2010年11月15日

冥王星変換人が明かす「イザナギ・イザナミ」と2013年・太陽の葬式

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現在、太陽は11年周期の極小期で、本来は沈静化している時期だが、2006年12月12日、15度目の太陽表面爆発が観測された。
爆発といっても、太陽はアカデミズムがいうようなガス天体ではないので、火山の爆発だろう。
その約2週間後、日本列島が集中豪雨に見舞われ、台湾では地震が2度起こり、カムチャッカ半島は3つ目の火山が噴火し、世界中で異常気象が続き、各地で大嵐が続発している。
NYでは22℃の気温が記録され、多くの人がTシャツで過ごし、ワシントンでは桜が開花したと報じられた。
ところがその10日後には気温が一変し、寒波がアメリカ全土を襲って凍死者が続出し、降雪の考えられないアリゾナ州やメキシコ国境で雪が降り、北半球の大部分が大寒波に襲われるのは観測史上初めてのことだという。

2007年2月1日からの集中豪雨で、インドネシアでは街が水没する程の洪水に見舞われ、34万人が家を失った。
また、太陽フレアが地球の赤道の温度を上昇させるといわれており、太陽フレアが地磁気を攪乱させ、地震が多発する原因にもなっている。
地磁気の乱れは、人体や精神面にも大きな影響を与えることも分かっている。
2007年1月22日の日本時間23時過ぎ、太陽観測衛星が信じられない光景を観測した。
巨大な黒雲のようなものが突如現れ、それが吹き飛ばされるかように瞬時に消えたのだ。
http://solar.nro.nao.ac.jp/norh/html/10min/2007/01/22/movie.html

その他、太陽表面上に無数のUFOが無尽に飛び交い、「ソーラークルーザー」と呼ばれている。
また、太陽黒点の活動が活発な時期には、地球上でウィルスが猛威を奮ってきたことから、今後、ウィルスによる死者が激増すると思われる。
ロシアの科学者は、現在起こっている異常気象や異常災害の原因は太陽活動の異常だと指摘し、2012年から2015年にかけて地球上の気温は下がり始め、2040年頃に底のレベルに達し、2055年頃から約50年間、ミニ氷河期が続くと予測している。
地震・洪水・ウィルスによる人類滅亡は、ジュセリーノも予言している通りだが、温暖化については「2039年には気温が63℃に達する所もあり、世界中の多くの国が地球温暖化で消滅する」と予言している。
いずれにしても、時間の加速化現象と、日月神示のいう一厘の仕組み(富士と鳴門の仕組み)によって、2013年を前にして天地のビックリ箱が開き、様々な予言者の予言や科学者の予測は外れるだろう。

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半田広宣氏は、オコツトから次のようなテレパシーを受けて自動書記を始めた。

「タカヒマラをユークリッド平面に変換してビジョン転送を行います。意識を右後頭部に集中して下さい」

そして半田氏はメモ用紙に、波のような模様とψ1、ψ2……、と、意識に反して記号を記し、DNAのような二重螺旋と4本の矢印を掻き、ψ13、ψ7、ψ1の部分に、オリオン、シリウス、プレアデスと、カナ文字を自動書記した。

そしてオコツトは、タカヒマラについて次のように説明した。

「およそ存在と呼べるもの、その全てを送り出している宇宙精神のシステムのようなものとでも言っておきましょうか。
タカヒマラはオリオンとプレアデスの干渉作用により生まれている高次元の定在波のようなものです」

「素粒子から銀河に至るまで、あなたがたに観測される全ての現象世界は、このタカヒマラにおける共鳴波動として存在させられているものと考えて下さい」


この宇宙創造原理のテンプレートのような「タカヒマラ」という言葉は、高天原(タカアマハラ=タカマガハラ)に響きが似ているが、これについてオコツトはこう説明している。

「タカヒマラとタカマガハラとは少し意味が異なります。
タカマガハラとは人間に覚醒が起きた時の表性のことです」


「表性とは人間の最終構成が作り出された時に、第3番目の次元として発見される空間のようなものです。
今からあなたがたが見出す新たな空間領域とでも言っておきましょう。
表性は新しい次元構成を送り出していくための最初の位置となります」

「あなたがたが所持している神話の原型は、その全てが私たちの作業に基づいて作り出されたものだと思います」


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そして、オコツトのメッセージは次のように続く。

「先ほど送信した図をもう一度よくご覧になって下さい。
オリオンとプレアデスの間にいくつの定在波が作り出されていますか?」


半田氏が自動書記で描いた図には、2つの螺旋が作り出す間の領域の一つ一つに、ψ1〜ψ13までの記号がある。

「そこに記されているψ1〜ψ13のことを私たちは次元観察子と呼んでいます。
次元観察子とはタカヒマラを構成している次元ユニットのようなものとお考え下さい」


つまり、宇宙は13の次元で構成されているということなのだが、オコツトは次のようにいっている。

「タカヒマラには2つの力の流れが存在していますから、全部で26の次元が存在しているという言い方ができるかもしれません」

この2つの流れについて、次のように説明している。

「一つが…プレアデスからオリオン、つまり、ψ1からψ13へと向かう力の流れのことで、もう一つがその反対方向、ψ13からψ1へと向かう力の流れです。
この相対的な2つの力の流れのことを私たちはそれぞれ定質と性質と呼んでいます。
あなたがたの神話で言えば、定質とはイザナギノミコト、性質とはイザナミノミコトのことと考えて下さい」

「イザナギとはタカヒマラに生み出された13の次元を持つ定在波を相殺していく働きを持つもので、イザナミは新たな定在波を作り出していく働きを持っているということです」

「イザナギ=13凪」「イザナミ=13波」

「定質と性質はタカヒマラにおける進化の力とその反映力の関係にあります。
それが私たちがオリオンとプレアデスと呼ぶものの関係なのです」


半田氏は次のようにコメントしている。

「わたしは最初、この2つの天体の名称に星間戦争でも行っている銀河系の二大勢力のようなイメージをだぶらせていたが、それも全くお門違いのようだった。
オコツトの説明から察するに、それらは宇宙全体を脈動させている陰と陽の根本的なエネルギーの発信源のようなものらしい」

「タカヒマラにおいては、人間とは〈性質〉が生み出されている状態を意味します」


つまり、オリオンからプレアデスに向かう力によって人間が作り出されているという。

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「オリオンとプレアデスとは、いわば、神と人間の関係に相当します。
宇宙の最も根本的な二元性とは神と人間のことを言うのです」

「タカヒマラが律動していくためには、定質と性質だけでは不十分で、もう一組の二元性が必要とされます。
この二元性はタカヒマラの中に起きている反響のようなもので、それぞれ反定質と反性質と呼ばれます」

「反定質と反性質とは、人間が現在、意識と呼んでいるものに相当します。
定質と性質はタカヒマラの内面に存在しており、反定質と反性質はタカヒマラの外面側にあるものです。
これら4つの力はある一定の周期が巡ってくると飽和状態を迎え、新しい定質の力と方向性を作り出していきます」

「人間に覚醒が起こると、人間の意識は定質と性質に分化し、タカヒマラが顕在化を起こしていきます」

「反性質として働いてた意識は定質へと変えられていき、反定質の方は性質に変えられていきます。
前次元で言えば、この両者はアトランティスの次元とムーの次元の関係に相当します」

「今のあなたがたは意識進化がいかなるものなのか全く理解することができていないので、この2つの文明に関して説明しても、なかなか理解には及ばないでしょう。
それら2つの文明は位置の転換を起こすことによって反映を失ってしまったのです」

「位置の転換作用とは、新しく生み出された人間次元を交差するためのシリウスの最終調整のことを言います。
位置の転換が起こると、太陽系は再びオリオンとプレアデスによる二元化された働きを持つように活動を始めるのです。
あなたがたがムーやアトランティスと呼ぶ超古代の文明は、前次元においてシリウスの関与により生まれた変換人の文明であり、変換・転換が完全化すれば、文明は全てその反映をなくしてしまいます」


オコツトによれば、タカヒマラ自体が方向を変えることにより、その内部に構成されていた次元振動の全てが一斉に方向を反転させ、タカヒマラの内面と外面がその役割を交替し、人工的に作り出されたものは全て消滅するという。
これは陰陽道の思想と通底するが、半田氏もそのことについて述べているので、そのまま紹介する。

「古代中国のタオイストたちは、全ての生命と全宇宙は交替しながら前進すると考えた。
あらゆる進化、発展のメカニズムには、この律動的な交替、振動は欠かせない要素だったのである。
わたしにはオコツトがこの時伝えてきた内容が宇宙における最も根本となる周期的運動、つまり古代人たちが永劫回帰と呼んでいた周期的な運動のことのように思えたのだ」


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陰極まれば陽となり、陽極まれば陰となる。
これは単なる陰陽の二元性だけでは起こらず、太極図に見られるように、陰の中に陽の種、陽の中に陰の種が内在し、この4つの要素が不可欠であり、タカヒマラもオリオンとプレアデスの二元性だけではなく、双方の逆の要素が同時存在して働いているのだ。
オコツトによると、次元交替化の周期は人間の時間概念に対応させると、約2万6000年周期のプラトン年(2万5920年の惑星歳差運動周期)に対応しているという。

そしてムー人は、約1万3000年ほど前にプレアデスから「定質」としてオリオン領域に向かう意識進化の中で人間の最終構成を経験し、肉体の削除が起こって変換人に進化し、シリウス領域(ψ9〜ψ12)に入って永遠の生を手に入れたという。
その時、その反作用としてオリオン領域側(ψ13)から「性質」としてプレアデスへと下降したアトランティス人の意識は、再び人間の意識次元に転落し、想像を絶する天変地異の中でプレアデス領域での再スタートを余儀なくされ、その時生み出された新しい人間次元が現在の我々の世界だという。

だとすると、アダムとイブは1万3000年前の人間で、約6500年前にノアの大洪水が起こり、アトランティス人として人間次元で再スタートをしたのがノアとその家族だったということになる。
そして1300年間の原始的な意識状態を経験した後、急激な知性の発達が起きて世界4大文明が発祥し、現在の人間の意識がプレアデスから変換人のオリオン領域に入るのが太陽系の最終構成の意味だという。
フォトンベルトと呼ばれたプラズマベルトは、牡牛座のプレアデス星団のアルシオネを基点とする巨大な光の帯で、太陽系は26000年のサイクルの中で11000年周期で2回遭遇し、2000年かけて通過するとされているが、この奇妙な年代の一致は偶然ではないだろう。

「太陽の死」について、オコツトは次のように説明している。

「現在の太陽系の働きが終わりを告げるという意味では人間の滅亡という表現もできるかも知れませんが、それは決して物理的な滅亡を意味しているわけではありません」

「あなたがたが太陽と呼んでいるものは、第7次タカヒマラにおける人間の精神核のことです。
現在の人間の意識に進化が始まれば、第8次タカヒマラ、つまり新しい太陽系次元の方向性が顕現化を起こしてくるということですから、当然、現在の太陽は消滅せざるを得ないでしょう」

太陽の消滅とは……。

「太陽の燃焼が衰退していくということです。
定質が完全にシリウスの領域に入れば、それは起こり始めます。西暦2013年です」

「太陽が働きを終えていく原因ですか…理由は単純です。
タカヒマラの方向性が変わるからです。
あなたがたが太陽の中に観測している水素から鉄に至るまでの核融合は、タカヒマラの内面と外面の関係と同じものと考えて下さい。
人間の意識自体が進化の方向を見出すようになれば、定質の方向性が全く反対側に生み出されてくるということですから、現在の太陽が作り出している方向性は存在の必要性をなくします」
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岡田多母氏が説く「カゴメの歌」とアセンション神話

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船井幸雄氏から、「どんなことでも瞬時に正しい答えが判る人」という評価を受けている、アースエネルギー研究所の岡田多母氏は、草木や太陽、月などと対話ができ、宇宙誕生から現在までの全ての出来事を記憶しているという。
岡田氏の著書『愛しの地球(テラ)へ(風雲舎)』によると、宇宙創造以前、「アル」という存在だけがあった。
これは言わずもがな、「私はアル=真のヤハウェ=ルシファー=イエス・キリスト」であり、神道でいう「天之御中主神」のことである。
その「アル」がある時、意思をひとつに結集し、その総てを想像して創造が始まった。

アルの結集した意思「源」は、素示一光顕太祖(ソシイツコウラタイソ)、創造の担い手「元」は7次元神界と呼ばれ、創造の「根本」は6次元界、コトハの結晶は5次元界、構造系は4次元界、創造の具現化は3次元界と呼ばれるようになったという。
5次元は、この自動的に流れていく進みを法則化し、「天地自然の法則=理(コトハリ)」と呼ばれるようになった。
各次元を神界と呼び、その代表の総合体に次のような名前が与えられたという。

【7次元】
七地身一王之大御神(アメツチミヒトツオヲノオオミカミ)
母止津和太良世之大御神(モトツワタラセノオオミカミ)

【6次元】
底津岩根之大御神(ソコツイワネノオオミカミ)
根本ミロク之大御神

【5次元】
天照日之大御神(アマテラスヒノオオミカミ)
日之大御神(ヒノオオミカミ)
月之大御神(ツキノオオミカミ)

【4次元】
国常立大神(クニトコタチオオカミ):七十六神の総本

【3次元】
ヒト(人類)

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神名はともかくとして、地球創造の進みの責任は、4次元神界の七十六神と3次元神界のヒトが担っていたという。
そして、3次元を直接的に創造した4次元神界の神々は、人間の感情や行動に大きな影響力を持ち、4次元神界と3次元神界の活動で地球は調和を保ち、慈しみ合って、成長の道を歩んできた。
だが、人類は本来の任務を忘れ、サイクルを乱していった。
これに気付いた4次元の神々は、人類の進みを促す為、人間の女性の霊体に共振し、交わりを始めたという(これは霊的な意味でありネフィリムとは異なる)。

神の子として誕生した人間は、人類覚醒の為に活躍したが、神々が直接人間と交わるという自然法則の侵犯により、この世に差別や競争を生み出し、嫉妬や憎悪という感情が地上を支配するようになったという。
岡田氏によると、「嫉妬のスイッチがONになったことにより、人間にエゴが始った」という。
だが、船井幸雄氏のいう「人類の進化を早める為に、嫉妬のDNAがONにされた」というのが的確な表現だろう。

さて、人間界の乱れは4次元神界にも混乱を与え、ここに魔の手が入り、創造のプログラムに逆らう不調和や、秩序を乱す流れが始ったという。
これによって3次元神界は、自らが神である自覚を失い、本来の長寿を全うすることが出来なくなった。
5次元の存在だった地球は、これに失望して3次元へと自らを降格させた。
この時、自らの分神である七十六神が、天地を勝手に動かし始めたことに気づいた4次元神界の総合体・国常立大神は、その責任を取る為に地球の底に隠れてしまったという。
これが「岩戸隠れ」である。

そして人類は愛から離れ、霊性よりも肉体や物質を重視するようになり、地上と幽界に悪想念が渦巻くようになった。
この様子を見ていた「太祖」は、自らの意志を7次元神界に伝え、各次元界を再結合するよう命じ、国常立大神の隠退を知った7次元神界の母止津和太良世之大御神は、これを3次元神界に発信したという。

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王仁三郎は『霊界物語』として啓示を受けたが、岡田氏によると、その啓示が太古の昔に降ろされたのが「カゴメの歌」だという。
「カゴメの歌」については、以前私の解釈を述べたが、天啓というのは様々な解釈ができる。
日月神示やスウェデンボルグも語っているが、高度の天界の言葉や文字には無数の意味が込められているのだ。
岡田氏は、母止津和太良世之大御神から次のように聞いたという。

「カコメ カコメ
カコナル ナカナル トリ
イツ イツツ テル 
ヨ ワケ ユク ハン ニエ
ツル カメ ツトルム ウシ ロ
シ ヨウメン タレケン」


その意味は、次のように解説されている。

「地球よ、地球よ、
地球の内側にいる国常立大神の輪は、
5次元と5次元となった人類で現れてくる。
世分けの晩に、
千年も万年も統治する裏の正面(太祖)は垂れてくる」


これも、本質的な意味の1つなのだろう。
いずれにせよ、「カゴメの歌」はアセンションの予言なのだ。

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ちなみに、「鳥」は数霊的に「十里」で、「真理」という意味があるそうだ。
話を戻すが、「源」「太祖」の神勅を具現化する為、7次元神界の配慮で、人類の中に純粋な魂が生み出された。
この魂たちが、地球の底に隠れてしまった4次元神界の総合体・国常立大神を呼び覚まし、再び地上に引き戻したという。
それは「神座開け(かみくらあけ)」と呼ばれる天地和合の神業で、「岩戸開き」が見事に成し遂げられたとされている。

この話が事実なら、まさに王仁三郎を始めとする大本裏神業団体の功績である。
目覚めた国常立大神は、4次元神界の七十六神を統一し、創造の完全な世界を実現する為、3次元の人類と共同事業で天地の浄化を始めた。
この時から、時代は「完結の時代」に向けて進み始めたが、本来のプログラムを新生させる為には、人類の神性の蘇りが必要だという。
3次元神界は、親神界である4次元神界を調和・融合させることで5次元神界へと進化し、人類の新たな創造が始りまるとしている。

だが、今人類が目覚めなければ、陶芸家が納得のいかない作品を叩き壊すように、「源」はプログラムを停止すると岡田氏はいう。
しかし、それは喩え話に過ぎない。
この話は、岡田氏が天啓として受け取ったものだが、あくまでも神話的な物語であり、ストーリーの骨子は王仁三郎の『霊界物語』とも符合しており、改めて解説する必要はないだろう。
創造と破壊について、オコツトのメッセージを見てみよう。
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武士道のサムライ・スピリッツとエジソンの予言

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明治の国際人・新渡戸稲造は、外国人から「日本にはキリスト教がないのに、どうして公衆道徳を保っていられるのか」と、質問されることがあった。
日本には国教はなく、また宗教団体に入っている人を白い目で見る風潮がある。
日本人は昔も今も、基本的に無宗教なのだ。
だが日本は、(特に昔は)高い道徳心を持ち、勤勉で、犯罪は少なく、他の先進国から見ると特殊な国だった。
そこで新渡戸は、日本の国民性が武士道にあると考え、かの有名な『武士道』を著した。
少し口をはさめば、武士道の源泉は神道であり、神道のルーツは原始キリスト教である。
そして、神道は宗教というよりも、生活と一体化した宗教であり、日本人のDNAに刻み込まれた極自然な意識せぬ宗教であり、日蓮のいう「法華経化」した日本の文化なのだ。
ちなみに、古来より神道と稲作は一体であったが、新渡戸の名前は「稲造」である。

『武士道』は世界各国で翻訳され、高い評価を受けているが、発明王エジソンも武士道に傾倒し、新渡戸を敬愛していたという。
エジソンは『人類は「心の進化」を遂げなければ滅亡する』と予言し、晩年は心霊研究に没頭したが、日本人に特別に期待を寄せていたようだ。
余談だが、国連事務次長を退職し、帰国した新渡戸を待っていたのは、太平洋問題調査会の三代目理事長のポストだった。

『続・最後の強敵日本を撃て(ヤコブ・モルガン)』によると、太平洋問題調査会は、ロックフェラーがソ連と日本を巻き込んで、太平洋を管理しようとしたもので、新渡戸はフリーメーソンの自由主義者で、ユダヤへの偉大なる功労者として五千円札の表象にされたという。
明治維新後、「四民平等」の布告により武士は滅び、明治15年の「軍人勅諭」では、武士道ではなく「大和心」でもって天皇に仕えることとされたが、日清戦争以降『武士道』が再評価されるようになった。

井上哲次郎に代表される国家主義者たちは、武士道を日本民族の道徳と同一視した。
山折哲雄によれば、新渡戸は渡米時に人種差別に苦しみ、自分を差別しなかった一部のクリスチャンの倫理観に感銘を受け、それに相当する日本思想を『武士道』とした。
山折によれば、新渡戸の武士道の思想は、キリスト教倫理の影響を強く受けた「伝統の創造」だという。
新渡戸は著書『武士道』の中で、武士道と騎士道を比較し、武士道が日本人の倫理の核になっていると主張した。
騎士道とは、中世ヨーロッパで成立した騎士が従うべきとされた行動規範で、騎士道に従って行動することが栄誉だと賞賛された。
騎士として、武勲を立てることや、忠節を尽くすこと、弱者を保護すること、信仰を守ること、貴婦人への献身など「騎士の十戒」がある。

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新渡戸の『武士道』には、「勇」について次のように書かれている。

『勇気は、義によって発動されるものでなければ、徳行の中に数えられる価値はないとされた。
孔子は「論語」の中で、彼が常々用いているように、否定によって命題を明らかにする方法で勇気を定義づけている。
すなわち「義をみてせざるは勇なきなり」と。
この格言を肯定的に言い直すと「勇気とは正しいことをすることである」となる。
あらゆる種類の危険を冒し、生命を賭して死地に臨むこと…これはしばしば勇猛と同一視され、武器をもつことを職業とする者にあっては、そのような向こう見ずの行為が不当に賞賛されている。
シェイクスピアはそれを「勇猛の私生児」と名付けた。
しかし、武士道の教えるところはこれと異なる。
死に値しないことのために死ぬことは「犬死」とされた。
水戸義公は述べている。
「一命を軽んずるは士の職分なれば、さして珍しからざる事にて候、血気の勇は盗賊も之を致すものなり。
侍の侍たる所以は其場所を引退いて忠節に成る事もあり。
其場所にて討死して忠節に成る事もあり。
之を死すべき時に死し、生くべき時に生くといふなり」と。
しかし彼は「人が恐れるべきことと、恐れるべきでないことの区別」こそ勇気である、と定義したプラトンの名を聞いたはずはなかった。
西洋で説かれていた道徳的勇気と肉体的勇気の区別は、私たち日本人にあっても昔から広く認められていたのである。
サムライの若者で「大義の勇」と「匹夫の勇」の区別を教わらなかった者があろうか。
勇猛、忍耐、勇敢、豪胆、勇気…これらはもっと用意に少年の魂に訴え、その実践と手本を示すことによって彼らを訓練できる資質である。
それらは少年たちの間で幼いときから競われている、最も人気のある徳であった。
軍物語は少年たちが母親の乳房を離れる前から幾度となく聞かされた。
幼な子が痛さに耐えかねて泣くと、その母は「これくらいの痛さで泣くとは何という臆病者ですか。いくさで腕を切り落とされたらどうするのです。切腹を命じられたらどうするのです」と子を叱る』


また、次のようにも説明されている。

『勇気の精神的側面は落ち着きである。
つまり、勇気は心のおだやかな平静さによって表される。
平静さとは、静止の状態における勇気である。
果敢な行為が勇気の動的表現であることに対して、これはその静的表現である。
まことに勇気ある人は、常に落ち着いていて、決して驚かれたりせず、何事によっても心の平静さをかき乱されることはない。
彼らは戦場の昂揚の中でも冷静である。
破滅的な事態の最中でも心の平静さを保っている。
地震にあわてることなく、嵐に立ち向かって笑う。
私たちは危険や死を眼前にするとき、なお平静さを保つ人、たとえば迫り来る危難を前にして詩歌を作ったり、死に直面して詩を吟ずる人こそ立派な人として尊敬する。
文づかいや音声に何の乱れもみせないこのような心の広さ(私たちはそれを「余裕」とよんでいる)は、その人の大きさの何よりの証拠である。
それは圧し潰されず、混乱せず、いつもより多くのものを受け入れる余地を保っている』


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そして武士道では、「義」によって「勇気」が発動し、勇気が極みに達すると「仁」に近づくとされる。

『さまざまな局面で武士道は、その生みの親であった社会的身分からさまざまな道筋を経て流れ出し、大衆の間で酵母として働き、日本人全体に対する道徳の基準を供給した。
武士道は当初、エリートの栄光として登場した。
だがやがて国民全体の憧れとなり、その精神となった。
庶民は武士の道徳的高みにまで達することはできなかったが、「大和魂」すなわち日本人の魂は、究めるところの島国の民族精神を表すに至った』


「刀は武士の魂」という言葉もある通り、武士道は刀を武勇の象徴とした。
刀は本来、人を斬る凶器ではない。
日本の刀の起源は、皇室の三種の神器の1つである「草薙剣」である。
そのルーツは、古代ヒッタイト、イスラエル民族及びスキタイにある。
即ち、刀は「大和民族」の象徴であり、大和魂そのものだと言って良いだろう。
また、刀は製鉄技術によって作られる。
即ち、「鬼=素戔嗚尊」の象徴であり、ヤマトゥ(イスラエル10支族=騎馬系弥生人)が、日本に渡来する以前から日本に存在した縄文人(出雲族)の象徴でもあるのだ。
刀は、なぜ武士の魂なのか。

引き続き『武士道』から抜粋しよう。

『刀はその持ち主の良き友として愛用され、その親愛ぶりを表すにふさわしい愛称がつけられた。
そして敬愛の念が高まると、ほとんど崇拝といってよい感情の移入が行われる。
歴史学の祖ヘロドトスは奇異な見聞のひとつに、スキタイ人が製鉄の三日月型の刀剣に生け贄を捧げたと記録している。
日本の社寺や名家では、刀を尊崇の対象として収蔵している。
ごくありふれた短刀に対してさえ、それに応じた敬意が払われた。
すなわち刀に対するいかなる無礼もその持ち主に対する侮辱とみなされた。
床に置かれた刀を不注意にまたぐ者に禍いあれ!』

『刀匠は単なる鍛冶屋ではなく、神の思し召しを受ける工芸家であった。
その仕事場は聖なる場所ですらあった。
彼は毎日、神仏に祈りを捧げ、禊ぎをしてから仕事を始める。
あるいは、いわゆる「彼はその心魂気迫を打って練鉄鍛冶した」のである。
大槌を振り、水につけ、砥石で研ぐ、これらすべてが大変重要な宗教的行為であった。
日本の刀剣が人を畏怖させるほどの魔力をもつのは、この刀鍛冶たちの気迫によるのだろうか。
あるいは彼が加護を祈った神仏の霊気によるものだろうか』

『武士道は適切な刀の使用を強調し、不当不正な使用に対しては厳しく非難し、かつそれを忌み嫌った。
やたらと刀を振り回す者は、むしろ卑怯者か、虚勢をはる者とされた。
沈着冷静な人物は、刀を用いるべきときはどのような場合であるかを知っている。
そしてそのような機会は実のところ、ごく稀にしかやってこないのである。
暗殺、自殺、あるいはその他の血なまぐさい出来事がごく普通であった、私たちの歴史上の極めて不穏な時代を乗り越えてきた勝海舟の言葉に耳を傾けてみよう。
彼は旧幕末時代のある時期、ほとんどのことを彼一人で決定しうる権限を委ねられていた。
そのために再三、暗殺の対象に選ばれていた。
しかし彼は決して自分の剣を血塗らせることはなかった。
海舟はのちに独自の江戸庶民的語り口で懐旧談を語ったが、その中で次のように語っている。
「私は人を殺すのが大嫌いで、一人でも殺したものはないよ。
みんな逃がして、殺すべきものでも、マアマアと言って放って置いた。
それは河上彦斎が教えてくれた。
「あなたは、そう人を殺しなさらぬが、それはいけません。
南瓜でも茄子でも、あなたは取ってお上んなさるだらう。
あいつらはそんなものです」と言った。
それはヒドイ奴だったよ。しかし河上は殺されたよ。
私が殺されなかったのは、むこを(海舟座談)
これが、艱難と誇りの燃え盛る炉の中で武士道の教育を受けた人の言葉であった。
よく知られている格言に「負けるが勝ち」というものがある。
この格言は、真の勝利は暴徒にむやみに抵抗することではないことを意味している。
また「血をみない勝利こそ最善の勝利」とか、これに類する格言がある。
これらの格言は、武人の究極の理想は平和であることを示している。
この崇高な理想が僧侶や道徳家の説教だけに任され、他方、サムライは武芸や稽古や、武芸の賞揚に明け暮れたのは誠に残念極まりない』


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「武」とは「戈(ほこ)を止める」と書く。
本当の武力は戈を止める力であり、武士道の究極は「平和」なのだ。
ヤマト(神の民)に「大和」という漢字が当てられている通り、大きな和(輪)であり、「大調和」「大平和」を意味している。
武士道精神である大和魂とは、平和を理想とする「神の民の魂」なのだ。

アリオンの啓示を思い出して頂きたい。

「アジアは龍であり、西欧は不死鳥である。
この両名は、死を賭して戦わねばならぬだろう。
死を賭したところで、初めて解かれた封印の力が及ぶのだから。
この力が及んだならば、この両名は初めて合体することになろう」

「武力に対して武力で戦うのは愚か者のやることだ。
しかし、武力に対して花で戦うのは、もっと愚かなことだ。
武力に対して効果のあるものは、力だ。
本当の力とは、花や微笑みといった、あなた方の偽善的なフレーズに飾られた額縁の中の絵では無い。
本当の力とは、血の滲む愛情だ。自分の生命を投げ出せることだ」
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半霊半物質の「ミロクの世」と王仁三郎の「50世紀未来透視」

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2013年以降、聖書で予言されている「至福千年王国」が本当に誕生するのだろうか。

「これらの言葉は信ずべきであり、誠である」(ヨハネの黙示録)

「人にはできないが、神にはできる。神には何でもできるからである」(マタイ伝)

では、天理・大本・日月神示などの神道系預言を見てみよう。

「実地のことは実地の誠の生神でないと出来ん。
臣民はお手伝ひぞ。雨風さへどうにもならんであろう」
(日月神示)

「これまでは何処の人でも同じ事何をいうても皆疑ふて」(天理教)

「そんな事が在るものかと申して、今に疑ふて居る人民ばかり」(大本神諭)

「この世を始めた神のいふことに千に一つも違うことなし」(天理教)

「神の申したこと、一言半句間違いないのざぞ」(日月神示)

「嘘の事なら、是れだけいつまでも執念(くど)うは申しはせんぞ」(大本神諭)

「人民は其の心通りに写るから、小さく取るから物事判らんのざぞ」(日月神示)

「1に1足すと2になるというソロバンや物差しでは見当とれんのざぞ」(日月神示)

「今までは同じ人間なるように思ているから何も分らん」(天理教)

「しかと聞け、同じ人間なる様に思ているのはこれは違うで」(天理教)

「四つん這いとなりて着るものもなく獣となりて這ひ回る人と、空飛ぶような人と、二つにはっきり分かりてくるぞ」(日月神示)

「物質偏重の世はやがて去るべき宿命にあるぞ、心得なされよ」(日月神示)

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人類がプレアデスとオリオン、即ち、パイシスとアクエリアスに二極化し、前者の時代の終焉を告げている。
そして、大峠の後に訪れる「ミロクの世」の世界観は、聖書の「千年王国」と一致する。

「出来上がるまでは誰にも分からんが、出来上がりたら、何とした結構なことかと、皆びっくりするのざぞ」(日月神示)

「何もかも一旦は天地へお引き上げぞ」(日月神示)

「大掃除激しくなると、世界の人民は皆、仮死の状態となるのじゃ。
掃除終わってから因縁のみたまのみをつまみ上げて、息吹き返してミロクの世の人民と致すのじゃ」
(日月神示)

「残る者の身も一度は死ぬことあるぞ。
死んでからまた生き返るぞ。三分の一の臣民になるぞ」
(日月神示)

「世界の人民三分になるぞよ」(大本神諭)

「何もかも三分の一じゃ。
大掃除をして残った三分の一で、新しい御世のいしずえと致す仕組みじゃ」
(日月神示)

「今の世の守護神、人民の心では、三分も助ける身魂がないぞよ」(大本神諭)

「残る臣民、三分むつかしいぞ。三分と思えど二分であるぞ」(日月神示)

全人類が仮死状態となった後、蘇るのは2〜3割だという。
だが私は以前、全ての人が救われるということを述べた。
その事は、次の神示に示されている。

「仏もキリストも何もかもスッカリ救わねばならんのざ。
殺して救うのと、生かして御用に使うのとあるぞ。
今度はハッキリ区別するのざぞ。昔からの因縁ぞ」
(日月神示)

「地上界が総て変わるのぞ。人民のみこのままというわけには参らぬ。
死んで生きてくだされよ」
(日月神示)

「人民一度死んでくだされよ。死なねば甦られん時となったぞ。
今までの衣を脱いでくだされと申してあろう」
(日月神示)

「着物脱いで裸体になること、つらいであろうなれど、脱がねば新しい着物着られんぞ」(日月神示)

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大本から枝分かれした世界救世教→世界真光文明教団→「崇教真光」では、次のように予言されている。

「真光の業で浄められた種人のみが選ばれ、霊を主体とした世界が始まる」

「その仮初めの死より覚めて生き返らん。
天の岩戸開きとは、人の世の魂開きなりと、真実告げ置くものなり」
(天祖光教)

「半霊半物質の世界に移行するのであるから、半霊半物質の肉体とならねばならん。
今のやり方ではどうにもならなくなるぞ。
今の世は灰にするより他に方法のない所がたくさんあるぞ。
灰になる肉体であってはならん。
原爆も水爆もビクともしない肉体となれるのであるぞ。
今の物質で作った何物にも影響されない新しい生命が生まれつつあるのぞ」
(日月神示)

「今までと道がころりと変わるでな皆一列は心定めよ」(天理教)

「天も地も世界が平均(なれ)るのであるから、今までの行為を致して居ると大失敗を喰らうぞよ」(大本神諭)

「世が代わるのであるから是迄に無かりた事が出来るぞよ」(大本神諭)

「ミロクの世となりたら何もかもハッキリして嬉し嬉しの世となるのぞ」(日月神示)

「世界中皆一列に澄み切りて陽気尽くめに暮らすことなら」(天理教)

「澄み切り」の霊的意味は、後に『日月神示』で明かされた。

「今までは神も仏も同じぞと申していたが、神と仏は違うのざぞ。
十(かみ)の動くのが卍(ほとけ)ぞ、卍の動くのが@←渦巻き(カミ)ぞ、@の澄み切りがΘ(おおかみ)ぞ、神と仏と臣民は違うのぢゃぞ」
(日月神示)

「今までは天地揃ふての世ではなかりたが、天と地が一つになりて統治(おさめ)るぞよ」(大本神諭) 

「人民の肉体生命はチョットの間であるから、霊魂の因縁性が判らんから、大変思いが違うのであるぞよ」(大本神諭)

「物が大変わり致す」(大本神諭)

「新(さら)つ洗い替えの世になる」(大本神諭)

「今までのこと、ちっとも交わらん新しき世となる」(日月神示)

「天地一度に変わると申してあること、近づいたぞ」(日月神示)

「今の肉体、今の想念、今の宗教、今の科学のままでは岩戸は開けんぞ。
今の肉体のままでは、人民生きては行けんぞ。
一度は仮死の状態にして魂も肉体も、半分のところは入れ替えて、ミロクの世の人民として甦らす仕組み、心得なされよ。
神様でさえ、このこと判らん御方あるぞ。大地も転位、天も転位するぞ」
(日月神示)

「八方的地上から十方的地上になるのであるから、総ての位置が転ずるのであるから、物質も念も総てが変わるのであるぞ」(日月神示)

「今の文明なくなるのでないぞ。タマ入れていよいよ光りて来るのぞ。
手握りて草木も四つ足も皆唄うこととなるのぞ。
み光りに皆集まりて来るのざぞ。てんし様の御光は神の光であるのざぞ」
(日月神示)

一度死んで復活し、十方的世界で原爆にも水爆にもビクともしない身体に変容する……。
つまり、グランドクロスに磔にされた地球と人類は、イエスの死と復活を追体験し、高次元にアセンションするのだ。

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「新しき人民の住む所、霊界と現界の両面を持つ所」(日月神示)

「世変わりたら、生命長くなるぞ」(日月神示)

「よき世となったら、身体も大きくなるぞ。命も長くなるぞ。皆の者喜ばせよ。
その喜びは、喜事となって天地のキとなって、そなたに万倍となって返ってくるのざぞ。
喜びいくらでも生まれるぞ」
(日月神示)

「人間の長寿は最初に二百歳。やがて四百歳、六百歳となる」(天理教)

「その後は病まず死なずに弱らずに、心次第で何時までも居よ」(天理教)

「物の世界から霊の世界へ、無限の世界へ入るから、無限の生命が与えられるのじゃ」(日月神示)

「今度世変わりたら、臣民この世の神となるのざぞ」(日月神示)

「新しき世とは神なき世なりけり。人・神となる世にありけり」(日月神示)

「神の国と申すものは光の国、喜びの世であるぞ」(日月神示)

「新しき臣民の体からも光が出るのざぞ。その光によって、その御位分かるのざ」(日月神示)

「草木も人民も山も海も光り輝いて、真にそこら中がキラキラ致して頼もしい穏やかな世になるぞよ」(大本神諭)

「お日様もお月様も海も山も野も光り輝くぞ、水晶の様になるのぞ」(日月神示)

「水晶のように物が透き通りて見え出すから、悪の身魂の潜れる場所が無き様になるぞよ」(日月神示)

「神となれば、食うことも着ることも住む家もなくなるぞ」(日月神示)

だが、これは喩え話のようだ。

「人力屋、酒屋、料理屋、芸姑屋、娼妓屋、無く致すぞ、世つぶすもとざぞ。
菓子、饅頭も要らんぞ。煙草もクセぞ。
善き世となったら別の酒、煙草、菓子、饅頭出来るぞ。
勝手に造ってよいのざぞ。それ商売にはさせんぞ」
(日月神示)

「何もかも人民まで変わるのが今度の大立て替え。
食物も衣類も住居も皆変わると申している時が来ているのぞ」(日月神示)

「神の世と申すのは、今の臣民の思うているような世ではないぞ。
金は要らぬのざぞ。お土からあがりたものが光りて来るのざぞ。
衣類、食べ物、家倉まで変わるのざぞ」
(日月神示)

「今までの様な大小便なくなるぞ。不潔というもの無き世となるのざぞ」(日月神示)

「岩戸開いて明らかになったら、宗教いらんぞ。政治もいらんぞ」(日月神示)

「人民の政治、神の国には用いられんのじゃ」(日月神示)

「判るように申すなら、神の御社と臣民のお役所と市場を合わせた様なものが一時は出来るのぞ」(日月神示)

「これまでの事は一切用いられん事になるのぞと申してあろが」(日月神示)

「警察いらんと申してあるぞ」(日月神示)

同感(笑)

「金いらぬ楽の世になるぞ」(日月神示)

「今まで長者というは金持ちが長者や。
長者一夜にして倒れるで。これからの長者はころりと違うで」
(天理教)

ノアの大洪水後、人間の寿命は徐々に短くなっていったが、ミロクの世になると徐々に延命していくようだ。
体が大きくなるというのは、地球収縮によって重力の影響が軽減されて、パンゲア時代の巨人のようになっていくのだろう。
そして、食事も基本的に不要となり、排泄もなくなり、宗教・政治・経済・警察も不要の世の中になるという。

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だが、政治は形が変わるだけらしい。

「草木も喜ぶ政治と申してあろうがな」(日月神示)

「三千世界、一度に開いて世界一列一平一つのてんしで治めるぞよ」(日月神示)

イエス・キリスト(天照大神)の預言者であるスメラミコト(天皇陛下)が世界を治めるのだ。
そして、テレパシーや予知などの超能力が開花するようだ。

「世界のいろは一つになるぞよ」(大本神諭)

「誰でもそれぞれに先の判るようになるのぞ」(日月神示)

「だんだんと珍しい人が見えてある。誰の目にもこれが見えんか」(天理教)

大本から枝分かれした『神道天行居』は、次のように予言している。

「マコトの岩戸開きはこれからなり。神の子に還ることが、この度の新生なり」

『霊界物語』では、次のように予言されている。

「二十四世紀の今日は、天国浄土の完成時代だ。
中空をかける飛行機、飛行船はすでに廃物となり、天の羽衣という精巧無比の機械が発明され、汽車は宙を走って、一時間に五百マイルという速力だ。
蓮華の花は所狭きまで咲き乱れ、何ともかとも知れない黄金時代が現出しているのだ」


更に、50世紀の未来が描かれているが、ここでは人体が小型化している。

『神界ばかりか、現界もこの通りですよ。
一番図抜けて大男といわれるのが、三尺(90センチ)内外、一尺八寸(54センチ)あれば、一人前の人間だ。
少しも手足を使わないものだから、身体はおいおい虚弱になってしまい、もはや五十世紀の今日では、コンナ弱々しい人間になってしまった。
それと反対に六尺(1.8メートル)以上の体を持ち、現幽神界において、神の生宮として活動しているミロク人種もありますよ』

『松彦は、「皆さま、しばらくお待ち下さいませ。空中交通機を上げませう」
と又もや指先にて空中に、何事か記す其の刹那、金色燦然たる鳥の翼の如きもの四組、何処ともなくこの場に降り来たりぬ。
「サァこれを御着けなされ」
と言ふより早く自然的に四人の肩の辺りに、金色の翼はピタリとくひつきたり、四人は一度に、
「アアこれは立派だなァ」
と羽ばたきを試むるや、身はますます高く空中に飛び揚がり、一瀉千里の勢をもって電波よりも早く、西の空を目がけて進み行く』


100世紀後の地球人は、サモンコール星人のような存在になっているかも知れない。
もしかすると、我々もその時代にまだ生きている可能性もある。
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「一霊四魂」と愛と怒りの本質と一体性

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大和魂について、白峰氏はこう語る。

『日本人の精神の奥底にある大和魂(和魂)、この恵まれた平和安定の風土から自然に生まれたもので、縄文時代から神ながらの日本人の心として、涵養されてきたものです。
この心は対立抗争を嫌う和の心であり、自国を「大和」の国と主張してきたのも、和を最も大切な国家社会形成の基本と考えたからです。
大和心は、平和的で変化を好まない、日常性でありたいと願う女性の心でもあります。
女性神である天照大御神を拝むのも、大和心の自然の発露です。
この女性的な大和の国の平和が、外力によって乱される場合には、男性は決然と立って守ろうとします。
その心を「大和魂」といいます。これを和魂に対して、荒魂ともいいます。
古代の東国の防人や、幕末の国難時の吉田松陰、坂本龍馬などの志士や、今次大戦の神風特攻隊の勇士に、大和魂は生き続けてきたのです』


蒙古来襲に敢然と立ち向かった日蓮も、大和魂を発揮させた愛国烈士なのだ。

『不合理な攻撃を受け、自らの(時には他者の)可能性を守らねばならない状況に陥ったなら、戦いなさい』
(アリオン)

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「和魂」と「荒魂」については、須藤アキオ氏の説明を借りよう。

『古神道では、霊魂は真神(創造主)から分け与えられたもの(分霊)で、「直霊(一霊)と荒魂(あらたま)・奇魂(くしたま)・和魂(にぎたま)・幸魂(さちたま)の四魂により構成されている」と考える。

これを出口王仁三郎は、
「音声は心の柄で、心の活用は、荒魂・奇魂・和魂・幸魂の四魂と、これを統括する全霊(一霊)に分類できる」と表現した。

つまり、四つの魂があるということは、心に四つの働きがあるということで、心理学的にいえば自我(直霊)が意識(四魂)を統御しているということである。

四魂……心の四つの働きを王仁三郎の著書をもとに紹介すると、
(1)荒魂を一言でいえば「勇」で、用(はたらき)は「進展力」である。
(2)奇魂を一言でいえば「智」で、用(はたらき)は「観察力」である。
(3)和魂を一言でいえば「親」で、用(はたらき)は「親和力」である。
(4)幸魂を一言でいえば「愛」で、用(はたらき)は「生成化育」である。

この幸魂の「愛」は「生成化育」…森羅万象を生み育てる「神の愛」で、恋愛とは異なる。
その愛情はむしろ「親和力」を表す和魂であろう。
この各霊魂にはそれぞれ戒律がある。

(1)悪に勝つ「進展力」をもつ荒魂(勇)には、その行為が独りよがりにならないように、常に「恥じる」という戒律が与えられている。
《恥づることを知らずば人は争ひて獣に近き挙動なすなり》

(2)森羅万象を正しく認識する「観察力」をもつ奇魂(智)には、こうした能力によって得た力を正しく「覚る」という戒律が与えられている。
《もの学び智慧を研くは良けれども覚りなくば狂ひこそすれ》

(3)すべてを和らげる「親和力」をもつ和魂には、憎しみに陥らぬように、常に「悔いる」という戒律が与えられている。
《よし人に親しむとても悔いること知らずばつひに人に悪(にく)まる》

(4)総てを生み育てる心「生成化育」(天地法則)を示す幸魂(愛=神愛)には、神を「畏れる」という戒律が与えられている。
《人を愛で慈しむとも天地に畏るるなくば道に逆らふ》

これら四魂(心の四つの働き)が円満に活動するということは、人格の完成を意味している。
そしてこの四魂を統率するのが《義》を象徴する〈直霊〉で、「省みる」という戒律がある』


この「一霊四魂」がカッバーラの四神、ヨッド(Y)・ヘー(H)・ヴァブ(V)、ヘー(H)の四位一体「ヤハウェ」で、仏教でいう「四大天王=鬼子母神=十羅刹女」である。
この一霊四魂の概念は、神智学でいう「コーザル体」「アストラル体」「メンタル体」「エーテル体」にも対応する。

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それでは、本題に入ろう。
冒頭で述べた通り、「勇」である大和魂には「公」に対する「愛」や「慈悲」が伴っている。
大和魂は「愛国心」だと言っても良い。
新渡戸の『武士道』でも、『勇気がこの高みに達するとき、それは「仁」に近づく』とし、『愛、寛容、他者への同情、憐れみの情はいつも至高の徳、すなわち人間の魂が持つあらゆる性質の中の最高のもの』が「仁」と定義している。

白峰氏は言う。

『「やまとごころ」とは「いたまし思う心」のことです。
人をはじめ動植物の不幸を見逃すことができない心のことです。
「負担の理論」を指す言葉であります。
阪神大震災での若者のボランティアや日本海沿岸での重油回収作業のボランティアなどが「やまとごころ」の実践なのです。
諸葛孔明も同じことを言っているのです。
つまり、大徳の根幹にあるのが「やまとごころ」の精神なのです』


孔子の75代目子孫の孔健氏は、著書『孔子家の極意』の中でこう説明している。

『孔子は人間の生き方を説いていますが、一番大切なものは何かといえば、それは「仁」なのです。
「仁」とは人間が二人いれば生まれる関係です。
孔子がこの「仁」という言葉に込めた意味は、「情け」とか「思いやり」よりもっと広い「愛」と言い切ってもいいでしょう。
その「愛」は決して抽象的ではなく、自分の隣人や目の前の相手の二人の間に生まれる具体的な「愛」なのです。
たとえば、母親はわずかな食べ物しかない場合、自分は空腹を我慢しても我が子に与えます。
このような愛情は親子だけでなく、師弟、同僚、友人などの関係にも発露するべきで、それが「仁」と呼ばれるものです』


儒教では「仁・義・礼・知・信」を五徳とし、この順に重んじている。
任侠が「仁義」を大切にするのはその為だ。
だが、孔健は以下の注意をしている。

『「義を見てせざるは勇なきなり」の一節はよく知られていますが、誤解している人がいます。
友達が喧嘩しに行くので「義を見てせざるは」なんていいながら、加勢でついて行ったりする。
日本人は「義」というと、義理や忠義のことだと思ってしまう。
しかし、本来の「義」とは人間がとるべき正しい行ないのことです。
友達が喧嘩に行くというなら、止めるのが「義」にかなったことなのです。
周囲とうまくやっていくことも大切ですが、もっと大切なのは、間違っていたら正すことであり、自分でそれをやる勇気を持つことだと、孔子はいっているのです』


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ガンジーは次のように述べている。

「勇気こそが真のリーダーシップだ。
道徳的な勇気は自分の内にある善と一体感を持つことから出てくる」

「非暴力とは単に暴力の反対ではなく、全人類に対する愛だ」

「全ての人を自分と見なし、見返りを期待しない無我の奉仕が望ましい」


釈迦が「慈悲」を説き、イエスが「愛」を説いたように、孔子は「仁」を説いたが、それらが示すものは同じである。
では、「愛」とは何か。
愛には、エロス(自己愛や男女の愛)、フィリス(知識への愛)、アガペー(隣人愛や真理に向けられた崇高な愛)がある。
英語では、愛も恋もLOVEだが、ここでいう「愛」は、恋のような狭義の意味での愛ではなく、アガペーを指す。

「人間にとって最大の罪は愛が足りないことです」(マザーテレサ)

「愛は神であり、神は愛である。愛のあるところ、常に神は存在する。
人々をもっと愛しなさい。
その愛を奉仕に変え、奉仕をさらに神を崇める気持ちにまで高めなさい。
これこそ最高の霊性修行である」
(サイババ)

法華経の菩薩行は、一貫した愛他行為(奉仕)で進化を説く。

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では、『日月神示』の愛の概念を見てみよう。

「愛にも内のものと外のものとがある。
愛と申せば何でもよいと思ふていてはならん。
愛の悪もあるぞ。他を愛するは真愛ぞ。己のみ愛するのは自己愛ぞ。
自己愛を排してはならん、自己愛をひろげて、大きくして真愛と合致させねばならん。
そこに新しき道開けるのであるぞ。自己愛を悪魔と説くは悪魔ぞ。
無き悪魔つくり、生み出すでないぞ。一段昇らねば判らん。
愛は神から出ているのであるから。
神に祈らずに自分でするから、本を絶つから、我よしに、自己愛になるのぞ。
自分拝むのは肉愛でないぞ。愛から離れた信仰はないぞ。
血は愛によって生き、愛は喜びによって生きるのぢゃ。
喜びなき所に愛はないのざぞ。神ないところ生命栄えんぞ。
偽の愛、偽の智と申すのは、神を信じない人民の愛と智であることを知れよ、この人民たちは神の声を聞いても聞こへず、神の現はれを見ても見へないのであるぞ。
希望は愛の現はれの一つ。
どんな時、どんな人にも与へられているのぢゃ、希望に燃えつつ、現在を足場として生きよ。
呼吸せよ。
同じことしていても、希望もつ人は栄え、希望なき人は滅びる。希望は神ぞ」


「希望は愛の現はれの一つ」だという。
そして、「勇気」あるところに「希望」がある。

「あなた方人間は迷いも多く その迷いの友達である
幻に苦しめられ嘆く事も多い けれどあなた方人間には
神からの大きな贈り物としての希望がある
希望のあるところに愛がある 愛のあるところに光は満ちる」

(アーリオーン)

「愛は喜びによって生き、喜びなき所に愛はない」という事は、「喜び」が重要な感情だということになる。
「喜び」については次に検証するが、『日月神示』の「自己愛をひろげて、大きくして真愛と合致させねばならん」が非常に重要なフレーズとなっている。

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具体的な説明を求めてみよう。

「和のないところ天国ないぞ。
こんな判りきったこと、何故にわからんのぢゃ。
気の合う者のみの和は和ではない。
色とりどりの組合せ、練り合わせこそ花咲くぞ。
和合せんと誠のお陰やらんぞ、一家揃ふたらどんなお陰でもやるぞ。
宇宙の総てが繋がりであるぞ。
石でも水でも草でも動物でも総てが繋がりぢゃ。
手と頭のようなもんぢゃ。拝み合へよ。親しみ合へよ。和せよ。
和すと自分となるのぢゃぞ。自分大きく、明るくなるのぢゃ。
豊かに、嬉し嬉しぢゃ。和が根本、和が喜びぞ。
和すには神を通じて和すのであるぞ。
神を通さずに、神をなくして通づるのが悪和合。
神から分かれたのであるから神に帰って、神の心に戻って和さねばならん道理。
神なくして和ないぞ。
世界平和と申しているが、神に帰って、神に通じねば和平なく、喜びないぞ」

「天使は天と地の和合者、仁人は地と天の和合者。
天界に住む者は一人一人は力弱いが和すから無敵ぞ。
幽界に住む者は一人一人は力強いが孤立するから弱いのぞ。
仲よう和してやれと申す道理判りたか」


以上をまとめると、「和=愛=喜び」という構図が成り立つ。
前項で、閻魔大王(国常立尊)の怒りが地震(慈神)だと述べたが、「怒り=慈悲=愛」でもあるのだ。
愛にも「愛の悪」があるように、怒りにも2種類ある。

アリオンは言う。

「ヒトがオコル時、カミである万物霊象のオコリである揺すぶりを受けていた。
しかし、今、ヒトは人間となり、オコリではなくイカリ(怒り)を表現する。
オコリとイカリは異なる。
オコリは大きなカミの身体的な揺すぶりであり、イカリは小さな局部的な滞りだ」


『日月神示』には次のように説明されている。

「下肚から込み上げてくる怒りは大きな怒りであるから、怒って良いのであるなれど、怒りの現はし方を出来るだけ小さく、出来るだけ清く、出来るだけ短くして下されよ。
怒りに清い怒りはないと、そなたは思案して御座るなれど、怒りにも清い怒り、澄んだ怒りあるぞ。
胸からの怒は怒るなよ」


「愛」と「肚からの怒り」は一体なのだ。
「肚」は、「月+土」で構成されている。
つまり、人体を地球に対応させると、肚(腹)が大地なのだ。
昔は「肚が立つ」と言ったが、これが「下肚から込み上げてくる怒り」である。
神示が戒める「胸からの怒り」を「ムカつく」と言う。
現在では、頭にきて「キレる」と言う。
これは、本来「肚」にある意識が、物質主義によって頭脳偏重となり、意識が上に上がって来ていることを物語っている。
換言すれば、現代人は丹田(下腹)に気(勇気)がなく、大和魂が抜けてしまっているのだ。
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宇宙と人体とチャクラの関係

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日蓮は、事理一体での宇宙の運行を説き、理論と事象が同等に重要であることを示したが、「宇宙即我・我即宇宙」及び仏教の各宗派などでも漠然としか説かれていない。
宇宙と人間の一体性は、世界中の宗教や哲学でも説かれているが、カッバーラではその構造性までもが幾何学的に明らかにされている。
だが、難解で専門的になるので、ここでは割愛する。
量子論的にいえば、宇宙万物は同一の根元粒子で構成されている為、空間(宇宙)も物質(人体)も同一存在だということになる。
この事は、今後紹介する「宇宙瞑想」で詳述するが、オコツトは、従来の概念と全く正反対の視点から観た宇宙論を説いている。
以下、『2013:人類が神を見る日』より、半田氏とオコツトの質疑応答を抜粋しよう。

「人間の肉体とは何なのでしょうか」
「定質(イザナギ)と性質(イザナミ)の交差が反性質における感性球の次元に反転させられ投影を行っている状態を意味します」

「性質とは何ですか」
「人間が生み出されている状態そのものです」

「定質とは何ですか」
「オリオンが作り出した進化の力そのもののことです」

「反性質とは何ですか」
「プレアデスが作り出す意識進化の方向性のようなものです」

「反定質とは何ですか」
「人間が悪と呼ぶ概念に似ています。プレアデスが進化を失っている状態です」

「つまり、あなたがたにも善と悪が存在するということですか」
「いいえ、善悪はタカヒマラの外面においてのみ働くものです。
内面においては定質と性質に変わります。
これは善や悪などといった概念で捉えられる働きではありません」

「男と女とは何なのでしょう」
「人間の肉体における男性性と女性性とは妙性質における対比です。
オリオンにおけるプレアデスとプレアデスにおけるオリオンの関係に相当します」

「ではセックスとは何ですか」
「タカヒマラにおける変換作用が人間の意識によって反転させられて現れているということです。
シリウスが反転した働きという言い方ができます」

「ではエクスタシーとは」
「進化の調整を行っているところではないですか。人間の意識に現れたシリウスの位置です」

「では受精、もしくは受胎とは」
「人間の覚醒作用が反転したものではないですか。太陽と同じものです」

「神秘主義の伝統ではマクロコスモスである大宇宙はミクロコスモスである肉体に照応していると言われますが…そのことと、あなたがたの人間の肉体に対する解釈とは何か関係はありますか」
「それは全く逆なのではないですか。
真実の意味においては肉体がマクロコスモスであり、あなたがたが宇宙と呼んでいるものがミクロコスモスなのです」

「ちょっと待って下さい。人間の肉体がマクロコスモスで、この大宇宙がミクロコスモス…なのですか」
「そうです、あなたがたが見ている宇宙は、私たちにとってはミクロすぎてとても観察しにくい次元となっています」

「では、肉体は観察しやすい次元なのですか」
「はい、あなたがたが見ているものとは全く違いますが……」

「ということは、あなたは私の体内に存在しているということですか」
「そういう言い方もできます」

「しかし、冥王星からビーコンを送っているのでしょう」
「太陽系の冥王星とは観察次元ψ11、つまり元止揚のことです。
私たちの意識にとっては人間の肉体に含まれたものとして存在しています。
肉体はマクロコスモスだと申し上げたはずです」

「冥王星が肉体のどの部分に対応しているというのですか」
「神経系統に相当する部分のすべてという言い方ができるでしょう」

「では、肉体がマクロコスモスであるという意味についてもう少し教えて下さい」
「あなたがたが肉体と呼んでいるものはタカヒマラに形作られている全ての次元の方向性を持っています。
私たちにとってのマクロは上次元方向のことで、ミクロとは下次元方向のことなのです」


半田氏の補足――明らかに彼らのミクロ・マクロという概念は私たちのものとは大きく違っている。
彼らは単なる空間的な尺度ではなく、次元的な階層でマクロやミクロという概念を形成しているようだ。
そして人間の肉体は最も次元が高い世界だという……一体どういうことだ?
神秘思想では人体の各器官やチャクラを太陽系の諸惑星に対応させているが、それらが語る内容と何か関係があるのだろうか――


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「チャクラとは本当に存在しているのですか」
「はい、存在します」

「チャクラとは何ですか」
「定質と性質が交差するところに生まれる12の次元結節点のことではないのですか。
5次元以上の高次元空間の調整を行うための平衡器官のようなものです」

「つまり、12の次元観察子を作り出している力のようなものだということですか」
「タカヒマラにおける進化の反映の方向性を12の次元において調整、または変換するトランスのような部分だということです」

「太陽系とチャクラは何か関係しているのですか」
「関係しているとはどういう意味ですか。それらは全く同じものです」


太陽系とチャクラが全く同じものだという……。
西洋のカッバーラを受け継ぐ神秘学や錬金術でも、人間は心理的な原型としての太陽系を内在させているとしている。
インドの密教思想タントラでも、人体の神秘性から宇宙を解き明かしている。
タントラはインダス文明に起源を持つカッバーラであり、バラモン教、ヒンドゥー教、仏教、ジャイナ教へと受け継がれてきた。
また、終末においてプラズマが人類のチャクラを全開させ、変換人に進化するのである。
この続きは話が大きく逸れるので、別の機会に詳述しよう。
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封印されたアンク十字架の覚醒進化と「プレアデス・メッセージ」

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コンノケンイチ氏は、『月のUFOとファティマ第3の秘密』の中で次のように指摘している。

「現在ヒトの脳構造の神秘がクローズアップされている。
中でも不思議なことはその機能のほんの一部しか使われていないことである。
使われていないという意味は、脳機能の大部分がクローズ、閉じられているということで、これは進化論的にはもちろん、生物学的にも遺伝子工学的にも理屈に合わない。
となると考えられることは、外的な干渉によってクローズされているという考え方だろう。
一万年後の人類は神のごときに化すと多くのアンケートが答えている。
そのような進化をもたらす遺伝子が、すでに人類の脳には組み込まれているのだが、何かの意志に依ってか時期が到来するまではその機能が封じられている。
そこからたまに洩れ出るのが超能力といわれるもので、そういえばエドガー・ケイシーのように脳に何らかのショックを受けてから超能力が発揮できるようになったという人が多いのもうなずける。
意図的にクローズされているなら、それはいつか必ず全開される運命にある。
そう考えるのが合理的だろう。
それが聖書のメインテーマである人類の終わりと再生の真の目的ではあるまいか」

「閉じられた(眠っている)脳機能が全開すれば、人類は神に似た超能力者に一変すると聖書は語っているのである。
これはまさに、サナギが蝶に変態する以上の生物学的な変化になるが、それも一瞬のうちに行われるというから凄い。
今まで人類を保有してきた脳ボックスの秘められた鍵も、なんらかのテクノロジーの許にまたたく間に解除されるのだろう。
そうなれば今の人類には想像もつかない凄い超文明社会が現出されてくることになる。
それは正に幼年期の終わりで、やっと人類も宇宙的な成人式の時代へと入ることになる」


地球はアクエリアスの時代と共にプラズマベルトに入り、劇的な進化を遂げる。
フランスの研究チームが、科学的データを基に計算したところ、地球が「パイシス」の時代から「アクエリアス」の時代に完全に移行する日は、2012年12月22日だと発表した。
地球がプラズマベルトに突入する日は2012年の12月22日〜23日だと予測されているが、フォトンベルトなるものが発見された日も12月23日、現在の天皇の誕生日も12月23日、この日の数霊的意味は「銀河の夜明け」だという。

地球がプラズマベルトに突入すると人類は仮死状態となり、5次元の振動数に耐性のある者が甦り、夜のない昼だけの世界になり、地球全体の気候は温暖になり、あらゆる生命体はエネルギーに満ち溢れるという。
そして、人類は元来12本のDNAを持っていたが、それが復元され、封印されていた遺伝子が解除されるという。
その結果、病気に対する耐性を持ち、食事や睡眠なしで生きられるようになり、平均寿命は1000歳になる。
強力な電磁気エネルギーを持つプラズマが、星雲状に高密度に集合したのがプラズマベルトで、そこに突入すると想像を絶する凄絶な現象が起こると予測されている。

我々の身体と意識は完全に変容し、次元上昇を始める。
単細胞生物の細胞分裂が、遺伝子によって促進されることが確認されているが、遺伝子の本体は電磁波であり、電磁波が遺伝子の突然変異を起こして生物進化を操作しているという説がある。
DNAは複製の瞬間に螺旋構造が解かれるが、この一瞬にプラズマの強力な電磁波がDNAの塩基配列に作用し、突然変異を起こすというのだ。
プラズマは我々の深奥部にまで浸透し、肉体・幽体を素粒子レベルで変容させ、意識の覚醒を促す。
プラズマベルトの周期を考えると、アダムの意識を覚醒させた「天の教師」はプラズマベルトだったのかも知れない。

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同時に、シリウスの光・太陽のフレアフォトンであったことは間違いない。
高次元の振動周波数を持つプラズマベルトに突入すると、物質の振動周波数が変換し、地球に大転換が起こる。
人類は5次元の意識に目覚め、理屈抜きに本能的に宇宙の真理を悟り、自然と調和した生き方を知る。
その人類の集合意識の波動が、地球、太陽系、銀河系宇宙の、物質界と霊界の両面を進化させる。
人間の精神構造と春分点の星座は密接に関連し、気性や情緒は星の動きに感応している。
人類の潜在意識は、確実に新しい時代の到来をキャッチしているのだ。
それは同時に、ノアの大洪水によって封印された遺伝子がONになることを意味する。

進化とは、遺伝子の歴史的展開である。
宇宙エネルギーは常時地球に降り注ぎ、地球のエネルギーも常に宇宙に向けて発している。
宇宙からのエネルギーと地球のエネルギーは人間の中で交差し、内奥に眠る光(魂=キリスト)を目覚めさせる。
その振動周波数が上昇し、地球が進化するのだ。
陰陽のベクトルの光の極性は分離から統合へ向かい、位相を転位・完結させ、進化のスパイラルは1つの周期を完成し、人類は次のステージに昇格して新たなる創造が始まる。

プラズマは地球のマグマ(龍神=国常立尊)を活性化させ、人体のDNA(龍神)を活性化させる。
国常立尊の成り成りの果てがイザナギ・イザナミだが、DNAの二重螺旋構造はまさにイザナギ・イザナミの「天の御柱廻り」を象徴している。
天の御柱とイザナギ・イザナミは、根源神「天之御中主神」「高御産巣日神」「神産巣日神」に対応する。
これは原子核を構成する「中性子」「陽子」「陰子」であり、これらを結合する力を「産巣日(結び)」という。
そして原子核の周りを電子が飛び回って原子となり、これが成り成って万物が形成されるが、生命の基礎となる遺伝子も4つの塩基の「結合」によって形成される。

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中国神話の「伏羲」と「女媧」の下半身が絡み合っているのも遺伝子を表し、ヘルメスの杖に絡む2匹の蛇も遺伝子を表しているが、古代エジプトの2大シンボルも遺伝子を表し、安定や力を意味する「ジェド柱」はDNAの螺旋構造、生命を意味する「アンク十字架」はRNAの化学構造と酷似している。
DNAは、身体の特徴や病気、寿命、性格、行動パターン等を担っているが、それら遺伝子として働いているのは全体の僅か5%に過ぎず、残り95%がどのような役割を持っているのか分かっていない。
全世界で莫大な予算をもって「ヒトゲノム計画」が進められているが、遺伝子の重要な箇所に2重3重のブロック、セキュリティーがかけられていることが判明している。
ノアの大洪水以後、1000歳近くあった人間の寿命は120歳まで短縮した。
それは環境の変化により、それまで稼働していた遺伝子が封印されたからである。
だが、それはプラズマによって目覚めつつある。

イエスは一度死んで復活体となった。
『日月神示』でも示されている通り、神人に進化する為には、一度「死の洗礼」を受けなければならないようだ。
予型論でいうと、1999年に起きたグランドクロスは2012年に起こるグランドクロスの予型であった。
そして地球はグランドクロスの磔になり、地球は自転を止める。
人類は仮死状態に置かれ、12月22日にフォトンベルトのヌルゾーンに突入し暗黒の3日間が訪れる。
イエスの死後3時間、世界が闇に包まれ、3日後に変身体となって昇天したことと同じことが、地球と人類に起こるのだ。
この劇的瞬間はまさに、サナギが蝶に羽化する如きであり、文字通り人類のアセンションとなる。

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半田氏はオコツトを通してシリウスからの啓示を受けたが、バーバラ・アーシニアックは、プレアデス意識からメッセージを受けている(プレアデス+かく語りき)

『もしも人間が変わらなければ、すなわち人間が価値観を転換し、地球がなければ人間は存在できないということを悟らなければ、地球は自らの通過儀礼のために、またより高い周波数を求めて大掃除することになるでしょう。
この大掃除によって、地球のバランスが再び回復されることになるでしょう。
ある日の午後、非常に多くの人々が一挙に地球を離れることになる可能性があります。
たぶん、そのようなことがあれば、人々は現在地球で起きつつあることに目を開くことになるかもしれません。
これまで、あなた方に刺激を与え、励まし、地球的な変化を起こさなければならないことを悟らせようとさまざまな出来事がありました。
さまざまな草の根の運動が非常な勢いで広がることになるでしょう。
地球で何が起きるかは、一人ひとりの人が変化する気持ちがあるかないかにかかっています。
地球が変化をとげる時期に地球を離れていく人々は、もはやここには適さない人々です。
彼らは地球の調和を乱している人々です。
一度に2千人の人々が地球を去るときが来ると、地球に留まる人々の意識に非常に大きな転換が起きるでしょう。
多くの人々がなくなると、それは残された人々の意識に衝撃を与えます。
地球がシフトする時、すべての人が同じ体験をするということはありません。
破壊を体験する必要のある人たちは、地球のシフト、ないし地軸の転換を破壊によって体験するでしょう。
それは彼らが新しい周波数に適合していないからです。
より高い周波数を保持する用意のできている人たちは、周波数のシフトを体験するでしょう。
したがって、ある人たちにとってはそれは生命の終わり(彼らの理解しているところでは)であり、破壊そのものの体験であるでしょうが、ある人たちにとっては素晴らしい喜びに満ちた体験となるでしょう。
全ての可能性があります。思い出して下さい。
あなた方は思考の結果として現れる象徴的な世界に住んでいるのです。
外に現れる世界は、あなたの内部で進行していることをあなたに現して見せてくれているのです。
ですから、世界が破滅するとするならば、それは何を現しているのでしょうか。
新しいシステムとエネルギーを勃興させるために、内部にあるものを崩壊させているという意味に他なりません。
すべてが崩壊しつつあるように見えながら、真実は、世界そのものがより高次の次元世界へと進化しているのである。
地球がアストラル的な存在になる。
そのため、地球はアストラル的存在にそぐわない物質的な部分を自らの外へ放出する。
重い衣を脱ぎ捨てるわけだ。
この意味において、現在の物質的地球はその時には存在しないのである。
これが「終末」の真義である。
終末とは、「古い終わり」の終わりであり、「新しい始まり」の始まりなのである。
地球がアストラル進化(次元進化)する時、地球はアストラル存在にそぐわない物質的な部分を代謝・放出する。
その時、地球のアストラル進化についていけない人々(その周波数に共鳴できない人々)はどうなるのだろうか?
空蝉……。物質の残滓のような地球に取り残されることになるのか?
それとも、原子に還元されたまま悠久の時を宇宙空間で漂うことになるのだろうか?
次の宇宙の創造の時まで…消滅…。
熱を持たない光球の中で…クォークと呼ばれるエネルギーに還元されるといわれる。
進化を拒否し、物質の中に固執する者たちは生滅、物質の精製と消滅の中に取り残されることになるだろう。
しかし、「終末」は終わりではない。
それは、より高次の世界に向けての変化であり、新しい始まりなのである。
この大転換によって、地球は進化の螺旋を上昇し、アストラル的存在になる。
さらに地球の霊的進化はその後も進み、やがて最終的には完全な霊的な惑星へと羽化していく。
進化は螺旋的なプロセスを辿っていき、次第に収束しながらある一点を目指していく。
やがて、私たちは透明な意識に覚醒し、自らが光を放つ存在となるだろう。
人類の精神こそが地球進化の目的であり、極である。
宇宙が誕生し、存在し、進化を続けているのは、物質から生命へ、生命から精神へ、その進化の極に出現した人類が完全に成熟するところにその目的がある。
終末とは人の精神がより高い次元の完成へと向かうために通過する産みの苦しみであり、決して破局や破滅ではない。
人類の誕生と進化こそが宇宙意識の目的であり、宇宙の意思そのものだからである』
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絶対神「バアル」とムー大陸のイエス・キリスト「ラ・ムー」

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大洪水前のエノクの正体を探る為に、聖書で「主」と表記されている神について検証する必要がありそうだ。
モーゼが会った主は、ヤハウェではなく「バアル」だった可能性が高いが、ここでは「主」という表記を使用する。
『旧約聖書』の「出エジプト記」を読めば誰でも分かる通り、モーゼに十戒を授けた主は、霊的な神というよりも明らかに人間的存在であり、その正体は恐らくノアの大洪水以前に昇天(アセンション)したムー民族の王「ラ・ムー」こと「エノク」であり、イスラエルの民は、このムー民族の葉巻型UFOに率いられてエジプトを脱出し、北イスラエル王朝崩壊後、アルザルに導いたのだと私は考えている。

ヴェリコフスキー理論では、「紅海割れの奇跡」はプラズマ彗星メノラー(現在の金星)が引き起こしたと解説しているが、イスラエルの民が海を渡ったところで海が元に戻ってエジプト人を飲み込んだというのは、あまりにもタイミングが良すぎると思う。
しかも、それが2度起きているのである。
そして、灼熱の彗星メノラーが関与していたとしたら、イスラエルの民はよく無事だったものだ。
それに「主」と称する存在は、モーゼに「杖」という物体を与え、それを合図に海が割れたというのも、あまりにも3次元的である。
しかも、以前にも紹介したように、古代エジプトの記録によると、謎の飛行物体がイスラエルの民に関与していた。

そして、エジプト脱出後も「昼は雲の柱」「夜は火の柱」と形容される葉巻型UFOらしき存在が、40年間もイスラエルの民を上空から導いたというのは、象徴などではなく明らかに現実的な描写である。
そして、モーゼはシナイ山で「十戒の石板」という物体を授かっている。
「その筆跡は主自身のものである」という説明付きである。
そしてモーゼはその石板を割ってしまい、再度、石板を授かっている。

ノア以降の人類にはUFOはおろか飛行機さえ造る技術はなかっただろうが、大洪水以前の文明の遺産で巨大な船が何隻も発見されていることを考えれば、大洪水以前にはUFOが存在していた可能性は充分ある。
大洪水以前の地球がプラズマに包まれていたなら、プラズマを利用した科学技術が発達していた可能性は高い。
ピラミッド内部にススの後がないことから、何らかの照明器具が存在していたのは確かで、それこそが「ゾハル」であり、月内部で使用されている人工プラズマ太陽と同様の光源だと考えられる。
古代の電池だと思われるオーパーツも発見されているが、ピラミッド内部からそのような器具や装置が発見されていないことを考えると、恐らく「ゾハル」は空中に浮くプラズマ発光体なのだろう。

それは月内部を照らす光源と同じものだろうか……。
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聖書では「ノアの大洪水で生き残ったのはノアとその家族の8人だけ」ということになっているが、実際には高山に登って大洪水を生き延びた人々の記録は各地にあり、年代的にも規模的にもそれはノアの大洪水だったと考えて間違いない。
ただし、彼らはアセンションしていないことから考えて、アトランティス人であり、UFOで避難したわけでもない。
つまり、ノアの大洪水以前にアセンションしたムー文明の人々がUFOを製造していたと考えられる。
飛鳥氏によると、ムーとアトランティスという大陸はなく、大洪水前の地球には超大陸パンゲアだけが存在していた。
しかし、オコツトは「かつて、ムー文明とアトランティス文明は実在し、ムー人はトランスフォーマーに進化して反転した地球の宇宙人となり、現人類はアトランティス人の末裔から始まった」と教えている。

つまり、大陸は1つでも、現在の東洋文明と西洋文明のように、2つの異なる文明があったということだ。
恐らく、ムー文明が現在の東洋文明に受け継がれ、西洋文明がアトランティス文明である。
何故、聖書にはノアのことしか書かれていないかというと、ノアがカッバーラを継承していることから考えて、ノアはアセンション出来なかったがムー人だったのだ。
ノアは義人であるが故に、神から箱舟の作り方を教わって生き残ったので、アセンション出来なかったというのは語弊があるかも知れない。
地上世界の再建という使命を持って(恐らくエノクの勅命で)この世界に残ったと言い直しておこう。

話を戻すが、ピラミッドは現代の建築技術でも建造できないし、エノク・シティーに至っては日本列島を飲み込むほど巨大なピラミッドである。
しかも、それが太陽に飛翔し、現在も太陽上空を浮遊し、終末には「新エルサレム」として地上に戻ってくるとなると、とてつもないプラズマ飛行技術が施されているに違いない。
また飛鳥氏は、モーゼがコンタクトを取ったヤハウェは、イエスが受肉する前の霊体だと主張するが、宇宙そのものである絶対神が人格を持った霊体であるわけがない。
絶対神と人間は、直接的にコンタクトはできない。
絶対神(宇宙意識)の波動を人間の脳が言語変換して受信できるように調整して伝達する、仲介役の天使が必ずいるのだ。

『日月神示』にしても、取次の神が何段階にも渡って存在していることが神示に示されている。
しかも、岡本天明に日月神示を自動書記させた存在は、UFOである可能性が高いのだ。
そして、イスラエル10支族の日本行きグループの海洋ルートチームにも、エノクが深く関与しているフシがある。
それは、彼らが建造した階段ピラミッドが、エノク・シティー(太陽の階段ピラミッド)と一致していることや、ニギハヤヒの命(出雲族)が、特殊な金属で出来た「天磐船」というUFOを彷彿させる船で日本に降臨しているからである。
そして、ニニギの命(日向族=弥生人)もニギハヤヒの命(出雲族=縄文人)も、「天照大神」の神勅で日本列島に向かったが、当時は紀元前で「イエス」はまだ誕生していない。
ということは、ここでいう「天照大神」を指しているのは『バアル』であり、その正体が「エノク」だった可能性もあるのだ。

つまり、エノクも絶対神「バアル」の受肉だったと考えられるのだ。
ということは、カッバーラ的に見れば、「エノク=イエス・キリスト」となる。
実際に、聖書の中で人類最初にアセンションしたのはエノクであり、イエスの予型である。
主がモーゼに与えた「アロンの杖」に青銅の蛇が巻き付いていたが、これも「十字架のイエス」の象徴予型である。
更に、主は人類進化の為にメシアを送り込むことを約束し、イエスが誕生した。
そして、イエスは「アブラハムの前から私はある」と語った。
つまり、「ヤハウェ」を名乗ったのだが、これには「ヤハウェ」という言葉に深い意味があり、解説は機を譲るが、要はイエスはエノクの生まれ変わりである可能性があるのだ。

生まれ変わりと言っても、エノクはアセンションした人間であり、生まれ変わる必要はないのだが、大本の概念でいう「型示し」を行うために生まれてきたのだ。
従って、イエスはエノクの時の記憶を持って生まれてきた。
極めつけは、エノク・シティー(太陽の超巨大階段ピラミッド)が、「イエス・キリストの神殿」だということである。
エノクはノアの大洪水前のムー帝国の王「ラ・ムー」であり、ユダ族の王「イエス」として生まれ、近い将来には「再臨のイエス・キリスト(世界天皇)」として現れる。
エジプトの3大ピラミッドやスフィンクスもエノクの建造物だが、3大ピラミッドは絶対3神を表し、スフィンクスの胴体であるライオンはユダ族の象徴でもある。
「エノク=イエス」を裏付ける根拠はまだまだあるが、話が飛びまくるのでこれぐらいにしておく。

もう1つ重要なことを述べておくが、飛鳥氏は絶対3神「御父エロヒム」「御子イエス・キリスト」「聖霊ルーハ」は三位一体ではなく、三体一心だと解説する。
これはモルモン教の概念で、エロヒムも人間と同じ肉体を持ち、ヤハウェもイエスとして誕生して肉体を持ち、昇天して永遠の肉体に変身し、聖霊ルーハはまだ受肉していない霊体で、3神の心は1つだが体は別々だという。
が、ハッキリ言って、そのような宇宙創造神は有り得ない。
あるとすれば、それは私がいうところの「受肉」であり、絶対神そのものではない。
更に、イエスは昇天後、太陽に向かって飛翔し、途中で火星に寄った可能性があるというが、生身の人間(氏曰く神だが)が宇宙空間を飛行するというのは非常に考えにくい。
霊体に変身して宇宙を飛翔したか、テレポートしたか、故郷のアルザルに一旦寄ってからUFOで太陽に向かったと考えるのが現実的である。

ちなみに、知花敏彦氏も、前世はエノク(トート神)だったと自称している。
そして氏は、クリスチャンではないが、イエス・キリストの話をよく引き合いに出し、講演会ではイエス・キリストの霊体が現れるという。
(アセンションした変身体は、普段は霊体だが肉体にも自由になれる)
しかし、知花氏もエノクの生まれ変わりとは、一体どういうことだろうか。
私は輪廻転生について18年の歳月をかけて研究し、その謎をほぼ解明した。
別の機会に発表するが、生まれ変わりはないといえばないし、あるといえばある。
だがそれは、一般的に考えられているような生まれ変わりの概念とは、全く異なる現象である。
posted by 夢蛇鬼-mujaki- at 07:26| Comment(0) | カテゴリ未決定 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

宇宙神霊「アーリオーン」=「ルシファー」の預言

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国家機構相互媒介域の天使「アーリオーン(以下、アリオン)」は、ギリシャ時代にはポセイドンを父としたエネルギーだったと自己紹介しているが、実際にギリシャ神話において、最高神ゼウスの兄弟であるポセイドンの息子で「アリオン」という神が登場する。
アリオンは「私が宇宙の創造主と呼ぶ存在は、私をも含むエネルギー体だ」と述べているが、それがゼウス(又はポセイドン)ということになる。

新約聖書に対応させると次のような等式となる。

「父ポセイドン=御父ヤハウェ」

「子アリオン=御子イエス・キリスト」


アリオンの実体を改めて明確にしておくが、シリウスを軸に我々の太陽系をも含むオリオン星系に遍在する意識エネルギーである。
まず、シリウスAは太陽のような星で、天体で最も明るく、我々の太陽系の太陽の約26倍の光度を持ち、そのプラズマ領域は我々の太陽系まで及んでいる。
つまり、アリオンはシリウスAの意識エネルギー(天体生命体)だが、その意識(プラズマ)はシリウスだけではなく、我々の太陽系をも包み込むオリオン座の宇宙エネルギーであり、太陽意識である天照大神や地球のガイア意識(国常立尊=素戔嗚尊)、更には我々人間もアリオンの一部ということになる。
また、アリオンは古代ペルシャではゾロアスター教の最高神アフラ・マズダとして在り、悪神アーリマンと戦い続けている光明の神だとされている。

「光明=ルシファー=イエス・キリスト」

シリウス信仰のイルミナティーが、ルシファーを崇拝していることを思い出して欲しい。
シリウスの光明であるアリオンは、ルシファーなのだ。
西欧(聖書)でドラゴンは悪魔だが、アジアでは龍は神である。
蛇はイエス・キリストの象徴だが、聖書には「時を経た蛇が龍である」と明記されている。
龍神「国常立尊」=「イエス・キリスト」=「ルシファー」でもあり、それはアジア、特に日本を意味する。

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『日月神示』でも「日本列島が国常立尊の肉体」だと示されている通り、日本列島は龍体をしている。
正確には、台湾も龍体(日本列島)の一部である。
聖書によれば、天使長ルシファーが天界で反乱を起こし、大天使ミカエルによって地に投げ落とされた。
だが、「ミカエルの力の一顕現でもある」というアリオンは、『これは聖書が改竄された結果』だと否定している。

アリオンは次のように述べている。

『知っての通り、ミカエルの兄弟であるルシフェル(ルシファー)は共に在り続ける存在だ。
あなたがたの知識の上ではルシフェルは、光り輝く者としての扱いを受けてはいないようだが、宇宙に遍在するエナジーとしての扱いは光り輝く者である』


つまり、ミカエル(アリオン)は、龍(ルシファー)を地に落とした天使ではなく、龍と共に戦う天使だと言っているのだ。
アリオンは、宇宙に遍在するエネルギーである。
であれば、「共に戦う天使」は「=」で結ばれ、「アリオン=ミカエル=ルシファー」という等式になる。
私は今まで、「ヨハネの黙示録」に登場する「赤い龍」を、古代ローマ帝国に重ね合わせて解説してきた。
悪の面としてはそれも間違いではないが、ここで新たな構図が見えてきた。

アリオン・メッセージの解読集団「アートライン・プロジェクト」の見解だが、「龍=アジア」という観点から見れば、悪の権化である龍を征討するというエピソードは、「欧米的価値観」と「アジア的価値観」の対立を表している。
アリオンが「龍と共に戦う天使」ということは、アリオンが「国常立尊と同じ霊統の神」だと語っていることにも符合する。
ズバリ、「ルシファー=国常立尊=日本列島」なのだ。

また、「ヨハネの黙示録」において「赤い龍」は、地に投げ落とされてから千年間地獄に封印されていたとされているが、封印を解かれて龍が出てくるとすれば、それは「岩戸開き」によって出雲族が復活することを意味し、龍は鬼と共に姿を現すことになる。
これは『日月神示』の主張と一致し、異論を挟む余地はない。

「龍=国常立尊=ルシファー」「鬼=素戔嗚尊=バアル」

そして「国常立尊=素戔嗚尊」ということは、以下の等式が理解できると思う。

『龍(鬼)=国常立尊(素戔嗚尊)=ルシファー(バール)=ヤハウェ(イエス・キリスト)=天照大神』

これを仏教で「弥勒下生」といい、ユダヤ教では「ダビデ王の再来」といい、キリスト教で「キリストの再臨」という。
この時初めて、光り輝くルシファーである日本が、本来の力を体現することになる。
尚、宇宙の普遍的意識と人間とのコンタクトには必ず媒介の天使が必要で、アリオンのメッセージを届けたのはサモンコール宇宙人である可能性がある。
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「闘龍戦隊タタカウンジャー」と黄金太陽の謎

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『日月神示』では、世界最終戦争について次のように予言されている。

「神の国を千切りにしてナマスにする悪の仕組みは判りておる。
悪の神も元の神の仕組みを九分九厘まで知っていて、天地引っくり返る大戦となるのぞ」

「神の国は結構な国で、世界の真中の国であるから、悪の神が日本を取りて末代の住家とする計画でトコトンの智恵出して、どんなことしても取るつもりでいよいよを始めているのざから、よほど褌締めて下されよ」

「この神の国には、世の元からの生き神が水も漏らさぬ仕組みしてあるから、いざ出て参りて得心ゆくまでかかりて御座れ、負けても悔しくないまでに攻めて御座れよ、堂々と出て御座れ、どの手でもかかりて御座れ。
その上で、負けてこれはカナワンと言う時までかかりて御座れよ。
学、勝ちたら従ってやるぞ。
神の力にカナワンこと心から判りたら、末代どんなことがあっても従わして、元の神のマコトの世にして、改心さして、万劫末代口説ない世に致すぞよ」

「いよいよ善と悪の変わり目であるから、悪神暴れるから巻き込まれぬように褌締めて、この神示読んで、神の心汲み取って御用大切になされよ」

「どちらの国も潰れるところまでになるのぞ。
臣民同士は、もう戦はかなわんと申しても、この仕組み成就するまでは、神が戦はやめさせんから、神がやめる訳にはいかんから、今やめたらまだまだ悪くなるのぞ、○の世となるのぞ、○の世界となるのぞ。
今の臣民九分通り○になりているぞ、早う戦済ませてくれと申しているが、いま夜明けたら、臣民九分通りなくなるのざぞ。
お洗濯第一ざぞ」

「日本の国は一度潰れたようになるのざぞ。
一度は神も仏もないものと皆が思う世が来るのぞ。
その時に御蔭を落とさぬよう、シッカリと神の申すこと腹に入れておいてくれよ」

「岩戸開くまでに、まだ一苦労あるぞ。
この世はまだまだ悪くなるから、神も仏もこの世にはおらぬのざというところまで、とことん落ちていくぞ」

「今の世は地獄の二段目ぞ、まだ一段下あるぞ、一度はそこまで下がるのぞ、今一苦労あると、くどう申してあることは、そこまで落ちることぞ。
地獄の三段目まで落ちたら、もう人の住めんところざがら、悪魔と神ばかりの世になるのぞ。
いよいよ地獄の三段目に入るから、その覚悟でいてくれよ、地獄の三段目に入ることの表は、一番の天国に通ずることぞ」

「やりかけた戦ぞ、とことんまで行かねば納まらん。
臣民一度は無くなるところまでになるぞ、今のうちにこの神示よく読んでいてくれよ」

「世界一度にキの国(日本)にかかりて来るから、一時は潰れたように、もうかなわんというところまでになるから、神はこの世におらんと臣民申すところまで、むごいことになるから、外国が勝ちたように見える時が来たら、神の代近づいたのぞ」

「この先もう立て替え出来んギリギリの今度の大立て替えぢゃ。
いよいよの大立て替えざから、もとの神代よりも、も一つキの光輝く世とするのぢゃから、中々に大層ざぞ。
人民苦しかろうが、先楽しみに御用見事つとめ上げて下されよ」

「どこから攻めて来ても神の国には悪神には判らん仕組み致してあるから心配ないのざぞ。
いよいよとなりた時には神がマコトの神力出して、天地揺すぶってトコトン降参ざと申すところまでギュウギュウと締め付けて、万劫末代言うこと聞きますと改心するところまで揺すぶるから、神の国、神の臣民、心配致すでないぞ」

「時節に従って負けて勝つのざぞ、負けが勝ちぞ、判りたか」

「今度の戦は神力と学力のとどめの戦ぞ。
神力が九分九厘まで負けたようになった時に、マコトの神力出して、グレンと引っくり返して、神の世にして、日本のてんし様が世界まるめて治しめす世と致して、天地神々様に御目にかけるぞ」

「今度の立て替えは、敵と手握らねばならんのぢゃ。
敵役の神々様、人民よ、早う訪ねて御座れ、この方待ちに待っているぞ」

「外国人よ、日本の国にいる外国魂の守護人よ、いよいよとなりて生神の総活動になりたら、死ぬことも生きることも出来ん苦しみに一時はなるのざから、神から見ればそなた達も子ざから、早う神の下に帰りてくれよ。
いよいよとなりて来たのざぞ、くどう気付けるぞ」


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アリオンは次のようにいう。

『まず世界が大きく分けて3つに分かれるだろう。
ヨーロッパ+ロシア、アジアおよび発展途上国、そしてアメリカの3つだ。
日本は非常にまずいことだが、アジアの仲間に入らずにアメリカの後押しをしようとするだろう。
ヨーロッパ+ロシアは強大な力を持つだろう』


これから世界はこのような三つ巴に分かれるというのだが、阪神大震災の震源地の海底で3筋の亀裂が入ったことが、それを暗示しているようだ。

「戦い」とは何か、『アリオン・メッセージ』から引用する。

『戦いも勝負ごとも、集約すれば己との真剣勝負・己との戦い』

『真剣勝負で戦う時に忘れてはならないことは一期一会の心』

『昨日の己に勝つことが、明日の己との勝負に参加する条件だ』

『不合理な攻撃を受け、自らの(時には他社の)可能性を守らねばならない状況に陥ったなら、戦いなさい。
ここで忘れてはならないことは、戦うと決めた時から、戦いは勝つためのものになるのであって、錦の御旗(自己正当化のための美しい理由)のためでは無くなるということだ。
戦う以上は、勝つまで戦いなさい。
たとえ、命を落としても逃げないで戦い続けること。
戦いで命を落とすのは負けることではない。
その覚悟がない者は、戦いについて遠巻きにして語るべきではない。
戦いたいなら、勝ちたいなら、先ず自らとの戦いに臨みなさい』

『最大の防御は攻撃にある。
しかして、単純に相手を打ちのめしたりすることを攻撃と思ってもらっては困る。
自らが能動的に、快く動く環境が必要だ。自らが発することだ。
愛するとは、そういうことだ。相手を愛するが故に攻撃せねばならない、しかも心から。
あなたは、あなたの構築した世界で命を引き換えに、これを学ばねばならない。
真の愛とは?真の戦いとは?』


武士道を説くような厳しい言葉だが、当然といえば当然である。
武士道精神を一言でいえばヤマト魂である。
ヤマトは、神の民を意味するへブル語の「ヤマトゥ」、アラム語の「ヤウマト」だからだ。

アリオンは次のようにも語っている。

『ヒトがオコル時、カミである万物霊象のオコリである揺すぶりを受けていた。
しかし、今、ヒトは人間となり、オコリではなくイカリを表現する。
オコリとイカリは異なる。
オコリは大きなカミの身体的な揺すぶりであり、イカリは小さな局部的な滞りだ』

『特に、あなたがた日本人は先祖代々受け継いできたモノ(力と言っても良い)を、新世紀に失うか、どうかの瀬戸際にあるので、頑張って欲しいと思う。
日本人、日本という言葉が歴史書だけの記録とならない為にも。
その為に、何を具体的にするか?
あなたがた、一人一人が次に挙げる事等を真剣に考えてみて欲しい

「明日、死ぬとしたら、今、何が大切なのか?」
「政治や経済から目を背けず、何が行われているか見張る」
「たった一人の実行でも理想は現実となる」
「他人にも自分にも正直であること」
「嘘と方便は異なる、嘘は相手も自分も活かさないが、方便は活かす為にある」
「自分と自分の身内だけ良ければいいという考え方が、この日本を駄目にした」
「当たり前のことを当たり前と言えない、表現できない社会を作るな」
「自分と呼ぶ個体は、この世界中に満ちている」

流言飛語に惑わされずに生きる為には、自分の歩く方向に自信を持てなくてはならない。
その為に、一瞬一瞬を精一杯生きることを目指して欲しい。
あなたがたに出来ることは沢山あるのだ。
まず、あなたから今までの考え方や生き方を検討してみて欲しい』

『自分の人生の中で見極めたいもの、探したいもの、知りたいもの、それを叶えるための人生そのものが、私の言う戦いなのだ』


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龍(アジア)と不死鳥(西欧)の決死の戦いによって両者は融合し、光の世紀に入るのだが、その前に出雲族と日向族が合体する必要がある。

アリオンは『月と星が合わさると太陽になる』と述べ、次のように説明する。

『黄金太陽は、その交わせる光をクロスとし、裏と表に対となる火炎を持つ』

これだけでは意味が分からないので、次のようなヒントがある。

『卍と十字を組み合わせてみよ』

すると、酒鬼薔薇が描いた風車のようなマークになるが、アリオンは『卍と十字の組み合わせは立体で考えよ』『卍と十字を針金で作り、あれこれ折り曲げてみるとわかる』とアドバイスしている。
アートライン・プロジェクトが試した結果、正四角錐(ピラミッド)が出来たという。
それに対してアリオンは『それは正解の一部』だといい、最終的に正8面体(2つのピラミッドの底を合わせた形)が完成したという。

「正8面体=黄金太陽」

日向族が辿った大陸ルートには星の国旗が多く、そこには仏教『卍』が広く伝播しており、出雲族が辿った海洋ルートには三日月の国旗が多く、イスラム教やキリスト教『十』が信仰されているという。
黄金太陽の上下それぞれのピラミッドは、裏と表、陰と陽の関係にある。
つまり、「卍と十字の組み合わせ」=「月と三日月の組み合わせ」であり、それによって「黄金太陽」が完成することになる。

アリオンは、また謎の単語を用いている。

「円還の愛、スパスシフィカは承認終了。
炎の熱さと暖かさの故に、回転を始める。
スパスシフィカは大洋にありて真珠の光。
スパスシフィカは太古よりの言い伝え。
スパスシフィカは炎と炎の円還運動。
そして十字の下に、小なる十字の回転を始めた。
スパスシフィカは既存の円鎖を絶ち、全く新しい愛の化身としての円還を起こすだろう」

「スパスシフィカはSPASCIFICAで綴り、一つ一つの言葉を3つずつ揃え、更にそれをバラバラにして言葉を形成すると、あなたがたにも見えるものがあるだろう」


アートライン・プロジェクトは次のような等式で解説している。

「大なる十字」=「左回転」=「霊・精神」=「正8面体の上側の正四角錐」=「上昇三角(△)」=「白い光(炎)」=「十」=「空」=「男」=「出雲族」=「陽」

「小なる十字」=「右回転」=「肉・物質」=「正8面体の下側の正四角錐」=「下降三角(▽)」=「黄泉の光(炎)」=「卍」=「海」=「女」=「日向族」=「陰」


アートライン・プロジェクトの解読によると、スパスシフィカには「SAP(樹液・血)」、「PACIFIC(大洋)」、FICSは「FIX(設定・修理・調停)」、「CAI(カイ=カミ=スメラミコト)」、「ACASICS(アカシック・レコード=時空の記録層)」という単語が含まれ、直訳すると「カイがアカシックを設定(修理・調停)すれば、血は大洋を渡る」となり、詳しく説明すると「誤ったスメラミコトの歴史が修復され、ニギハヤヒが復活したならば、血は大洋を渡る」となるという。
SAP(血)は「智」と「地」にも関連しており、「生気・活力」という意味もある為、「封印されていた鬼(出雲族)の血がオコル(活性化する)」、「地がオコル(地震)」とも解釈できる。
また、人体の7割を構成する血液は、地球でいう7割を占める大洋である。
それは、鬼の木(松)の樹液でもある。

また、アリオンは「霊的なる者、スパスシフィカ」といい、「なる」は「岩戸成る(平成)」、「鳴る(素戔嗚尊)」にも通じ、大洋だけに「鳴門の仕組み」にも通じる。
「なる」は言霊学では「7」であり、やはり血液や大洋の比率に当てはまる。
そして、血(智・地)が大洋(太平洋)を渡った先にはアメリカ大陸があり、アジアと西欧の死闘が暗示されている。
また、上昇三角が天と同義であれば、大洋は「太陽」にも通じ、太陽の超巨大階段ピラミッド(新エルサレム)を彷彿させる。
そして、上昇三角と下降三角が共に「光」ということは、「イエス・キリスト vs イエス・キリスト」だということが証明できる。
posted by 夢蛇鬼-mujaki- at 03:57| Comment(0) | カテゴリ未決定 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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