正しき喜びを先ず見極めよ。見極めてひたすらに進めば良いのぢゃ」

「何事もよろこびからぞ。結果から又よろこび生まれるぞ」

「人間よろこべば神よろこぶと申してあろうが、天地晴れるぞ、輝くぞ」

「恐れてはならん、恐れ生むからぞ。喜べ、喜べばよろこび生むぞ。
喜びは神ぢゃ。弥栄と云うことは歩一方ずつ喜び増していくことぞ。
喜びの裏の苦に捉はれるから判らんことに苦しむのぢゃ」

「喜びないもの亡びるぞ。他の為に苦労することは喜びであるぞ。
全体の為に働くことは喜びぞ、光りの生命ぞ」

「身も心も嬉し嬉しなるのがマコトの神ぢゃ。
ものの嬉しさだけではゼロぢゃ。たまの嬉しさだけでもゼロぢゃ。よく心得なされよ」

「神の国と申すものは光の世、よろこびの世であるぞ、虫けらまで、てんし様の御光に集まるよろこびの世であるぞ。
見事此の方について御座れ、手引っぱって峠越さしてやるぞ」

「モノ喜ばせばモノは自分の喜びとなり、自分となる。
心の世界は無限に拡がり、成長するのであるぞ。
神に融け入って宇宙大に拡がるのであるぞ」

「歓喜は神であり、神は歓喜である」


_wsb_333x327_North+Star.jpg

当たり前だが、嬉しい事があれば嬉しいし、人間は喜びを求めて生きていると言い切っても過言ではないだろう。
だとすれば、常に歓喜に満たされている状態が、正しい生き方ということになる。
一昔前に話題になった『脳内革命』の著者・春山茂雄氏は次のように述べている。

『いつもニコニコして物事を良い方へ、良い方へと捉えていると、脳内には脳細胞を活性化し体を元気づける良い働きのホルモンが出てきます。
これらのホルモンは若さを保ち、ガン細胞をやっつけ、人を楽しい気分にさせてくれます。
人生を楽しく健康に過ごし、ガンにも成人病にもかからずに長生きしようと思うなら、このように良いホルモンが出るような生き方をすれば良いのです。
人を楽しくするこのホルモンが、私のいう脳内モルヒネです。
物質の構造式が麻薬のモルヒネによく似ているからそう名づけたのですが、麻薬のモルヒネは依存症や副作用の危険がありますが、脳内モルヒネのほうは、その心配が全くありません。
人間に快感をもたらすホルモンは約20種ほど知られていますが、作用の仕方、強弱の差はあってもその薬理作用はほぼ同じなので、このような快感ホルモンを総称して「脳内モルヒネ」と呼ぶことにします。
数ある脳内モルヒネの中で、最強の快楽ホルモン物質はβ-エンドルフィンで、その効力は麻薬のモルヒネの5、6倍は楽にあります。
これだけの快感物質が私たちの脳内で造られることは何を意味しているのでしょうか。
神様が私たち人間に「楽しみなさい」といっているのだと思います。
人間は結構悪いことも考えるし、実際にそれをやってしまいます。
たとえば、「人を押しのけてでも自分が得をしよう」と考える人がいます。
そうやって大金を儲けたとします。あるいは地位や名誉を得たとします。
そのような願望が実現すればその人は嬉しい。嬉しければ脳内モルヒネは分泌します。
しかし何故だかそのような楽しみは長続きしないのです。必ずどこかでおかしくなる。
世のため人のためにならないこと、人から恨みを買うようなことをすると、どういうわけか脳がその人を滅びの方向へと誘導してしまうようなのです。
これは多分、神様が理想とする生き方にあった者だけが生き残れ、それに合わない者はできるだけ消していこうとするメカニズムが、遺伝子という形で体の中に残されているのだと私は解釈しています』


心理学者A・H・マズローによれば、人間には動物と同じ本能があり、それを「5F」と名付けている。
5Fとは……ファッキング(性欲)、フィーディング(食欲)、フロッキング(群れる)、ファイティング(攻撃・征服)、フリーイング(逃走)の5つの本能行動で、このどれもが脳内モルヒネが分泌される行為だとしている。
この5Fは脳の大きな部分を占めており、否定してはいけないという。
『日月神示』でも、肉体的欲求を否定してはいけないことが説かれている。

「神が生み、神より出て、神の中に抱かれているが故に神と同一の歓喜を内蔵して歓喜となる。
歓喜に向かうとは親に向かうことであり、根元に通ずることである。
世をすて、外分的、肉体的諸欲をすてた生活でなければ、天国に通じ得ぬと考えるのは誤りである」


脳は大きく分けて三重構造になっており、5Fを司るのが原脳(爬虫類脳)で、この原脳を包み込むようにして大脳辺緑系(動物脳)があり、その外側にあるのが人間特有の大脳新皮質である。
人間が人間らしくあるのは大脳新皮質あればこそだが、その働きは脳全体の約5%に過ぎず、残り95%は爬虫類や動物と同じ本能を司るの脳だという。
従って、脳の働きや欲求を考える時は、原脳や大脳辺緑系も勘定に入れておかなければ本質を見誤る、と春山氏は指摘する。

image1.gif

マズロー博士は、人間の欲求を5つに分類している。

@生理的欲求
A安全の欲求
B所属と愛の欲求
C承認の欲求
D自己実現の欲求

この5つの欲求は「生命の樹」の上昇と同じで、低次元から高次元へとステップアップしていく仕組みになっている。
最初の生理的欲求は、食欲・性欲・睡眠欲という3大本能で、爬虫類脳が司る。
この生理的欲求が満たされると「安全の欲求」が現れ、次に現れるのが「所属と愛の欲求」で、社会の一員として存在したいという欲求、及び対象を必要する愛する行為も含まれる。
そして、これらの欲求が満たされると、次に「承認の欲求」が現れる。
これは、自尊心を満足させたいという欲求と、そのことを他者に認めてもらいたいという欲求で、その証が地位や名誉などである。
人間はこの段階まで達すると、最後に「自己実現の欲求」が現れる。
これは「成れる可能性のある最高の存在になりたい」という願望である。
これは裏を返せば「傲慢」に通じ、天使長ルシファーが神に成り代わろうとして地に落とされたという話を思い出すが、これは比喩であって、ここでは伏せて頂きたい。

自己実現の欲求は、宇宙の進化の法則である。

『日月神示』から抜粋していこう。

「大宇宙にも、頭があり、胴があり、手足があり、目も、鼻も、口も、耳もあり、また内臓諸器官に対応するそれぞれの器官があって、常に大歓喜し、呼吸し、脈打っていることを知らねばならない」

宇宙は、大歓喜と共に生きているのだ。
であれば、宇宙の一員である人間も、大歓喜と共に生きることが道理である。
マズローは「自己実現」を目指して生きることが人間の最高の快感・歓喜だと述べているが、自己実現を別の言葉で表現すると「完成」である。
つまり、宇宙も自己実現(完成)を目指して、大歓喜して生きているということになる。

「全大宇宙は、神の外にあるのではなく、神の中に、神に抱かれて育てられているのである。
故に、宇宙そのものが、神と同じ性をもち、同じ質をもち、神そのものの現われの一部である。
過去も、現在も、未来も一切が呼吸する現在の中に存在し、生前も死後の世界もまた神の中にあり、地上人としては 地上人の中に、霊界人にありては 霊界人の中に存在し、呼吸し、生長している。
故に、その全体は常に雑多なるものの集合によって成っている。
部分部分が雑多なるが故に、全体は存在し、力し、弥栄し、変化する。故に、歓喜が生ずる。
総ては大神の歓喜の中に存在するが故に、歓喜によって秩序され、法則され、統一されていて、その秩序、法則、統一は、一応完成しているのであるが、その完成から次の完成へと変化しているその秩序、法則、統一は、一応完成しているのであるが、その完成から次の完成へと弥栄する。
故にこそ弥栄の波調をもって全体が呼吸し、脈拍し、歓喜するのである」

「愛は真により、真は愛により向上し、弥栄する。
その根底力をなすは歓喜である。
故に、歓喜なき所に真実の愛はない。
歓喜の愛はこれを愛の善と云う、歓喜なき愛を、愛の悪と云うのである。
その歓喜の中に、また歓喜があり、真があり、真の真と顕われ、一となり、二と集約され、その集約の真偽の中に三を生じ、更に尚、歓喜と弥栄ゆる。
生前の世界、死後の世界を通じて、一貫せる大神の大歓喜の流れ行く姿がそれである。
大神は常に流れ行きて、一定不変ではない。
千変万化、常に弥栄する姿であり、大歓喜である。
完成より大完成へ向い進む大歓喜の呼吸である」

「総てのものは歓喜に向かい、歓喜によって行為する。
歓喜がその目的であるが故に、歓喜以外の何ものも意識し得ない。
故に、歓喜よりはなれたる信仰はなく、真理はなく、生命はない」
posted by 夢蛇鬼-mujaki- at 23:09| Comment(0) | カテゴリ未決定 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。