このサイトのテーマである「ハルマゲドン」
それは光(神)と闇(悪魔)の最終戦争である。
それを回避する方法は1つしか存在しない。
それは、原因の世界、即ち自己の内面に目を向ける事である。
『日月神示』には次のように示されている。
「戦恐れてゐるが、臣民の戦位、何が怖いのぞ。
それより己の心に巣くうている悪のみたまが怖いぞ」
「戦は今年中と言っゐるが、そんなちょこい戦ではない。
世界中の洗濯ざから、いらぬものが無くなるまでは、終らぬ道理が分らぬか。
臣民同士のいくさでない、カミと神、アカとあか、ヒトと人、
ニクと肉、タマと魂のいくさぞ」
「己の心を見よ、戦が済んでいないであろ。
それで戦が済むと思うてゐるとは、あきれたものぞ。
早く掃除せぬと間に合わん、何より掃除が第一」
外部の世界は内部の世界の現れである。
本当のハルマゲドンは、真我(神)と自我(悪魔)の戦いなのだ。
イエスは、「天の国は汝の胸の中にある」と説いた。
即ち、天の岩戸は人間の胸にあり・・・
岩戸を開いて真我に目覚める事を「キリストの再臨」という。
私(キリスト)は岩戸の中からノックして、あなた方に呼び掛けている者である。
しかし、あなた方が気づかない為、私は岩戸の破壊者「反キリスト」となった。
「ヨハネによる福音書」第3章で、イエスはこう言っている。
「はっきり言っておく。
人は、新たに生まれなければ、神の国を見ることはできない」
「『あなたがたは新たに生まれねばならない』
とあなたに言ったことに、驚いてはならない。
風は思いのままに吹く。あなたはその音を聞いても、
それがどこから来て、どこへ行くかを知らない。
霊から生まれた者も皆そのとおりである」
古代キリスト教の神学者アウグスティヌスとは、こう言っている。
「人間は自分自身の中にあるものを知らないが、
人間の創造者は人間自身の中にあるものを知っておられる」
神泉組2【ハイパーネオデジタル内観】
http://world888.seesaa.net/
2010年03月27日
2009年12月24日
ヤマタノオロチに乗った北極の赤鬼からのクリプレ
紀元4世紀、娘の結婚資金がない父親を気の毒に思って、夜中に金塊を投げ込んだトルコのキリスト教司教「セント・ニコラス」がサンタクロースのモデルとされている。
この伝説がオランダに伝わって「シンタ・クラース」と発音され、後のアメリカで「サンタ・クロース」と呼ばれるようになった。
では何故、赤い服を着て北極からソリに乗ってやってくる姿として描かれるようになったのか。
アポロ宇宙飛行士が月面で遭遇したUFOを指して「サンタクロース」と言ったのは、その日がクリスマスだったからだとされているが、月面探査自体が最初からUFO基地の調査だった為、NASAの暗号として使用されていた可能性がある。
UFOは北極のプラズマトンネルを通って、地球内部アルザルを出入りしている。
だとすれば、サンタクロースが乗っているソリはUFOだということになる。
だが、サンタクロース伝説はUFOの概念がない時代からあり、そのルーツはもっと深遠にあるはずだ。
人々に物を与えることがサンタクロースの特徴だとすれば、その起源は「創世記」で、ルシファーがイブに知恵の木の実を与えたことにある。
ルシファーは「蛇」と「光」で象徴され、それは「イエス・キリスト」である。
次に「出エジプト記」で、荒野を放浪するイスラエルの民にマナを与えた主「ヤハウェ」がいる。
ヤハウェは「私はある」という意味で、イエスも「アブラハムの前から『私はある』」と名乗っていることから、それは同一存在である。
そして、ヤハウェの受肉であるイエスが、5個のパンと2尾の魚を奇跡によって増やして数千人に与えたり、イエスが与えた水の入った石瓶の中身が葡萄酒に変わっていたというエピソードがある。
イエスは「与えよ、さらば与えられん」と説いた。
クリスチャンだったニコラスは、イエスの教えに忠実に生きた。
それが、サンタクロース伝説の真相ではないだろうか。
こじつけだが、サンタクロースはセント・クロス(聖十字架)にも通じる。
そもそも「聖」という字がイエス・キリストを意味している以上、聖(セント)の名を冠する者は、イエス・キリストと繋がっていることを意味する。
強引な説明をすれば、サンタクロースの正体は「イエス・キリスト」なのだ。
では、イエス・キリストと北極は何の関係があるのか。
アルザルはイエス・キリストの統治下にあり、アルザル人(イスラエル10支族)はキリスト軍である。
「8頭」のトナカイで思い当たるのは、漢字破字法によるノアの箱船で、大洪水を生き延びたノア家族8人を表した漢字が「船(舟+八+口)」だが、要は8頭のトナカイは終末に選ばれし者を救出(空中携挙)するUFOを暗示しているようだ。
また、八頭といえば「ヤマタノオロチ」であり、スサノオの象徴でもある。
それを象徴する数字は「8」。スサノオは鬼でもあり、象徴色は赤。
ヤマタノオロチは、「ヨハネの黙示録の赤い龍(ルシファー)」である。
「ヤマタノオロチ=スサノオ=イエス・キリスト=ルシファー」
トナカイの角と龍の角が似ているのは偶然としても、鬼(スサノオ)と龍(国常立尊)の象徴色である赤が、サンタクロースの服の色であることは意図的だろうか。
「鬼=サンタクロース」「北から『来』る赤い鬼」
これこそがノストラダムスが予言する「マルス」であり、サンタクロースの正体なのだろうか。
「鬼=スサノオ=国常立尊=ヤマタノオロチ=赤い龍=ルシファー=イエス・キリスト=サンタクロース」
(※裏表の意味がある)
『来』という漢字も見逃せない。
漢字の成立には秦氏の関与もあり、聖書に基づくカッバーラで構成されている。
そして、一文字に様々な意味が込められているが、一例を挙げると次のように解釈できる。
「来=『八』+『木』=八(スサノオ)が未来に来る=鬼の復活=イエス・キリスト再臨」
「未=『一』+『木』=スメラミコト+イエス・キリスト」
(一はスメラミコトの象徴数で、木は十字架に架けられたイエスの象形文字)
「来=『一』+『八』+『木』=スメラミコト+スサノオ+イエス・キリスト」
「一八木=岩木=岩戸の前で磔にされたイエス・キリスト」
「岩木=フリーメーソン(大工)のイエス・キリストが未来を建設する」
「来=『十』+『八』+『木』」
「一八木」も「十八木」も「18木」で、「18=6+6+6=弥勒の木=弥勒菩薩(未来仏)のイエス・キリスト」
「『一』+『八』+『木』=九木=ニギハヤヒの木」
そして、九木は出雲族の「九鬼」に通じ、エジプト神話の「九柱」の神にも通じる。
「十八=トワ=永遠=イエス・キリスト」
更に、「永遠」はイエス・キリストを意味する「アルファとオメガ」を繋ぐメビウスの輪「∞」となり、縦にすると「8」になる。
また、十八は「十八番」にも通じ「オハコ=御箱=聖櫃アーク」、又は「ノアの箱船=UFO」となる。
キリがないので程々にしておくが、「イエス・キリストの再臨+イスラエル10支族の帰還」を暗示しているという解釈が出来る。
イエスは「求めよ、さらば与えられん」「与えよ、さらば与えられん」と説いた。
これは、潜在意識の法則と因果律を説いたものである。
特に後者が重要な意味を持ち、一般的な解釈では「与える側が神」であり、「受け取る側が人間」だが、本質的に人間は神の子であり、神の子は「神」なのだ。
従って、人間も神や他人に与えて循環することが自然の法則であり、それによってまた与えられることになる。
神とは大自然のことで、例えば林檎の木に水を与えれば林檎が与えられる。
また、人間も大自然の一部であり、神である。
他人に愛を与えれば愛が返ってくるということをイエスは言っているのだ。
そして、人間が神(サンタクロース)であることを体現したのがイエスなのだ。
人間は、神から空気や水や日光を与えられなければ生きていけない。
「与えることが神」だとすると、いかに与えて神になるかが人間の課題であり、無条件に与えることが、与えられる法則ということになる。
神になるということは、純心になることでもある。
純心でなければ与えられない。
クリスマスプレゼントも子供にしか与えられない。
成長して心が曇ってくると、サンタクロースは来なくなる。
子供のような純心で、明るく希望に満ちた心(イエス・キリスト=天照大神)でないと、クリスマスプレゼントは貰えない。
それが「鬼心」である。鬼は神であり、鬼心は神心。
『日月神示』にも「身魂の曇った人には何とも読めんから、早く神こころに帰りて居りて呉れ」と示されている通りだ。
サンタクロースの服の色は鬼の赤であり、スサノオ(イエス・キリスト)である。
赤は陽性で太陽の象徴でもあり、天照大神(イエス・キリスト)を表す。
「アマテラス=スサノオ」
昭和天皇の「天皇晴れ」は天照大神の奇跡であり、また、自分の命と引き換えに国民を守ろうとした昭和天皇のスサノオの贖罪心に、マッカーサーは大和魂を見た。
つまり、昭和天皇も大いなるキリストであり、サンタクロースだったのだ。
釈迦とキリストも本質的に同一である。
人間としては別人だったが、2人はソウルメイトだったが故に共通点が多い。
釈迦は「慈悲」を説き、イエスは「愛」と説いた。
『日月神示』には「鬼の目にも涙ぞ、ましてや神の目にはどんな涙もあるのざぞ」とある。
普通、血も涙もないような冷酷な人のことを「鬼」と表現するが、鬼はスサノオでありイエス・キリストである。
イエスが鬼なら、母マリアも鬼である。
今、世界中で血の涙を流しているマリア像は、何を物語っているのだろうか。
「神心=鬼心=キリスト精神=サンタクロース精神=大和魂」
何も難しいことはない。
曇りなく、無条件に光を与える太陽が天照大神の心であり、キリスト精神であり、サンタクロースなのだ。
エネルギー反射の法則により、人に喜びを与えることが自分の喜びとして、至福感(生命エネルギー)が返ってくる。
「言葉(光透波)=生命」
言葉で人に希望の光を与えて生かすこともできる。
『日月神示』には次のように示されている。
「人ほめるものと思え、言霊幸はふぞ。
それが人の言葉ぞ、悪き言葉は言ってはならんぞ、言葉はよき事のために神が与えているのざから忘れん様にな」
「言葉は神ぞ、吐くことは神の現われ、言葉たがえると神恥ずかしめること。
言葉たがえると病になり、仕事も行き詰まり、家庭も崩壊、友も去る、死を招くぞ。
言葉ほど恐ろしきモノなきぞ、言葉で人殺すこと出来るぞ、言葉で人助けること出来るぞ」
「人ほめよ、人ほめることは己ほめることぞ」
「神は言波ぞ、言波とはマコトぞ、息吹ぞ、道ぞ」
「言葉で天地にごるぞ、言波で天地澄むぞ、戦なくなるぞ、神の国になるぞ、言波ほど結構な恐いものはないぞ」
「ささげるもの、与えるものは、いくらでも無限にあるではないか、ささげよささげよ、与えよ与えよ、言こそは誰もがもてるその捧げ物であるぞ、与えても与えても無くならんマコトの宝であるぞ」
つまり、サンタクロースは万物に生命を与えているのだ。
もっといえば、「言葉=光=生命=イエス・キリスト=サンタクロース」である以上、「生命エネルギー=サンタクロース」といえるだろう。
『日月神示』によると「神は歓喜」だという。
「神=イエス・キリスト=サンタクロース=歓喜=言葉」
人が人に歓喜を与えるのは言葉である。
言葉の波動はタテ波とヨコ波のクロス「十」であり、十は日本の数霊学で「神」を意味し、キリスト教では「イエス・キリスト」のシンボルである。
ルシファーはイエス・キリスト(光を運ぶ者)である。
これは、イエス・キリスト=サンタクロースは「言葉を与えるもの」と換言することもできる。
ルシファーはイブに言葉を与え、アダムもそれを食べた。
言葉故に人は「人」となったのであり、狼に育てられた人間は「人」にはなれない。
言葉を与えられたということは「人=言葉」でもある。
「言葉は神であるが人間でもあるぞ」
(日月神示)
「神=光=言葉=人」
つまり、人間が神(サンタクロース)故に、人に言葉で歓喜を与えることが自分の歓喜にもなる。
「人ほめることは己ほめることぞ」
(日月神示)
言葉の波動が光透波であり、生命エネルギーであり、神そのものなのだ。
生命は魂ともいう。サンタクロースは赤鬼であり、それは大和魂である。
大和魂は神心であり、宇宙の大霊であり、それが言霊なのだ。
言葉に霊が宿っているというのが「言霊」の概念だが、まさに言葉の波動は光であり生命そのものなのだ。
イエスはそれを「愛」と表現した。
「言葉の生命は愛であり、真であるから、真愛から発しない言葉はマコトの言葉でないぞ」
(日月神示)
「類友の法則」により、サンタクロースはサンタクロースのもとにしかやって『来』ない。
我々の人生の中で最大のクリスマスプレゼントは、2012年のサンタクロース降臨時に与えられる高次元の新しい生命と永遠の至福である。
地球の自転の停止と共に、生き残った人類も仮死状態となるらしい。
そして「プラズマベルト」という名の言霊が、人類を復活させるのだ。
『先代旧事本紀』にも、言霊で死人が蘇ったことが記されている。
イエスは「神の国は汝の中にある」と説いた。
サンタクロースは人の心にも住んでいるのだ。
北極のプラズマトンネルから出て来るサンタクロースは、地球内部の神の国(アルザル=地球の魂)に住んでいる。
これを人間に置き換えると、人の心に住んでいるサンタクロースは、人体の中心の心臓辺りにある神の国(魂=プラズマ)に住み、気管(プラズマトンネル)を通って口(北極)から言霊として出てくるといえる。
ちなみに私の場合は、中学の頃からサンタが来なくなったが、その正体は父親(又は母親)だった。
2009年09月03日
歴史言語学から見た「おとぎ話」の謎解き
歴史言語学……私はそれを絶対視している訳ではないが、絶対的に視野に入れて考えなければならない貴重な学問である。
私の立場はあくまでも、あらゆる学説を多角的に検証して、総合判断によって自らの仮説を構築することにある。
私は学者ではないので、1つの分野を突き詰めて研究する事はしない。
特定の分野を追究すれば、必ず全体像が見えなくなり、独善的で偏った思想家になりかねないからである。
例えば、歴史にしても、考古学的見地からのアプローチと歴史言語学的見地からのアプローチでは、研究結果は大きく異なる。
双方とも理に適った仮説であっても、内容に天地の差が生じるのが通例である。
原則として、学問では過去を証明する事は出来ないと考えた方が良い。
今、世界は分裂から統合に向かっている。
本来、統合していたものが分裂し、再び統合しようとしている。
科学でも何でもそうだが、例えば西洋医学。
本来、1つである肉体を細分化した医療では決して全体像を把握することは出来ない。
が、そのお陰で各器官の事が詳しく解明される事が出来た。
それを再統合する時代が訪れたのである。
私は各分野の研究家の成果を総合的に判断して、その断片を繋ぎ合わせているに過ぎない。
だが、その作業にも千差万別の仮説が生まれる。
何故なら、数限りない矛盾が生じるからである。
当然ながら、私の仮説も一仮訳に過ぎないが、私のスタンスは『日月神示』の内容を裏付ける作業である。
そして、『日月神示』はルシファーの預言書である。
人間は基本的に「善」を目指して生きている。
日常生活で言動は伴っていなくても、善人になって幸福な人生を歩み、もし死後の世界があれば天国に行きたい。
本質的にそう思っているのが人間である。
だから、特に宗教家はそうだが、善的なことを追究し、自分が「悪」と思う事を排除する傾向にある。
だが、本当にそれで良いのだろうか。
これは学問と同じである。
自分が「善」と思う事や、一般道徳で「善」だと言われていることを盲信して、それを判断基準にする。
これを偏った考えだと気付かないのは、既に悪魔的思考である。
善悪を検証する事で善悪が逆転する事も有り得るし、またそれを統合する事にこそ意義がある。
そういう考え方もある事を考慮して、神仙組を読んで頂きたい。
前置きが長くなったが、私が参考にしている歴史言語者の加治木義博氏による「浦島太郎」「桃太郎」「かぐや姫」に関する仮説を、『日本国誕生の秘密はすべて「おとぎ話」にあった』(徳間書店)から紹介しよう。
――「浦島太郎」の原話は位宮が高句麗から琉球(龍宮)へ渡った話でした。
その途中、種子島で婿になり結婚したが悲劇に終わったのが「竜宮」での浦島であり「海幸・山幸」の前半で、その中部が壹與=「かぐや姫」を「天」に連れ帰って女王に戴いた話でした。
すると後半の「山幸・海幸の戦い=位宮の隼人攻め」が「桃太郎」の鬼退治に見えます。
桃太郎の第一の特徴は「鬼退治をした」というテーマです。
でも「鬼」という生物はいませんから、これは「オニ」と呼ばれていた人たちを攻めて勝ったお話です。
まずこの第一の手掛かり「オニ」から謎を解いていってみましょう。
3世紀の南中国語では倭という字は「ゥオ」で、人は「ニン」ですから「ゥオニン」。
南九州では短く発音し、<ン>は助詞の「……の」ですから「オニ・ン=鬼・の=鬼ガ」です。
島は「之国=シマ」ですから、鬼ガ島とは「倭人之国」のことだったのです。
中国では<鬼>は「キ」ですからこれは「キ=黄=政府」への当て字で、卑弥呼の「鬼道」はこの祭政一致の「キ」と「祈祷」とを意味します。
日本語で<鬼>の字を「オニ」と発音する理由は、この「倭人=オニ=鬼道=黄=キ」以外には見当たりません。
これには傍証もあります。
宮崎県には西都原古墳群など大量の古墳がありますが、それを「鬼の岩屋」と呼びます。
これは巨大な石積みを「人間わざではないから鬼が作ったもの」と思ってつけた名だと説明していますが、それは後世の何も知らない「物知り」がコジつけた説明で、本来は「倭人=オニが作った」という伝承が残ったものだったのです。
次は壹與の名が何を教えてくれるか、これまでご説明できなかったものを、追加してみておきましょう。
『魏書倭人章』が「狗奴国男王が卑弥呼政権を攻め、卑弥呼が死んだあと大乱が起こった。
そこで13歳の女王・壹與を立てた邪馬壹国に政権が移った」と記録していることは、もうよくご存じの通りです。
13歳の女の子に難しい政治ができるわけはありませんから、その背後には実際の政権を握った男王がいたことは常識です。
『魏書倭人章』は壹與を「卑弥呼の宗女」と書いています。
卑弥呼は倭人連邦を「鬼道」で治めたのですから「祭政一致の宗教国家」の女王でした。
それなら壹與も宗派は違っても同じですから、本当の仕事は神道の斎王ということになります。
それなら彼女の「壹與」という名乗りと同じ発音になるといったことは、すでにご理解いただいていると思いますが、さらに詳しく見ていきましょう。
『記・紀』の中で一番よく壹與に一致する人物は垂仁天皇の皇女・倭姫命です。
倭姫命は音読すると「イキメ」で、この名は父・垂仁天皇の名乗り「活目(イキメ)」とも同じです。
そして彼らの故郷の沖縄語では<イキメ>は「イチマ」と発音が変わります。
これは『魏書倭人章』が記録した「伊支馬」と同じ発音です。
こうしたことは、これまでに出た答えが正しく、真実の歴史と少しも食い違っていないという証拠なのです。
また大隅語の発音では「イチメ」になりますが、
この発音に合う名詞も後世まで残っています。
それは「市女」と書きます。
平安朝から鎌倉時代へかけての風俗絵巻や映画などでよく知られている女性用の大きな笠「市女笠(いちめがさ)」は、誰でも知っていますし、斎王や巫女を<イチメ>と呼ぶ大きな神社は現代もまだ実際に残っています。
この「市女」という文字は「イチ・ジョ」とも読めます。
スウェーデンの中国学者・B・カールグレンは、漢字の発音が漢代、唐代、近世と大きく三変化したことを発見しましたが、それによると壹與の「與」の3世紀の発音は「ジョー」です。
「壹與」は「イチジョー」という発音に対する当て字だったのです。
それが後世、当て字が、<壹>と同じ発音の「市」と、<與(ジョー)>と同じ発音の「女(じょ)」に変わった後、さらに女の字を「メ」と読むように変わる一方、<與>の字の発音が8世紀以後は、唐の発音に変わって「ヨ」と読まれるようになりましたので、「壹與」と「市女」とが同じだとは、だれも気づかないことになってしまったのです。
だが種子島では現在でも、女性に対する敬称として「……さん」と呼ばずに「……ジョー」と呼びます。
壹與が種子島独特のこの名乗りで呼ばれている事実は、これまでお話ししてきました<神話>や<伝承>と島に残る多くの遺跡や出土品との照合結果とともに、『魏書倭人章』の重要な舞台が、南九州、ことに種子島だったことの動かない証拠なのです――
――さらに角度を変えて「貴」の字の発音を考えてみましょう。
これは日本語では「タカ」と読みます。
<タカ>は<タケ>で、竹・高は同じ意味をもち、それは狗奴国や高句麗や筑紫の意味をもち、壹與がその筑紫女王になったことも、それが『竹取り……』のタケにたとえられていることもよくご存じです。
するとこの「タカ・タケ」は、今も私たちが「貴族」とか「貴下」とかいっている「貴い=トオトイ・タカイ」という意味を表わす言葉で、それが<キ>と<タカ>と発音されるのは語源がここにあるからだ、ということもまたすぐ納得できます。
それは五彩圏連邦の中心の「黄」でもあり、
都を表わす「畿」でもあり、ギリシャ人を表わす「毛」でもあります。
そしてそれは「タカ族」=高族・宝島人・熊毛人・熊襲・球磨人・熊本人・日本人・狗奴国人・百済人・高麗人=高句麗人が、その「タカい・トウトい・キ」人、すなわち高度の文明で国民を支配した人々だったことも表現していたのです。
ついでにお話ししますと、「山へ柴刈りに」という言葉も、実に重要な事実を表現したものなのです。
「ヤマ神、山鉾、山笠、山車、山幸彦、ヤマト」は、すべて「祭と政治=まつりごと」に関係のある名で、すべてに「ヤマ」という言葉がついています。
「ヤマ、シバ、カリ」と並べてみますと、それは全部、いまインドと周辺諸国でシンドゥ教と呼ばれている宗教で崇拝されている「神々の名」ばかりです。
そして山鉾、山笠、山車のルーツがインドであることは、今では常識です。
位宮は『三国史記』[高句麗本紀]に「山上王」として記録されています。
彼は彦火火出見尊に当たりますから、その陵とされる姶良郡の「高屋山上陵」を見てみますと、たしかに「山上」と書いてあります。
<高>も<屋久>も位宮の領地ですから、「本当の神武天皇陵」はこれだといって絶対に間違いありません。
全然無関係な土地に正体不明の神を祭ったニセ遺跡より、真の遺跡を尊敬しなければ必ず神罰が当たると私は確信しています。
以上が、『桃太郎=垂仁天皇=神武天皇』の邪馬壹国建国の真相です。
それらは全て、その国が「神(ジォマ→ジャマ→ヤマ→八幡)を斎く」ことで政権をとり、政権を維持した宗教国家であったことを物語っています。
「邪馬壹=八幡を斎く」。
「伊支馬=斎き国」王。
「壹與=斎き嬢→女王」であり、彼女と位宮が君臨したのは五彩に彩られた「大倭人連邦」であって、その王稀の「伊支馬=イチマ」はフィン・ウゴル語の「連邦」として今も生きています。
それは決して南九州の片隅の、小さな一「邪馬台国」ではなかったのです。
『桃太郎』こと「もと山上王・位宮=伊支馬=活目入彦五十狭茅=垂仁天皇=神武天皇」の「鬼ガ島征伐」の真相は、以上のようなものでした。
おとぎ話の『桃太郎』は鬼を退治して、めでたし目出度しになりますが、真実の歴史の方は、そんなに簡単な、そして小さなものではありませんでした。
それこそ真実の『日本国誕生』の瞬間だったのです。
詩は便利なもの、短いことばで多くのことを語ります。
だから記憶メモとして活用するには最善のものです。
その意味で叙事詩の形にして、史実の要約をつけておきます。
詩型は七言絶句の形を採りましたが、それは感懐をこめるため。
一つ一つの詩がみな独立しているのだと思ってください――
2009年09月01日
かぐや姫に封印された鬼と「カゴメの唄」
「三千世界一度に開く梅の花、艮の金神の世になりたぞよ。
梅で開いて松で治める、神国の世になりたぞよ」
私の見解では、竹の封印を梅で開いて、松で治めるという意味である。
まず、松は「木」「八」「ム」に分解でき、「ム」は古字で「白」と書き「松=八白の木」という意味になる。
洛書の魔法陣の東北は「八」で、その色には「白」が当てられている。
つまり、「松=八白の木=艮の木=鬼の木」という事らしい。
また、「白」は「光」を意味し、イエス・キリスト(ルシファー=スサノオ)の象徴である。
「天皇」は「工+人+白+王」=「工人(大工)の白い王」=「イエス・キリスト」を意味する。
聖書で蛇はイエス・キリスト(ルシファー)の象徴だが、日本では白蛇は神の遣いとされ、アステカ神話では白い蛇に乗った神「ケツァルコアトル」と呼ばれ、チベット密教の『カーラ・チャクラ・タントラ』では、「シャンバラ王カルキ」は白馬の騎士として描かれている。
つまり、「松=鬼=スサノオ=ルシファー=イエス・キリスト」となり、それは籠神社の主祭神「豊受大神」であり、「龍=松=国常立尊」であることが分かる。
『日月神示』には「松心になれ」と示され、アリオンは震災後に鬼が封印から醒めたことを示すメッセージとして、こう述べている。
「邂逅。近き時を松の枝に輝きを待つ」
では、「龍=松」を封印していた「竹」、そして封印を解く「梅」はどういう意味だろう。
松が艮の金神(鬼/龍)の象徴樹であれば、「竹」は日向族を暗に示している。
昭和13年、大本信者の辻天水と三雲竜三が真名井神社に参拝した際、竜三が神懸かり状態となり、天水が審神したところ、真名井龍神であることが判明した。
それ以後、昭和18年まで神示が降り続け、『龍宮神示』と呼ばれている。
この真名井龍神は「豊受大神(松)」に他ならないが、『龍宮神示』にはこうに示されている。
「竹に生まれる香具屋姫、乙姫殿が改心すれば、それが最後の神業となり、宇津女神が登場して地上のありとあらゆる汚れを払う」
「かぐや姫の改心」とは難解な比喩だが、地上の汚れを一掃する宇津女神は「カルキ王」「イエス・キリスト」に比定できる。
それは、地震・雷・火の雨を降らせて大いなる破壊をもたらす鬼(スサノオ)=龍(国常立尊)の姿とオーバーラップし、それを封印していた「竹」を人間界に当てはめれば、日向族ということになる。
日向族は日本列島のエネルギーラインに、山や神社などを利用して「出雲族封印」の呪術を施したらしい。
現代風に言えば、「風水の悪用」と言えるだろう。
例えば、青函トンネルが通ってから、北海道に地震が多くなったと言われており、明石海峡大橋と阪神大震災も無関係ではない。
山下医院の山下弘道院長によると、地底湖と地震には関係があり、空海は裏の風水によって阪神大震災を予言していたという。
空海が持っていた関西の地下水脈の地図では、関西の地下の大部分が地底湖となっている。
地球は生命体であり、地底湖の底の口が開いたり閉じたりして呼吸をしているが、その口がいつ開くかは、カッバーラによって特定することも可能だという。
また、その地名には「戸」がついている。
山下氏によると、比叡山延暦寺、清水寺から東大寺、三輪山の大神神社、金峰神社、弥山神社、徐福が上陸してきた新宮の神倉神社までが南北一直線のライン上にあり、伊勢の神島、伊勢の斎宮跡、龍穴神社、室生寺、長谷寺、三輪山、大鳥神社、淡路の伊勢の森は東西一直線のライン上にあり、そして神戸の摩耶山と淡路島にあるもう1つの摩耶山の中点が、阪神大震災の震源地だったという。
更に、その中点から垂線を引くと、南東に伸びるライン上に高野山金剛峰寺があり、北西に伸びるライン上には高御位山、北山鹿島神社があり、その北山鹿島神社は震災の約半年前に、何者かに放火されて全焼している。
改めて述べるが、これはアリオンのいう「345の封印」と関係しているようだ。
そして、その反対側は関西空港が道を塞ぎ、更に2つの摩耶山を結ぶ線の中点に、岡山県の美和神社と奈良の三輪神社を結ぶ線が通り、その線を東に辿ると伊勢の内宮に当たる。
詳細は山下氏の著書『大地からの最終警告』(たま出版)に詳しいが、淡路島から神戸、西宮、室塚、箕面まで続く活断層の北西側を削って西神ニュータウンが造られ、その5億トンの土砂で活断層の東南にポートアイランド、六甲アイランドが造られ、活断層の両側の計10億トンのバランスを崩し、活断層に蓄えられたエネルギーが爆発したという。
これが意図的に計画されたものだとしたら……。
また、明石海峡大橋の橋渡しによって、2つの摩耶山に封印されているエネルギーが交流してスパークしたのだとか。
その結界を結ぶ役割を果たしていたのが、放火で消失した北山鹿島神社だったらしい。
関東においても同様の動きがあり、東京湾で川崎と房総半島にアクアラインが繋がり、その最高のエネルギーの放出は九十九里から茨城県の鹿島神社にかけてで、この鹿島神社には地震を起こす大ナマズの頭を押さえているという要石がある。
東関東の地震で鹿島神社が破壊された時にその結界が破れ、大震災が起こる可能性が指摘されている。
また、鹿島神社のすぐ南東で大規模な砂浜を削った港が造られ、一方、多摩ニュータウン付近に大規模な埋め立て地があり、更に立川断層の南北にある玄武山普済寺と諏訪神社が放火されて焼失しているという。
犯人は恐らく、シルクロードで栄華を誇ったユダヤの機織り商人の子孫である。
彼らは神社神道と陰陽道を成立した種族にして、日本国を裏から支配している連中である。
「犯人」という言葉は訂正しよう。
彼らは、封印を解く為に動き始めているのだ。
アリオンは、このように言っている。
「日向の封印は、それぞれ封印された地域に住む人が、自分で気づき、解きに行くだろう。
三四五の封印は日向の手によってかけられたのだから、日向の手によってしか解くことができない。
日向の血を受け継いだ者がこの本を読み三四五の封印の知恵を得たら、
四の辺上にあるたった一つのポイントに直観で気づき、自らそこへ行くだろう」
『日月神示』には、このように示されている。
「ひむかとは神を迎えることぞ、ひむかはその使ひぞ。
ひむかは神の使ざから、九の道を早う開ひて呉れよ、早う伝へて呉れよ。
ひむかのお役は人の病をなほして神の方へ向けさすお役ぞ。
この理をよく心得て間違ひないやうに伝へて呉れよ」
「ひむか」とは日向、つまり日向族のことだ。
アリオンによると「九」はニギハヤヒの数字で、ニギハヤヒを封印した日向族の象徴数は「三」であり、秦氏と同族の三輪氏である。
厳密に言えば、日向族と合流したのが秦氏である。
『日月神示』には次のように警告されている。
「江戸と申すのは東京ばかりでないぞ、今の様な都会はみな穢土であるぞ。
穢土はどうしても火の海ぞ。
それより外やり方ないと神々様申しておられるぞよ」
アリオンは、「都市は土死」だという。
「カゴメの唄」は、イスラエル10支族のエフライム族の歌だと言われているが、夢蛇鬼の第一仮訳を紹介しよう。
「カゴメ、カゴメ」
ダビデ王の紋章である籠目は、龍が竹で封じられている状態を表す。
「籠」が封印を意味する事は、「籠もる」と読むことからも分かるが、「こもる」は「隠る」とも書く。
つまり、龍神「国常立尊」が封印されているということだ。
「カゴの中の鳥は」
国常立尊は「豊受大神」として祀られ、伊勢外宮で祀られているが、元々は元伊勢「籠神社」が本拠地である。
「籠の中」は籠神社を指し、飛翔する龍を「鳥」に喩えたのだろうか。
『日月神示』には「この神に鳥居と注連縄は要らんぞ」と示されており、鳥居(竹)が封印の役目を果たしていると考えられる。
注意すべきは「鳥居」の文字で、「鳥が居る」、即ち「鳥=神」を意味する。
かつて大本では、「梅の神業」「松の神業」が行われ、前者は弥勒大神(日の出の神)を神島開きによって出現させる型示しで、後者は淡路島から出現した国常立尊を伊勢の錦宮に鎮める事が本分だった。
そして、丹波から大和朝廷への神権譲渡の型を示し、弥勒大神の神権を天皇家に一旦移す型を行なって世を治めることだったと言われている。
それによって、昭和天皇は戦犯として処罰を免れたが、弥勒大神の出現によって、人間宣言をさせられたのだという。
その予型は、既に初代天皇が示していた。
「神武天皇の岩戸閉めは、御自ら人皇を名乗り給うより他に道は無きまでの御働きをなされたのであるぞ。
神の世から人の世への移り変わりの事柄を一応、岩戸に隠して神倭盤彦命として、人皇として立たれたのであるから 大きな岩戸閉めの一つであるぞ」
大本裏神業を継続している一派が1994年10月17日に、イザナギとイザナミの国生みによって出来た淡路島の自凝島(おのころじま)神社で、弥勒大神の出現の神業を行い、翌年に阪神大震災が起きた。
10はゲマトリアで1+0=1で、神業が行われた10月17日と震災が起きた1月17日は同日を意味する。
弥勒大神(日の出大神)は太陽神ミトラ(イエス・キリスト)であり、それは「スサノオ=国常立尊」と同一神である。
この裏神業の一派には、「三六九(みろく)神示」が降りている。
震災前に降ろされたその神示の一節を紹介しよう。
「さあドンドン、オノコロ、オノコロ、おのころ嶋が動き始めたぞ。
さあ団子をこねるぞ、吉備団子じゃな。
キビダンゴを、オノコロオノコロ、丸めて串を刺すと言う」
「時と共に四九三(しくみ)現して変わりゆく世じゃ。
酉の年(平成5年)は雨多く水と四九三、戌の年(平成6年)は日照り続き、水不足、火と四九三。
亥の年は、さあ土と言うな。水火土の神。神世の導きの指図いたすぞよ。
さてさて亥の年は、古い殻の割れる年、土より芽ぶきのある年じゃ。
大地震い、型に見せて通るぞよ」
『龍宮神示』には次のように示されている。
「竹から生まれた松と梅。
竹に戻りて……竹は腐れて土となり、明るく丸き地上界が誕生する」
王仁三郎は、「竹は内部分裂の仕組み」だという。
「龍宮神示」研究家の月海氏によると、分裂している大本の各派が「和合の型」を示すことで、日本、ひいては世界の「和合の型」となり、竹が象徴する「力の衝突」の世が腐って土となり、新世界が到来するとしている。
松竹梅は親子関係で、「土」は国常立尊の象徴であり、「龍=松=土=国常立尊」となる。
つまり「竹が腐って土となる」とは、龍が竹の封印から解かれることなのだ。
ちなみに、親子の関係は神と人の関係に繋がるが、竹の神業は阿吽=AUM(オウム)に移写され、引き裂かれた親子が互いに愛を取り戻す型が要求されたと考えられている。
では、カゴメの唄の続きを見てみよう。
「いついつ出やる」
封印されていた龍が、いつ封印から解かれて出てくるのかという意味で、阪神大震災の直前、巨大な龍のようなものが地上から飛翔したという目撃談がある。
「夜明けの晩に」
阪神大震災は、まさに夜明けの晩。
「ツルとカメが滑った」
これは敦賀と丸亀、または籠神社のある丹波地方の舞鶴と亀岡の活断層が滑ったということ。
アリオンは震災直前に、「三筋の亀裂は一筋から分かれた二つの筋に重なる所で軋轢を生む」と予言していた。
そして震災の1週間後に、震源地の海底に3筋の亀裂が発見された。
当局は、海底の断層は陸地の断層に続いている可能性が高いと発表し、アリオンのいう一筋の亀裂は、丹後半島から発進した可能性は十分ある。
「後ろの正面、誰?」
後ろの正面には、四国は徳島県の「剣山」がある。
剣は「鶴亀」に通じ、実際に剣山には「鶴岩」と「亀岩」が存在する。
また、籠神社の御神体はイスラエルの三種の神器の1つ「マナの壺」だったという伝承があることは述べたが、剣山には、ソロモンの神殿に祀られていた契約の聖櫃「アーク」が隠されているという伝説がある。
だが、アークは恐らく別の場所にあり、剣山には文字通り「剣」が隠されていると思われる。
八岐大蛇が神戸で八ツ斬りにされた時に出てきた「草薙剣(アロンの杖)」である。
阪神大震災の10日前、「水戸」で震度4を記録し、前年12月28日には東北の「スサノオの戸」である「八戸」で震度6の地震が起きている。
もちろん神話だが、神戸で八つ斬りにされた八岐大蛇の首は、一宮から八宮に封じられた。
これは、酒鬼薔薇事件にも通じる。
そういえば、松本サリン事件も「松」が付き、麻原の本名も「松本」だった。
八岐大蛇は龍であり、素戔嗚尊自身でもあり、国常立尊でもある。
その本体を封印したのが先述の摩耶山で、祭神は「摩利支天」とされている。
摩利支天がこの世に姿を現す時は「九尾の狐」の姿を借りる。
九尾の狐は『霊界物語』や『日月神示』にも登場する悪霊の1つだが、それは比喩であり、狐とは要は稲荷(異也・夷也)であり、それは貶められた出雲神「豊受大神=国常立尊=スサノオ」なのだ。
空海は次の予言を残している。
「阿波の国に鉄の橋が渡り来る時
狐が渡りて逃げてくるだろう」
淡路島に鉄(スサノオの象徴)の橋が渡る時、摩耶山に封印されていた八岐大蛇(荒ぶる神=スサノオ=国常立尊)が、狐の姿を借りて神戸に戻ってくるという意味だ。
大本の流れを汲む世界救世教から派生した世界真光文明教団の岡田恵珠は、昭和47年に天啓を受けていた。
「第一段の大ゆすぶり期は、お前が立教してから三十五年目にくる」
それが、阪神大震災が起きた平成七年だった。
数霊的には、「平成七年(岩戸鳴り成る)一月十七日(ハジメにカミナル日)」となる。
そして次のように予言されていた。
「平成七年から千年に一度のことが度々起こる」
阪神大震災で神の戸が開き、飛騨高山、神戸、鳴門、剣山の一直線に並ぶ艮(東北)方向に聖なるラインが引かれたという。
淡路島の先には鳴門海峡があるが、『日月神示』同様、岡田恵珠の神示でも「不二と鳴戸の仕組み」が示されており、これは重要な事なので改めて詳述する。
アリオンによると、出雲族を封印したアマテラスの義弟(象徴数:四)たちが根付いた地が四国だという。
四国は、古来より宮廷祭祀を司ってきた忌部(いんべ)氏の拠点である。
アマテラスの義弟たちの子孫が忌部氏で、三輪氏、秦氏とも同族と考えて良い。
そして、封印を解く島が「徳島」という謎掛けになっている。
尚、竹取物語流布本によると、かぐや姫の名付け親は三室戸斎部秋田(みむろとのいんべのあきた)で、竹取の翁の名を「さぬきのみやつこ」とされており、これを忌部氏と結びつける説があるが、まさにビンゴだと言えるだろう。
蛇足ながら、かぐや姫と共に改心するべき「乙姫」は言霊学的に「音秘め」だが、「音」は「日に立つ」と書く。
「龍」の旁は龍の象形文字だとすると、偏は龍が「月に立っている」ことを表している。
そして、豊受大神は国常立尊と同一神であり、国常立尊の啓示が『日月神示』である。
一方の『龍宮神示』も豊受大神の啓示だが、実は『日月神示』と『龍宮神示』は対立関係にある。
その謎についても、順を追って解説していく予定である。
2009年08月25日
豊受大神の正体と籠神社の謎
丹波地方には、籠神社以外にも「元伊勢」の名を持つ神社が存在する。
大江山の近隣に鎮座する元伊勢外宮「豊受大神社」と、元伊勢内宮「天照大神社」である。
豊受大神(豊受姫命)の正体が「ヤハウェ」である事は既に述べたが、外宮の神職が起こした伊勢神道(度会神道)によると、豊受大神は「天御中主神」や「国常立尊」と同一の根源神だと定義している。
国常立尊は「ルシファー」で、ヤハウェは「天照大神」である。
天照大神を「イエス・キリスト」に対応させた場合は、「ヤハウェ=天照大神」となるが、神霊としての天照大神は本質的に「ヤハウェ」に対応する。
つまり、豊受大神は「ヤハウェ」と「ルシファー」の合体神という事になるのだ。
「ヤハウェ=天照大神」+「ルシファー=国常立尊」=豊受大神
これは私の勝手な解釈ではなく、王仁三郎も同じ事を説いている。
厳密に言えば、豊受大神は、ヤハウェとルシファーの表裏一体性ではなく、同一性を物語っている。
実はこの公式には深い意味があり、詳細は神仙組2で述べていくが、ここでは伊勢神道に基づいて、「豊受大神=国常立尊」だと理解して頂きたい。
つまり、元伊勢外宮の主祭神は、九鬼氏の祖神である「艮の金神」だったのである。
ところが、元伊勢外宮の神職は藤原氏の流れを汲む河田氏である。
更に、元伊勢外宮の源流である籠神社も、崇神天皇の創建だとされている。
征服者が、被征服者を主祭神として祀っているのだ。
それは、上賀茂・下鴨神社にも言えることである。
近々、私はこの事を世界で初めて暴露する予定だが、話には順序があり、事も重大な内容だけに今はまだ秘密のままにしておこう。
話を戻すが、征服者が被征服者(及び封印した神)を祀っている事について、「籠神社」という社名は非常に興味深い。
豊受大神は国常立尊、即ち龍神である。
「籠」という漢字は、竹で龍が封印されている象形文字である。
もっとも、漢字辞典では、もともと竹冠に「留」だったと説明されているが、難しい漢字に転化する事は有り得ない。
では、「籠」とは何か……。籠は籠目紋(六芒星)で編まれている。
そして、「イエス・キリストを封印した桃太郎」に記した六芒星の字義を思い出して欲しい。
http://mujaki666.seesaa.net/article/125097960.html
また、「六」は八が封印されている象形文字である。
八とは、スサノオ及び出雲族、そして八岐大蛇であるルシファー(国常立尊)である。
獣の数字「6」は、「8」が封印されている状態を表しているのだ。
聖書の観点から見れば、「8」は真の「ヤハウェ」であり、民族的には「ハッティ(ヒッタイト)」を意味する。
では、龍を封印している「竹」は何を意味するのか。
まず、私が思い付いたのは角松の3本の竹槍で、これは絶対三神を象徴すると同時に、邪気祓いの意味を持っている。
邪気とは何か……。実は、角松の竹の横に添えられている「松」である。
竹と松と来たら、連想するのは「梅」である。
『大本神諭』の冒頭には、梅が登場している。
「三千世界一度に開く梅の花、艮の金神の世になりたぞよ。
梅で開いて松で治める、神国の世になりたぞよ」
夢蛇鬼説では、竹は日向族の象徴樹である。
これを明確に証明する事は今のところ出来ないが、竹と言えば「かぐや姫」。
私の得意なロマン的解釈で、解説を試みることにしよう。
2009年08月20日
「九鬼文書」と綾部・九鬼・大隅守の因縁の謎
九鬼家と深い因縁を持つ出口直に憑かった「艮の金神」を、喜三郎は上田家の祖神「国常立尊」であると断定した。
出口家と上田家は、共に九鬼家の支族だったのだろうか。
そして、海部氏との関係は……。
直のお筆先には、次のような記述がある。
「あやべ九鬼大隅守と申すものは、これは因縁のあることざぞよ。
この因縁が判りてきたら、どえらいことになるぞよ」
大隅国(現在の鹿児島県東部と奄美諸島)の「大隅守」は、織田信広、九鬼嘉隆、島津忠恒(薩摩藩初代藩主)、小出三尹(和泉陶器藩初代藩主)、小出有棟(和泉陶器藩第2代藩主)、小出有重(和泉陶器藩第3代藩主)。
織田信広は織田信秀の子で、織田信長の庶兄であり戦国の武将であった。
九鬼嘉隆は九鬼氏第8代当主で、織田信長に仕えた九鬼水軍の武将(海賊大名)だったが、関ヶ原の合戦で西軍に与し、敗れて自害した。
寛永10年(1633年3月5日)に孫の九鬼隆季が綾部藩を立藩し、織田水軍として名を馳せた。
九鬼氏は南北朝時代から江戸末期まで活躍した氏族で、江戸時代に作成されたた家伝書では藤原北家の末裔と記されている。
また、京都で生まれた藤原隆信が伊勢国に移住し、九鬼浦に築城して九鬼隆信を名乗ったとする説もある。
九鬼氏は熊野で勢力を拡大できず、3代目の隆房の次男の隆良が波切村の川面家の養子に入って波切城城主になったが、子に恵まれず、志摩和具の青山家から養子を迎え、波切九鬼2代目の隆基となった。
この時点で九鬼氏の血統は断絶している事になるが、実は隆良は分家で、兄の隆長が本家だという説もある。
隆長の後は、光長・政長・政隆・浄隆・澄隆と続き、澄隆の異母弟の光隆が熊野に留まり、弟の嘉隆が北畠氏に仕えたという。
綾部藩・九鬼氏・大隅守の繋がりは一応分かったが、その因縁が判ればどえらいことになるとは、一体どういう事なのか……。
九鬼氏の出自は実際のところ不詳だが、藤原氏の流れではないことは明らかである。
九鬼家に伝わる古史古伝の『九鬼文書』には、神代文字の春日文字で書かれた部分があり、卑弥呼が書記したという伝説や、天児屋根命が天孫降臨の時代に記したものを藤原不比等が書き直したとも言われている。
重要な事は、『九鬼文書』に記された高御位山で、九鬼氏は宇志採羅根真大神(ウシトラコンシンオオカミ)を祀っていた事である。
そして、皇祖神をスサノオとしているが、まさに「艮の金神」と同一神格である。
または、宇志採羅根真大神(艮の金神)の現人神として、スサノオを初代天皇として定めたのであろう。
その綾部で大本が発生し、『九鬼文書』は王仁三郎にも大きな影響を与えている。
高御位山での「宇志採羅根真大神」の祭祀に関する伝承があるが、この高御位山には2つの文脈が存在する。
高御位山と言えば、兵庫県加古川市と高砂市の市境にある「播磨富士」と呼ばれる山で、その対岸には『霊界物語』で「坤の金神」が閉じ込められたという「神島」があり、王仁三郎が島開きを行なった。
もう1つは、王仁三郎が修行した亀岡の高熊山を指し、「あやべ九鬼大隅守の因縁が判るとどえらいことになる」という謎言葉との関連性が指摘されている。
これは古代の話ではなく戦国時代の話だが、九鬼家の歴史は古代に遡り、鹿児島県と奄美諸島(大隅国)にルーツを持つようだ。
その証拠に、鹿児島の霧島は歴史言語学では「ギリシア」を意味し、奄美大島の喜界島も「鬼界島=鬼ヶ島」に通じる。
「あやべ九鬼大隅守の因縁」を探る為には古代史にメスを入れる必要があり、機を改めて詳述することにしたい。
2009年08月19日
「艮の金神」の正体を明かした喜三郎の登場と大本の誕生
近所から狂人呼ばわりされた直は座敷牢に閉じ込められ、叫ぶ代わりに古釘で平仮名と数字混じりの文字を書き始めた。
これが、平仮名さえ読めない無学の直の、「お筆先」と呼ばれる『大本神諭』の始まりで、最終的に半紙20万枚、1万巻に及ぶ膨大な神典となった。
日清戦争や日露戦争などの予言を的中させ、 「このこと判けるみたまは、東から出てくるぞよ」という神示が降りた。
これは「艮の金神の正体を明かす人物が東から来る」という意味だが、聖書の「光は東方より」の日本国内版であると同時に、聖書の予言の予型でもあった。
尚、聖書で「光」は、イエス・キリストとルシファーの象徴である。
そこで直の三女・福島久が、京都府船井郡八木町に茶屋を出し、「東から来る人」を待つこと3年。
陣羽織にコウモリ傘を持ち、お歯黒を塗った奇妙な風体の若者が訪れた。
その人物こそ、後の「出口王仁三郎」、当時28歳の上田喜三郎であった。
実は喜三郎にも、「乾(北西)を指して行け。お前を待つ人がいる」という神勅が降りていた。
喜三郎が茶屋で一服していると、久が「あなたは何をなさる方ですか」と尋ね、「審神(さにわ=神を判定)をするものや」と喜三郎は答えた。
そして、直のお筆先を見た喜三郎は、何か言い知れぬ因縁を感じたという。
その年の8月23日、喜三郎は綾部で直と対面したが、両者は互いに疑いの眼で見ていた。
喜三郎は、直の狂信的な神懸りと過激な終末予言に反感を覚え、直は喜三郎のふざけた風体とあまりの若さから信用できず、稲荷講社で修行をしたという話を聞き、低俗な霊憑りと勘違いしたのだ。
直の信者の猛反対もあって、喜三郎は3日間の滞在で綾部を追放された。
喜三郎は、明治4年8月22日、京都府亀岡市穴太の農民の長男として生まれ、直の五女・澄と結婚して出口家の養子に入った。
上田家は穴太の名家で、先祖に天才画家の円山応挙(上田主水)などがいたが、代々極道者が多く、喜三郎の時代には、あばら家で農家を営むようになっていた。
が、もともと名家だった上田家は生粋の海人族で、漁業、石工、製鉄、木師などの職人集団を形成した家柄だったらしい。
喜三郎は幼少時代は病弱だったが、頭脳明晰で「神童」呼ばれ、13歳で代用教員を経て獣医を目指したりしたが、自由奔放な性分のため長くは続かなかった。
そして、牛乳生産場を開業したり、他にも様々な仕事に手を出して自由気儘に暮らしていた。
時には酒に溺れ、村の女たち全員と懇ろになってやると豪語し、ある時は侠客まがいのこともやっていた。
28歳の時、度々喧嘩していた地元の侠客に殴り込まれ、半死半生の状態となった。
翌早朝、松岡と名乗る男が忽然と現れ、気が付くと喜三郎は半里先の高熊山の岩窟に座していた。
この松岡という男は、富士浅間神社の祭神・木花咲耶姫命の眷族霊の芙蓉仙人だったという。
喜三郎はそこで一週間の修行を行い、五大神通力を会得すると共に、救世の使命をハッキリ自覚した。
その後、一週間の仮死状態を経験し、イエスのように復活。
それから不思議な力を発揮し始め、病気治しを行なって「喜楽天狗」と呼ばれたりした。
明治31年、霊学者として高名な本田親徳の弟子の長沢雄楯の稲荷講社で修行し、鎮魂帰神法を伝授される。
この時の長沢の審神によって、高熊山で喜三郎に憑かった神は、「小松林命」というスサノオの分霊である事が判明した。
直との出会いは、この修行を終えて穴太に帰った直後のことだった。
僅か3日で綾部を出た喜三郎だが、直の筆先に次のような神示が出るようになった。
「おナオのそばには正真のお方がおいであそばすから、来た人をそまつなあしらいを致すでないぞよ」
「あのおん方は、この方が引き寄したのざぞよ。神の守護のしてあること」
「神の仕組がしてあることであるから、上田と申すものが出てきたならば、そこを塩梅ようとりもちて、腹を合わして致さぬと、金光殿にもたれておりたら、ものごとが遅くなり間に合わぬぞよ」
それを無視することは出来ず、直は喜三郎を綾部に迎え入れることを決心した。
実は喜三郎も、直が語った神の経綸や、終末を予言する「艮の金神」を、自分の祖神「国常立大神」に違いないと感じていたが、審神によってそれが判明した。
かくして、大本という神業団体が幕を開けたのだが、「大本」の名称は筆先に示されたものであった。
「艮の金神が御礼申すぞよ。
永らく経綸いたした事の、初発であるぞよ。
上田喜三郎殿、大望なお世話がよう出来たぞよ。
御礼には御都合の事ぢゃぞよ。
……(中略)……
この事成就いたしたら、御礼に結構にいたすぞよ。
綾部世の本、金神の大本と致すのぢゃぞよ」
2009年08月18日
スサノオとヤマタノオロチの表裏一体の関係
鬼の鉄製品や製鉄技術を奪ったのが日向政権の大和朝廷で、昔話で言えば「桃太郎」である。
事実、クガミミノミカサを討った日子坐王の伝承は、東は甲斐(山梨)から西は吉備(岡山)までの範囲に及んでいる。
面白い事に(別に面白くはないが)、桃太郎はヤマタノオロチを退治して鉄剣を手に入れた「スサノオ」にも対応し、鬼(スサノオ)である酒呑童子が「ヤマタノオロチ」という関係にもなる。
これは、鬼(スサノオ)=龍(国常立尊)で、両者は「艮の金神」で結ばれる。
これを聖書と参照すると、高天原から追放されたスサノオは「天界から追放されたルシファー」に対応するが、 スサノオがヤマタノオロチを退治した話は、「ミカエルがルシファーを退治した」という話にも対応するのだ。
スサノオが手に入れた鉄剣「草薙剣」は、聖書には「鉄の杖」として登場する。
「また、もう一つのしるしが天に現れた。
見よ火のように赤い大きな竜である。
これには、7つの頭と10本の角があって、その頭に7つの冠をかぶっていた。
竜の尾は、天の星の1/3を掃き寄せて、地上に投げつけた。
そして、竜は子を産もうとしている女の前に立ちはだかり、産んだら、その子を食べてしまおうとしていた。
女は男の子を産んだ。この子は、鉄の杖ですべての国民を治めることになっていた。
子は神のもとへ、その王座へ引き上げられた。
女は荒れ野へ逃げ込んだ。
そこには、この女が1260日の間養われるように、神の用意された場所があった。
さて、天で戦いが起こった。
ミカエルとその使いたちが、竜に戦いを挑んだのである。
竜とその使いたちも応戦したが、勝てなかった。
そして、もはや天には彼らの居場所がなくなった。
この巨大な竜、年を経た蛇、悪魔とかサタンとか呼ばれるもの、全人類を惑わす者は、投げ落とされた。
地上に投げ落とされたのである。
その使いたちも、もろともに投げ落とされた」
(「ヨハネの黙示録」第12章3-9節)
神に反逆した天使の数「1/3」は、33.333333……。つまり33%である。
イエスは33歳で処刑され、観音菩薩の化身の数も33、そしてロズウェルにUFOが墜落した地点が緯度33度で、その緯度での地球の全周が2012マイルだという。
2012年と獣の数「6(3+3)」の関係を暗示しているようだが、スサノオと国常立尊の対決は「大本」によって神芝居が演じられていたのである。
2009年08月16日
酒呑童子の正体と「先住出雲族」の謎
大江山には、3つの鬼退治の伝説が残っている。
1つ目は前述の土蜘蛛が退治された話で、2つ目は聖徳太子の弟(麻呂子親王)が英胡・軽足・土熊などを討った話だが、土熊は明らかに「土蜘蛛」の転訛で、同族の残党であろう。
三つ目は、有名な酒呑童子の話である。
大江山麓にある「日本の鬼の交流博物館」では、次のように説明されている。
『大江山には三つの鬼伝説が伝わっているが、これら伝説の鬼には山人、製鉄民、渡来人、それに都から排除された人々など、多様なイメージが交錯している。
こうした鬼伝説の担い手として、大江山修験の影が見えかくれする。
大江山の鬼の現象をめぐって、いろいろな考えが出されているが、その中で今注目をうけているのが、「鬼」=「鉱山技術者集団」=「タタラ師」説である。
製鉄には鉱毒がつきもの、そんな汚水が流れてくる里の農民たちには、製鉄の民への恐怖や嫌悪感があったであろう。
鉄は人々に富をもたらす反面で、農民たちにとっては命の水を汚すものでもあった。
タタラ師たちの炎に焼けただれた表情は鬼と見まちがうものであったのだろう。
大江山は地下資源の豊富な山で、まさに宝の山であった。
山中深く鉱滓が散布するタタラ跡が残っているが、その名も魔谷、火の谷である。
両麓の加悦町と大江町に金屋という集落があるのもおもしろい。
この地名は古代タタラ師たちの信仰あつかった「金屋子神」に由来するものといわれる。
近代に入ってからも、ここ日本の鬼の交流博物館一帯にあった河守鉱山(黄銅鉱)のほかニッケル鉱山(加悦町)、仏性寺鉱山(水鉛)もあった。
麻呂子親王に討たれた大江山の鬼たちが「風と人と水を自在に操る」と表現されているのも興味深い。
また麻呂子親王がこちらでは金丸親王・金麿親王、金屋皇子などと呼ばれていること、酒呑童子物語の中でそのすみかが「鉄の築地(ツイジ=土台)に鉄の門」と表現されていること、それに酒呑童子の出生地とされる新潟、国上山の弥彦神社は製鉄民の崇敬をうける「目一つの神」をまつるというのも興味深い。
鬼伝説から鬼の正体を短絡的に決めつけることは戒めなければならないが、大江山の鬼の背後には鉱山がひそんでいるようにみえる』
要するに、鬼は「製鉄民」であり、都から排除された山人なのだ。
酒呑童子は平安時代から鎌倉時代にかけて都を荒らしたとされる鬼であり、クガミミノミカサの子孫だと考えられる。
鬼はスサノオ及び出雲族である。だが、まだその奥がある。
出雲族は日向族と同じ「天孫族」である。
天孫族とは、天から降臨した部族、つまり海の向こうから渡海してきた渡来人(アマ族)の事で、「天津神」とも言う。
だが、スサノオ及び出雲族は、何故か「国津神」と呼ばれている。
国津神とは、日本列島の原住民、つまり縄文人を指す言葉である。
何故、出雲族が「国津神」と呼ばれるようになったのか。
出雲族が原住民を併合し、共に迫害され、封印されてきたからである。
つまり、出雲族と原住民を総称して「国津神」と呼び、「鬼」として不当に虐げられてきたのだ。
酒呑童子が毒酒を呑まされた時、「鬼に横道なきものを」と叫んだという伝承がある。
「鬼は人を騙さない」という意味である。
酒呑童子は背丈が6メートル以上あり、顔は薄赤く、髪は短くて縮れた赤毛、角が5本で目が15個もあったと言われている。
そして、龍宮のような御殿に棲み、多くの鬼を部下に従え、人肉を喰らって生き血を飲んでいたという。
また、大酒を呑むことから「酒呑童子」という呼ばれるようになった。
身長6メートル以上で、人間を食べる怪物とは……日本にもネフィリムがいたのか。
だがこれは、酒呑童子が巨大だったことを誇張したものだろう。
5本の角と15個の目も本当にあったとは思えないが、要は「鬼」が妖怪扱いされている事を物語っている。
また、龍宮のような御殿に棲んでいたという事は、鬼は建築家である。
しかし、ただの建築家ではない。
縄文人が山岳信仰をしていて、日本各地で人工ピラミッド山が存在することは有名だが、大江山もピラミッドだと噂されており、地元の元伊勢皇太神宮の御神体にもなっている。
つまり、鬼もまた「フリーメーソン」だと言えるだろう。
大きな目で毛むくじゃらの身体は、縄文人を彷彿させる。
縄文人と言っても、もともと日本列島は朝鮮半島と陸続きで、シュメール人やバビロニア人などが移動して原住民が形成されていたようだ。
また、天孫族が渡来する以前から、日本列島には様々な民族が渡来し、福井県から京都府にかけての若狭湾にも数多くの民族が漂着していた事が分かっている。
特に丹後半島は大陸との玄関口で、ペルシアやイスラエルなどのオリエント系の海人族の国として栄えたようだ。
それは、ニギハヤヒ集団が上陸する以前から、オリエント地方から直接渡来していた人々だった。
また、九州地方にはヒッタイト人やギリシア人なども渡来し、「鬼」として差別を受けていたことが、歴史言語学の立場から加治木氏によって証明されている。
そのギリシア人やヒッタイト人が、丹後半島にも訪れていた事は想像に難しくない。
土蜘蛛というと、アイヌ人などの南方系出身の民族をイメージし、浦島太郎もミクロネシアの島に漂流した人物の記録だとされているが、土蜘蛛は「ヒッタイト・ギリシア系」だった可能性があるという事だ。
そして、クガミミノミカサは丹後の青葉山から大江山に逃げてきたと言われているが、酒呑童子と無関係とは思えない。
では、酒呑童子は西洋人だったのか……。
実は、酒呑童子の描写が西洋人的である事は昔から指摘されていた。
日本人よりも体躯が大きく、肉食をして赤ワインを飲む。
血と酒を呑む酒呑童子は、血の色をした酒「ワイン」を呑んでいたのかも知れない。
酒呑童子は、丹後に漂着したフランドルの貴公子で、「シュタイン・ドッチ」という名前だったという仮説もある程だ。
だが、クガミミノミカサや酒呑童子の話は、ヨーロッパが大航海時代を迎える15世紀よりもずっと昔の事である。
ズバリ言えば、酒呑童子はヒッタイト人である。
ヒッタイト帝国はギリシアと隣接し、ギリシア系である。
そして、ヒッタイト人は世界最古の製鉄民で、ヒッタイト帝国滅亡後、歴史上、その姿を消している。
また、スサノオの八岐大蛇退治の神話も、ヒッタイトの龍退治神話が日本に直輸入されていた事も明らかである。
更に、製鉄所や製鉄にまつわる地域には「鬼」や「八」が付く名前が多い。
八は「ハッティ(ヒッタイト)」なのだ。
つまり、酒呑童子の正体は、イスラエル10支族を本隊とする「出雲族」が、日本に渡来する以前から日本に定住していた古代ヒッタイト人なのだ。
夢蛇鬼説では、彼らを「先住出雲族」と呼んでいる。
そして、「艮の金神」はまさにトルコのエルズルム(ヒッタイト)から日本列島に移ってきた神なのだ。
富や権力を手に入れることの出来る貴重な製鉄技術は、他者に奪われない為に秘密結社的な集団として守る必要があった。
従って、人が近付かないように「鬼が棲む」という都市伝説を流布したのは、彼ら自身でもあったのかも知れない。
彼らは「石屋」としてのフリーメーソンではなく、「鍛冶屋」としてのフリーメーソンだったのだ。
ついでなので報告しておくが、私は今日、フィットネスジムで鬼の子孫を見た。
身長は175センチ位だったが筋肉痛で、日本人離れした顔で色は赤黒く、ギョロ目で髪はボサボサ……。
バーベルを持ち上げる時の表情は、まさに鬼だった。
彼は人種的に何系なのか分からないが、あの「鬼のお面」にソックリだった……。
確かに彼の職業は、雰囲気的に建築系で、もしかすると鍛冶屋なのかも知れない。
土蜘蛛の怨霊と大本発祥の因縁
丹後に降臨したニギハヤヒは、丹波・綾部に南下していったと伝えられている。
綾部のすぐ北の大江山は鬼伝説で有名で、『古事記』によれば日子坐王(崇神天皇の弟)が、陸耳御笠(クガミミノミカサ)という土蜘蛛を討ち滅ぼしたとされている。
「土蜘蛛」は丹波地方の土着民と考えられているが、要は「鬼」のことであり、先住民を含む「出雲族」を指している。
また、クガミミは九鬼(クカミ)だと言われており、元丹波国綾部藩主の九鬼家に伝わる古文書『九鬼文書』との関連性が指摘されている。
そして、『九鬼文書』の根元神を「宇志採羅根真大神(ウシトラコンシンオオカミ)」といい、出口直に憑かった「艮の金神」と同名である。
早い話が、出口直は九鬼家の血筋なのだろう。
「九」はニギハヤヒを象徴する数字であり、出口家と海部氏の血縁関係も見逃せない。
さて、金光教によって封印から解かれた「艮の金神」は、川手文治郎の他界から9年後の明治25年、次は丹波・綾部に住む出口直に神憑りを起こして、荒ぶる神の名に相応しく、更に過激さを増して「大本」を立教させた。
「三千世界一度に開く梅の花、艮の金神の世になりたぞよ。
神が表に現れて、三千世界の立替え立直しを致すぞよ……」
などと、昼夜構わず大声で叫び続け、「改心せよ」と怒鳴り散らして、近所で「気違いババァ」と呼ばれるようになった。
京都駅の八条口にも似たようなホームレスの婆さんがいて、私も怒鳴られた経験があるが、それはさて置き、『日月神示』には次のように示されている。
「目に見える所からの通信は高度のものほど肉体は感応が弱くなり、暗示的となるものであるぞ。
ドタンバタン、大声でどなり散らすのは下の下」
「高ぶったり、威張ったり、命令したり、断言したり、高度の神名を名乗ったりするものは必ず下級霊であるぞ。
インチキ霊であるぞ、インチキ霊にかかるなよ」
直に懸かった艮の金神は、下級霊だったのだ。
と言っても、それは初期段階の話であり、神示にはこう示されている。
「幽界は人間界と最も深い関係にあり、初期の霊かかりの殆んどはこの幽界からの感応によることを忘れるでないぞ」
「神もフトマニに従わねばならん。順を乱すわけには参らん。
高度の霊が直ちに肉体人に感応することはなく、それぞれの段階を経て感応するのであることを忘れてはならんぞ。
下級霊は現実界と紙一重の所に住んでいるのであるから、その感応は極めて強く、如何にもおもしろく人民の目にうつるものであるぞ」
下級霊と言っても、因縁のない無関係な浮遊霊などではなく、土蜘蛛の怨霊であろうと思われる。
つまり、この丹波・綾部こそ、因縁の地だったのだ。
『日月神示』によると、「丹波」は日本の中心であり、世界の中心だという。
その大本で行われる「雛型神劇」が日本に移写拡大し、それが世界に移写拡大して世界を改造するという、科学的に言えば「フラクタル理論」に基づく神芝居(予型)を行なう舞台だったのである。

