2010年11月17日

ドッペルゲンガーの謎と亜空間タイムスリップ事件

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半田氏は5次元対称性を認識した時、「自分自身が宇宙そのものになった」と語っているが、森田健氏も「5次元では個が確立したまま時空と合一する」ということを体験している。
また、5次元では過去・現在・未来が同時存在するという半田氏の体験を紹介したが、まさに霊界は過去・現在・未来が同時に存在するといわれている。

1960年4月28日、モンロー研究所のロバート・モンローは次のような体験をしている。

「体外離脱の前段階の状態の時、何かが背中に這い上がってきた。
手を伸ばしてそれを背中から引き剥がし、ソファーの隣にある本棚に押し込んだが、それは出てこようとする。
必死に押し止めていると、2匹目が背中に上がってきた。
片手で1匹目を押さえ、もう片方の手を背中に回して2匹目を引き剥がし、大声で助けを求めた。
よく見ると、それは自分の2人の娘の姿になったが、それがカモフラージュだと気付くとまた別の姿に代わり、泣きながら助けを呼んだ。
すると、従兄弟に似た真剣な眼差しの男性がやってきて、2匹を取り去ってくれた。
男は2匹を抱くと、2匹はリラックスしておとなしくなり、モンローは礼を言って肉体に戻った」


モンローの3冊目の著書『究極の旅』に、この話の続きがある。

「体外離脱中、誰かが自分に助けを求めて呼んでいる。
眼下に建物が現れ、中に入ると、ベッドで男がのた打ち回っていた。
男の背中には4、5歳の子供が2人しがみついていて、男は恐怖で泣きながら必死で子供を背中から引き離そうとしていた。
モンローは、その子供たちを男から引き離した。
そして、腕の中でおとなしくなった子供たちをよく見ると、ペットの猫だった」


つまり、モンローは未来の自分に救出されたのだ。
逆にいうと、過去の自分を助けたということになる。
お互いに「自分」だという認識はなかったが、一種の「ドッペルゲンガー」だと言って良いだろう。
ちなみに、ペットの猫も体脱中だったわけだが、モンローはなぜペットを悪霊と勘違いしたのか。
半眠状態の時や体脱前段階の時に霊に遭遇した場合、そのまま把握できずに想像や連想が入ることが多い。
坂本正道氏は、モンロー研究所のセッションで、幽界にいた過去世の自分を救出している。
内容は割愛するが、そのことについて坂本氏はこのように結論づけている。

「過去世の自分を今の自分が救出するというのは、論理的に考えて次の2点で矛盾しているようにも思える。
過去世と今生という2つの自分が、同時にほぼ同じ場所に存在するという点、救出された過去世の自分の未来が現在の自分のはずで、過去世の自分がフォーカス23に閉じこめられていたのなら、現在の自分は過去世の自分が救出されて初めて存在できるのではないか、という2点である。
しかし……自己の意識というのは同時にいくつにも分離して存在できる。
バイ・ロケーション(2つの場所に同時に存在すること)やマルチ・ロケーション(いくつかの場所に同時に存在すること)と言われるものである。
23に閉じこめられた過去世の自分と今の自分は、分離して存在していたと考えれば、論理的に説明可能だ」


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同様の事象は想念の世界だけではなく、亜空間(異3次元)でも存在し、1960年の『アメリカ連邦航空局年間』にミステリアスな記録がある。
1960年1月25日、ジョン・ウォールが操縦するセスナ182型機がアメリカのオハイオ州上空を飛行中、奇妙な雲が出現し、その雲に突入した次の瞬間、前方から木製の複葉機が飛んできた。
ウォールは慌てて機体を旋回させたが、複葉機の翼がセスナ機のボディに接触し、複葉機はそのまま消えていった。
ウォールは着陸後、セスナ機の片翼のくぼみと塗装の剥がれを確認し、接触事故の報告をした。
連邦航空局は、複葉機が逃げたことについて、航空法のもとに調査を始め、3ヶ月後、オハイオ州の古い牧場の倉庫で複葉機が発見された。
複葉機の翼に、ウォールのセスナ機と同じ塗装の付着が確認され、事件は解決したかに思われたが、その複葉機は長年飛行していない状態で放置されていたことが判明した。
更に、1932年の複葉機の飛行記録が発見され、「見たこともない金属製の飛行機と接触事故を起こした」と記されていたのだ。
調査員は、飛行記録が書かれたインクの成分分析をFBIに依頼した結果、時間経過を測る化学テストにより、確かに1930年代に書かれたインク跡だという結果が出ている。

この事件について、飛鳥昭雄氏の見解は次の通りである。

「この事件は、タイムスリップ事故としてアメリカでは有名だが、ウォールが過去に行って事故を起こしたか、複葉機が現在(同時)に来て事故を起こしたのかどちらかという見解が出されている。
しかし、真相はどちらも正しくなく、そしてどちらも正しいのである。
つまり、プラズマ・トンネルの内部の亜空間で両者が出会い、接触事故を起こしたというのが真相なのだ。
だが誤解がないようにしたいのは、亜空間を通れば過去や未来に行って、そこに住めるというのではない。
過去と現在が接触できるのは、共に両者が亜空間の中にある場合だけなのだ」

(「UFO2&世界統一政府計画」ワニの本)

また、ドイツの文豪ゲーテは、次のような奇妙な体験をしている。
21歳の時、ゼーゼンハイムに向かう小道を馬に乗って進んでいた。
すると、向こうからも馬に乗った男がやって来た。
近くまで来てよく見ると、その男は何と、少し歳をとった自分だったのである。
その少し歳をとったゲーテが着ている服は、明るいグレーで金色の縁取りがついているものだったが、当の本人は見た事もないものだった。
そして、馬の背で白昼夢を見ていたゲーテが目覚めると、夢の中の少し歳をとった自分も消えた。
その8年後、29歳になったゲーテはまたその道を通ったのだが、その時、自分が着ている服が、昔その道を通った時に夢に登場した歳取った自分が着ていたものと同じ服である事に気づいた。
それだけならただの予知夢だったという事になるが、何と今度は逆に、現在より若い自分が馬に乗ってやって来るのに遭遇したのである。

このミステリックな現象をどう説明するのか……。
一種のタイムスリップという解釈がされているだけで、明確な解明はされていないが、真相はこうである。
実は、人は誰しも、睡眠時にアストラル・トリップ(体外離脱)をしている。
「夢」というのは、その時の記憶の断片なのである。
「霊界は過去・現在・未来が同時存在している」と言われている通り、過去や未来に行く事も可能で、未来に行けばそれが予知夢となる。
まず、21歳のゲーテが見た夢の真相は、睡眠時に体外離脱をして8年後の自分に遭遇したのである。
そして、この3次元世界での8年後、今度は若い自分と遭遇する事になったのだ。

21歳のゲーテが未来にタイムスリップしたのか、29歳のゲーテが過去にタイムスリップしたのか、或いはそれが同時に起きた現象なのか……。
先述の飛行機事件と同じく、どちらも正しく、どちらも正しくない。
厳密に言えば、時空を超越した亜空間の中で両者が遭遇したのである。
これは一種の「ドッペルゲンガー」だと言えるだろう。

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量子力学のアプローチから見ても、人間界は霊界の投影であることは既にご理解頂けていると思うが、『日月神示』には次のように示されている。

「物質界は、霊界の移写であり、衣であるから、霊界と現実界、また霊と体とはほとんど同じもの、同じ形をしているのであるぞ。
故に物質界と切り離された霊界はなく、霊界と切り離した交渉なき現実界はないのであるぞ」


「死んでも物質界とつながり無くならん。
生きている時も霊界とは切れんつながりあること、とくと会得せよ」

「死後に於いても、現実界に自分がある。
それはちょうど、生きている時も半分は霊界で生活しているのと同じであるぞ」

「霊人は、その外的形式からすれば地上人であり、地上人は、その内的形式からすれば霊人である」


スウェデンボルグは次のように記している。

「幼い頃に死んで内的な天界へ入って来た者たちは、時間や空間が何であるかを知らない。
時間に関して言えば、その理由はこうである。
すなわち、そこの太陽はこの世の太陽のように回転しないために、年や日を生み出さないからである。
彼らはまた空間のことも知らない。
なぜなら、空間は彼らの生命の状態の変化に応じて様々に変化しているからである。
それゆえ、そこの空間は生命の状態に応じて、また距離や大きさの点で変化している。
そして彼らの空間はそうした性質をもつので、空間は依然存在してはいるものの、彼らは空間の概念を持っていない」

「私は彼らの幾人かと話し、『空間とは何ですか?また時間とは何ですか?』と尋ねたが、彼らは全然それについて知らなかった。
彼らは空間を、外観の変化に従って、美しい、または美しくない、と呼んだ。
時間については異なり、『時間とは生命の本質です』と彼らは言った。
しかし、そうしたものもやはり空間と時間であることが知られねばならない。
天使たちは空間・時間のどんな観念ももっていないということは、ここに述べたいくつかの理由によってそうなのである」

「彼らはまた、春・夏・秋・冬が何かも知らない。
それでも、彼らは熱と寒冷、光と陰の観念はもっている。
しかし、その観念を時間からではなく、彼らの生命の状態から得ている。
さらに彼らは、そこにあらゆる事物をこの世にある事物のように見ているが、それでもそうした事物を空間に応じてではなく、彼らの生命の状態に応じて認めている」


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『日月神示』は次のように示している。

「霊界に空間はない。それは内にある情動によって定まるが故である。
また、その理によって一定せる方位もない。
また、時間もなく、ただ情動の変化があるのみである」

「霊界には、時間がない。故に、霊人は時間ということを知らない。
そこには、霊的事物の連続とその弥栄があり、歓喜によって生命している。
即ち、時間はないが状態の変化はある。
故に、霊人たちは時間の変化はなく、永遠の概念をもっている。
この永遠とは、時間的なものを意味せず、永遠なる状態を意味するのである。
永遠ということは、時間より考えるものではなく、状態より考えるべきである」

「霊界には、物質界の如く空間はない。
このことを地上人はなかなかに理解しないのである。
霊界に於ける場所の変化は、その内分の変化に他ならない。
霊界に距離はない。空間もない。ただ状態の変化のみである。
故に、離れるとか、分かれるとかいうことは、内分が遠く離れていて、同一線上にないことを物語る。
物質的約束に於ける同一場所にあっても、その内分が違っている場合は、その相違の度に、正比較、正比例して、遠ざかっているのである。
故に、地上的には、同一場所に、同一時間内に存在する幾つかの、幾十、幾百、幾千万かの世界、及びあらゆる集団も、内分の相違によって、感覚の対象とならないから、無いのと同様であることを知り得るのである」


スウェデンボルグも同様のことを語っている。

「近づいていることは、内分の状態が類似していることであり、離れていていることは、それが類似していないことであることが明白である。
このことから、類似した状態にいる者たちは、互いに他の近くにおり、類似していない状態にいる者は遠ざかっており、天界の空間は内なる状態に相応した外なる状態以外の何ものでもないことが生まれている」

「霊界では、人は他の者に会いたいと切に望めば、その者の前に現れるのである。
なぜなら彼はその者に会いたいと切望することによって、その者を思いの中で見、その者の状態に自分自身をおくからであるが、反対に他の者に反感を抱くなら、その者から遠ざかってしまうのである」

「また誰でも、一つの場所から他の場所へ行くときは、それが自分自身の都会の中のことであれ、また中庭内のことであれ、または自分自身の社会の外にいる他の者のもとへと行くことであれ、その者がそのことを切実に願う時は、速やかにそこに到着するが、そうでない時はのろのろと到着し、道そのものは同一ではあるものの、願いのいかんによって長くも短くもなるのである。
このことを私は再三眺めて驚いたのである」


では、半田氏の続きを見てみよう。
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2010年11月16日

ミステリースポットとプラズマ亜空間の謎

(この本はイメージ画像であり、この記事の内容と関係ありません)
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ヒトラーは、ヨーロッパ制覇や第三帝国の野望などは持っておらず、ナチスの真の目的は、地底都市シャンバラを発見し、超人類の叡智を手に入れることだった。
神隠しという現象があるが、誘拐や夢遊病などを除いて、これは何らかの要因で、一時的に局所的に亜空間が発生してその世界に入ってしまうことで、いつどこから出てこれるかは全く分からない。
行方不明になった人間が数十年経って、全く歳を取らないまま、全く別の国で意識不明で倒れているところを発見されたケースもある。
下手をすると、出てきた場所が海の真ん中や宇宙空間ということもありえるし、二度と亜空間から戻ってこれない可能性も高い。
そのような不可解な亜空間は、アルザルに通じるプラズマトンネルではないだろう。

地球の次元上昇がどのような現象なのか、まずプラズマの持つ特性について知る必要がある。
大槻教授がセラミック板にプラズマを透過させる実験に成功しているのは周知のことだが、物質をプラズマに包めば、プラズマに包んだ別の物質を透過させることが出来ることが分かっている。
そして、1943年10月14日に行われたフィラデルフィア実験で、亜空間の存在が証明された。
戦艦エルドリッジ号に設置された大型磁場発生装置にスイッチを入れると、緑色の光る霧が発生して船体を包み込んだ。
すると、エルドリッジ号は徐々に透明化して姿を消した。
バミューダ海峡での消滅事件と同様の現象が、人工的に起きたのだ。
ところがその数分後、320キロ離れたバージニア州の軍港にテレポートした。
目撃者が唖然と見守る中、またしても緑色の霧に包まれて消滅し、再びフィラデルフィアの海軍工廠に戻ってきた。

だが船内では、世にも無惨な怪奇現象が起きていた。
全身が硬直して動けなくなった者、精神に異常をきたした者、体から炎を噴き出して人体発火して死亡した者、壁に吸い込まれて永遠に消えた者、壁と身体が合体してしまっている者もいた。
硬直や精神異常は、電磁波のマイクロウェーブによるダメージで、人体発火は灼熱のプラズマが引き起こした作用である。
壁と人体の融合は、プラズマが発生している間は亜空間が形成される。
亜空間は4次元ではなく、異3次元とも呼ぶべき異空間で、この3次元空間と空間が重なって存在する。
ところが、プラズマが消滅すると亜空間も消滅し、別々の三次元空間に存在した物体は、原子レベルで融合してしまうのだ。

これと同様、北極点で地磁気が集約して、地球内部を通過することで地球内部にプラズマ亜空間が発生したのが「アルザル」で、地磁気は常に循環している為に、アルザルは亜空間として存在し続けている。
だが、地磁気が消滅すると、アルザルは地球のコアと融合してしまう。
この地磁気を消滅させてしまうのが「彗星ケツァルコアトル」で、この星の誕生を合図にアルザル人が地上に脱出することが聖書に予言されている。
地磁気が消滅するとアルザルは消滅し、宇宙放射線から地球を保護しているヴァン・アレン帯も消滅する。
すると、太陽からの強力なプラズマエネルギーがダイレクトに届き、地球が灼熱のプラズマ球になる危険性もある。
だが、プラズマに一定のベクトルが働いていれば、地球内部の亜空間のように、灼熱にならずに亜空間を形成することが可能となる。

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では、次元上昇したミロクの世とは、地球全体が亜空間になるということだろうか。
否、亜空間はあくまでも3次元の物質世界である。
ミロクの世は、半霊半物質の世界だとされている。
今は確かなことは言えないが、異3次元の亜空間を形成するのは振動数の低いマイクロ・ウェーブで、高振動数の電磁波が交差すると、5次元以上の霊的物質界が形成されるのではないかと思われる。
現在アメリカが掴んでいるアルザルの出入口は、南北両極に開いたプラズマトンネルである。
また、シャンバラ(アルザル)の入口は、世界各地に数ヶ所あるという説もある。
旧ソ連の科学者の研究によると、地球の重要な地点を線で結ぶと、12個の五角形の平板で構成される12面体が浮かび上がり、更にこの平板の中央の点を結ぶと、20個の正三角形の平板を持つ正20面体が出来上がった。

この12面体の地球の交点上をを調べると、興味深い事実が判明した。
まず、エジプト、インダス河、ペルー、イースター島、イギリスの古代巨石文明が栄えた地域が存在する。
また、鉱床地帯や大断層、大油田地帯、地球のプレートや火山帯などがある地域ともほぼ一致している。
更に、20面体の頂点の位置に、北極、南極、バミューダ海峡、地中海南部、アフガニスタン、小笠原諸島海域、太平洋北部、アルゼンチン南東海岸沖、南アフリカ南東海岸沖、オーストラリア西海岸沖、ニュージーランド北部沖、南東太平洋という、世界の12大ミステリースポットや重力異常地帯と一致しているのだ。
この南北両極を含む12ヶ所が、地球内世界アルザルと通じているのだろうか。
チベットの山岳地帯では、UFOや怪光現象が頻繁に目撃されているが、チベットで伝承されている地底王国シャンバラは、アルザルのことである。

だが知花敏彦氏は、標高4000メートル以上にある、ヒマラヤのシャンバラ本部に行ったことがあるという。
知花氏によると、シャンバラとは「永遠」という意味で、見えない意識の世界で、イエスは13歳の時にここに訪れ、バプテスマのヨハネは18歳の時にここに訪れたことが、木切れに記録として書き残されていたという。
そしてシャンバラ本部のあるコーナーには、人類の数だけあるランプが灯る部屋があり、意識の高い人のランプは明るく、意識の低い人のランプは暗く、日本のコーナーのランプは全体的に暗かったが、人類総ての個人に、超意識の世界で指導が行われているのだとか。

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『カバラの真義』の著者ドーリル博士によると、シャンバラはもともと地上に存在したが、ヒマラヤの造山運動によって地中に没し、チベットの首都ラサから約1200キロ地下に下がっていくと、3次元空間が歪みを起こしていて、そこにシャンバラが存在するという。
ある霊能者の体験によると、ダライ・ラマからテレパシーを受け、幽体離脱によって山形山中から白銀色の大トンネルを通ってシャンバラを訪れ、そこには美しい花が咲き乱れ、ドーム型建造物が建ち並び、工場ではロボットらしきアンドロイドが働き、大トンネルにUFOが飛び立っていたという。
カリフォルニアのシャスタ山周辺でも、UFOや怪光の目撃例や、巨人族や小人族、賢人に出会ったという報告がある。

『超シャンバラ(ダイアン・ロビンス著)徳間書店』という本が注目を集めているが、それによると、シャスタ山の地下1.6キロに、テロスという地底都市があるという。
そして、このような地底都市は世界各地に120ヶ所存在し、地下で繋がってネットワークを築いているという。
そのネットワークの中心、地球の中心に位置する心臓部、地底都市中の地底都市がシャンバラだという。
1万2000年以上前にレムリアからテロスに移住したという、アダマと名乗る高僧が、ダイアン・ロビンスに次のように語っている。

「インナー・アース(地球の中心部に存在する空洞世界)で支配的な都市は、シャンバラと呼ばれている。
それは地球の中央に位置しており、北極と南極に存在する穴からアクセス可能だ」


そしてテロスの人々は、地球のアセンション(次元上昇)に取り組み、人類が光を内に認識し、人類が一つの家族に再統合するように働きかけているらしい。
また、ニューメキシコ州サンタフェに住むシャルーラは、1951年生まれということで身分証やパスポートを取得しているが、もともと1725年にテロスで生まれた300歳近い女性だという。
シャルーラによると、レムリア人の祖先は、約20万年前に惑星オーロラから地球に訪れた異星人で、極地方から地球内部に侵入し、巨大地底都市シャンバラを築いたという。

シャンバラは光に満ちた都市だが、地上のような都市は存在せず、大自然の田舎があるだけで、それでいて超科学技術と宇宙船基地を持ち、通貨や税金などはなく、平和と調和が保たれている。
そして、地底都市のネットワークは地球内部だけではなく、宇宙にも広がっており、銀河系の数ある惑星や次元で構成された銀河連邦のようなものがあるという。
この話はストーリー的には面白いが、私の感想としては、ある事実を基にしたフィクションだと思われる。
シャンバラ(アルザル)では既に、ミロクの世と呼ぶに相応しい理想社会が実現している。
だが、「亜空間=5次元世界」ではない。
では、5次元とはどのような世界なのだろうか。
4次元とどう違うのか……それをこれから検証していこう。
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解かれた封印「345の仕組み」と「日向族の役目」

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竹内氏が語る竹内神道の伝承では、出雲族と日向族の皇位争奪戦で最初に日向族が勝ち、次に出雲族が勝ち、その後、和合した出雲のスサノオと日向のアマテラスが婚姻関係を結ぶが、再び大規模な争いが起こって出雲族が敗退したとされているが、これはアリオンの情報(アートライン・プロジェクトの解釈)と一致する。
ここでいうアマテラスは卑弥呼のことだと思われるが、そうすると卑弥呼は日向族だったことになり、卑弥呼は出雲族だという私の説と異なるので、「アマテラス」という日向族の女性がいたということで話を進めよう。

アリオンは次のように述べている。

「日本という国の成り立ち、歴史、その他色々なことがその時々の為政者によって、隠され改竄されてきたが、もうこの国の魂はそれを許せなくなってきている」

「この国の魂」とは国常立尊であり、その復権宣告が『日月神示』であった。
アリオンによると、アマテラスとスサノオの婚姻を大反対していたアマテラスの義弟たちが、出雲族を東北地方へ撃退し、出雲族の聖地や日本の重要なエネルギースポットを呪術によって封印し、出雲族と日向族の関係は修復不可能な程の亀裂が入り、その強力な呪縛の影響が現在まで続き、日本は本来の力が発揮できない状態にあるという。
これが5度の岩戸閉じであり、黒住、天理、金光という出雲系の神々(エネルギーや霊)の復権の兆しが次々と起こり、大本によって岩戸開きの型示しが行われた。
それが日本と世界に移写拡大し、現在は岩戸開きの真っ只中にいるといえる。

アリオンは、アマテラスの義弟たちによる封印について、次のように述べている。

「アマテラスの義弟たちは345で構成される直角三角形を用いて、日本中に封印を施した」

「三角に結んだ契り、345の有限の封印…真ん中で閉じよ、開く為」


「345」とは何を意味するのだろうか。
『日月神示』にも似たような表現がある。

「てんし様の光が世界の隅々まで行き渡る仕組みが三四五の仕組みぞ、岩戸開きぞ」

「一二三の仕組みとは、永遠に動かぬ道のことぞ。
三四五の仕組みとは、みよいづの仕組みぞ。
御代出づとは、神の御代になることぞ。
神祀りたら三四五の御用にかかるから、そのつもりで用意してくれよ」

「一二三の仕組みが済みたら三四五の仕組みと申してありたが、世の元の仕組みは三四五の仕組みとなるのぞ。
五六七の仕組みとは、弥勒の仕組みのことぞ」

「三四五の仕組み出来ないで、一二三の御用はやめられんぞ。
この神示読んで三四五の世の仕組みよく腹の中に入れておいて、上の人に知らしてやりて下されよ。
三四五とは、てんし様の稜威、出づことぞ」

「一二三(ひふみ)、三四五(みよいづ)、五六七(みろく)、弥栄々々ぞ、神、仏、耶ことごと和し、和して足り、太道ひらく永遠、富士は晴れたり、太神は光り出づ、神国のはじめ」

「一二三、三四五、五六七ぞ。五の歳は、子の歳ざぞ」


アリオンのいう「345」と同様、岩戸開き、即ち出雲族が封印から解かれることが示されている。
日月神示では「五六七」を「みろく」と読ませているが、その前段階として「三四五(てんし様の御代出づ)の代」になるという。
五の年が子の年(2008年)だとすると、三の年は戌の年(2006年)ということになる。
そして「申、酉すきで戌の年、亥の年、子の年めでたけれ」と示されている。
やはり、戌の年(2006年)に生まれた悠仁親王が、てんし様(世界天皇)になる人物だと思われる。
アリオンによると、「3」は日向族を象徴し、「4」はアマテラスの義弟たちの数字で、4に沿って人々が行動した歴史や経験が足されて「5」が生じたという。

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またアリオンは、こう言っている。

「日向族は3のつく地名に345の封印をした」

「アマテラスの義弟たちが隠れ、逃げ込んだ地域が四国だ」


「八」を象徴する出雲族の地域には、何故か「三」のつく地名が数多く存在するが、日向族が「八」を「三」に塗り替えて出雲族を封印したということだろう。
また、四国といえば、三種の神器を入れる「契約の聖櫃(アーク)」が隠されていると噂される剣山がある。
私の考えでは、アークは恐らく伊勢神宮にあり、剣山には草薙剣(アロンの杖)が隠されている。
そして四国には、皇室の祭祀儀式を取り仕切る、裏神道祭祀集団の秦氏支族の「忌部氏」が根付いている。

話を進めるが、アリオンは「アマテラスの義弟たちは345で構成される直角三角形を用いて、日本中に封印を施した」という。
アートライン・プロジェクトの調べでは、日向族を示す「三」のつく地名は山口県から京都の丹波にかけては「三隅」「三坂峠」「三瓶山」「三次」「三良坂」「伊予三島」「三好」「三野」など、平地を占領する日向族と、「八方尾根」「八甲田山」「八重山」「八ヶ岳」「郡上八幡」など、山間や山岳地帯に逃げ込む出雲族(八)という構図が見て取れるという。

また、アリオンによると、「五」と「ご」がつく地名が345の封印に利用されたという。
アートライン・プロジェクトの調べで「ご」がつく地名は、一例を挙げると、静岡県の「御殿場」、中四国に多い「郷」、日本中の「御前山」「御前岳」「権現山」があり、「五」のつく地名は香川県「五色台」、青森県「五所川原」、奈良県「五條」などがあり、五色台の周りには「三木」「三加茂」「三崎」「三野」があり、剣山国定公園には「三嶺山」があり、奈良県五條の西の和歌山と大阪の県境の和泉山脈には「三国山」があり、直角三角形の一辺になっているという。
つまり、日本列島はアマテラスの義弟たちによる「出雲族の封印」が、至る所に仕掛けられているという。

アリオンは次のようにも述べている。

「8は3の中に、4は5の上に、9は12によって飾られるべし」

「9はニギハヤヒの隠された数字である」

「ニギハヤヒは奈良県三輪山に葬られている」


「12」は1+2=「3」でもあり、「イエスの12使徒」「イスラエル12支族」との関係も無縁ではないだろう。
更に、次のように示されている。

「3の封印は、4と5に依って鍵の目が合い、そこに更に6なる力が加わって初めて日の目を見る」

「4と5を用い3を開けても、6の力が加わったとしても、6なる数が7と9の影響下にない場合、封印された智慧と力は無に帰す」

「9は4と5に分けられることに注目せよ。
且つ、9と4は大事な力の交点を示すことに注目せよ。
3に必要なのは、始めに4と5、そして4と3であり4と5である」

「8は全てを統率し、全てを破壊し得る。
3は8によって護られ、導かれるだろう。
8を封じた渡来系の力を強めているのは、祖土(オヤツチ)を蔑ろにするこの国の民人である」


尚、日月神示では「日向は神を迎えるお役ぞ」と示されている。
この辺りの詳しい解説は、『アーリオーン・メッセージ(アートライン・プロジェクト)徳間書店』をお読み頂きたい。

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アリオンは次のようにも示している。

「愛国の民を陥れたる真の闇帝王、封印に執着するも終わりを知る」

「日向の直角三角形の封印において4の辺上に9つのポイントがある。
うち一ヶ所で日向は封印をしており、残り8ヶ所は偽物のポイントである」

「日向の封印は、それぞれ封印された地域に住む人が気づき、解きに行くだろう。
345の封印は日向の手によってかけられたのだから、日向の手によってしか解くことができない。
日向の血を受け継いだ者が、この本を読み345の封印の知恵を得たら、4の辺上にあるたった一つのポイントに直観で気づき、自らそこへ行くだろう」


封印とは、恐らく神社が関係し、その封印を解くのは、日向族の呪術集団であるアマテラスの義弟たちの子孫、それは恐らく秦氏だろう。
そして、この封印が解かれたことによって、悠仁親王が誕生したのだと思われる。
また、全国の山や神社の位置関係は、日向族の呪術(カッバーラ)で形成されており、これによってまだまだ出雲の神々の働きが封じられているようだ。

アリオンはこう語る。

「人の失敗は人の手によって修復してほしい。
私たち神霊族が修復するわけにはいかない」

「既にカミの側からの大きな力は顕現しつつある」


神はエネルギーであり、肉体を持たない神は物質界に影響できない。
神のプログラムを成就するには、神の力と人間の力の融合が必要ということだ。
前述の影の組織『シークレット・オーガニゼーション』の活動の一端を垣間見ると、それがよく理解できるのではないだろうか。
次は、封印された「8」のについて見ていこう。
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近未来世界を解く5次元と時空の謎

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森田健氏は「4次元は作られた運命が存在する場所で、5次元はそれを変更できる場所」、つまり4次元は「結果の世界」で、5次元は「原因の世界」だと定義している。
人間界が霊界の投影であるという事は従来の宗教も説いてきた事である。

ESP科学研究所の8次元パワーも、5次元の生命体から授けられたものだと思われる。
政木和三氏が、ESP創始者の故・石井普雄氏をひと目見るなり「あなたのパワーは7次元です」と言ったエピソードがあり、「その後パワーアップして8次元パワーになった」と石井氏は著書に書いているが、パワーアップしたからといって次元が上がったとは限らない。
政木博士がいう次元とは、「フーチパターン」という人間測定の表し方で、普通の人間の肉体を5次元として表現し、その生命体を6次元と呼んでいる。
つまり、政木博士のいう7次元とは、一般通念では5次元ということになる。
政木氏曰わく、究極的な精神修行によって8次元(一般通念でいう6次元)になれば、物質化現象やテレポーテーションなどの超常現象が起こるという。

だとすれば、ESPのパワーは5次元エネルギーということになる。
コペルニクスの地動説やニュートンの万有引力理論によって、人類は3次元の概念を獲得した。
その後、アインシュタインによって4次元時空の概念がもたらされたが、人類はまだそれを感覚的に認識するには至っていない。
私が知る限り、おそらく最初に「5次元」の概念を提唱したのは、半田広宣氏である。

『2013:人類が神を見る日/徳間書店』から、5次元についてのオコツトの説明をピックアップしてみたい。

「5次元対称性を理解するためには、当然のことながら、まず4次元対称性を見るための感覚機能を発現させなければなりません。
しかし、あなたがたが今持っている3次元認識からこの4次元認識への移行は同じ1次元の差であっても、2次元から3次元へと移るのとはかなり大きな違いがあります。
3次元から4次元へのシフトには人間型ゲシュタルトの解体が必要となるのです。
4次元認識をあなたがたが獲得するためには、まず、あなた自身の意識の位置(表性=タカマガハラ)を作り出さなくてはいけません」


4次元は時間の方向性だが、オコツトによると、それは人間の内面においてはそうだという。
そして、人間の内面において4次元対称性を描像するのは不可能で、人間の意識の位置を発見するというのは、人間の外面を発見することと同じ意味を持ち、それによって4次元対称性を理解することができるという。
少し分かりにくいが、次のように補足している。

「人間の内面とは、あなたがたが外在と呼んでいる世界、人間の外面とは全く同じくあなたがたが内在と呼んでいる世界のことを指します。
本当の外宇宙というのは、あなたがたの心の中の方向にある…とでも言っておきましょうか」


つまり、人間が宇宙と呼ぶ物質世界は人間の内面であり、次元観察子ψ1とψ2領域に対応しているというのだ。
オコツトは、宇宙のことを「すべて有機体の妄映です」と語っている。

「あなたたちが外在世界として見ているものは、第7太陽系次元における定質と性質の交差が作り出した影だということです。
4次元対称性の認識が生まれてくると、物質という概念は全く意味をなくしてしまうでしょう。
概念がなくなるのですから、物質が消えてしまうと言ってもよいのではありませんか。
…1999年の人類滅亡とは、物理的にこの地球が壊滅するということではなく、人間の宇宙認識に極めて大きな変化が起こり始めることと考えて下さい。
確かに太陽も働きを失っていくわけですから、物理的な意味での滅亡もいずれ起こることになるでしょう。
しかし、それは滅亡というよりも、むしろ人間の意識進化の結果として、進化の方向を持てなかった人間の意識に現れてくる実現象のようなものです。
このことが起こるのは時期的には位置の等化(1999年)よりまだ幾分先のことです。
いずれにせよ、今のあなたがたの意識の在り方からして見れば、想像を絶するような宇宙観の変革がここ数十年の間に訪れてくることになるはずです。
この変革はあなたがた地球人が現在持っているプレアデス的統制のすべてをその根底から覆してしまいます。
シリウスからあなたへのこの関与は、その変革を作り出すための一つの強力な力となっていくでしょう。
この力によって多くの人間が最終構成の働きを、滅亡ではなく、意識進化へとその意味を変えていくことができるのです」


太陽系は物理的に滅亡するが、人類の意識は進化するのだ。

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では、肉体はどうなるのか……オコツトはいう。

「変換人の意識に進化すれば、死は克服されます。
これから起こる意識進化とは、人間が生きながらにして死後の世界へ入っていくという言い方ができるかも知れません。
その意味で言えば人間は不死となります」


つまり、地球が5次元にアセンションし、半霊半物質になるということだ。
意識の等化とは、人間の意識が次元観察子ψ5領域に入ることを意味し、オコツトは、1999年から人間は5次元対称性を認識するようになると告げていた。
2007年現在、とてもそのようには思えないが、1999年前後から、5次元世界を提唱する人が増えてきたことは事実である。
森田氏の「いのちの世界」の図によると、フォーカス28〜34の上に、地球生命系の最高次元領域フォーカス35(5次元)が存在する。
森田氏は、モンロー研究所のヘミシンクでフォーカス35に行った時の体験を、『「私は結果」原因の世界への旅(講談社+α文庫)』の中で語っている。

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以下は、森田氏とガイドの対話の要点をまとめたものである。

「フォーカス35と3次元の世界とはどのくらい離れているのでしょうか」
「離れていません。距離はほとんどゼロです」

「私自身は何万光年も飛んできたイメージがあります」
「あなたにはその感覚が必要なのです。
あなたは物理的に理解していくタイプですから。
でも他の人は違います。
精神世界に生きている人はあなたほどの飛行体験はなかったと思います。
それは必要ないからです。
肉体に留まったまま実在領域(5次元)の私たちと接触することも可能なのです」

「これだけ飛んできて距離がないと言われてもピンときません」
「あなたは高次元を空間だと思っていませんか?
あなたの世界には、空間の要素が3つあるのに対して、時間の要素はひとつしかありません(全部足すと4次元)。
だからどうしても5次元の要素を空間だと考えてしまいます。
それをどうして時間だと考えなかったのですか?」

「あなたが言った時間というのは、私たちの世界を流れている時間とは違う時間帯のことですか?」
「高次元の世界はそれほど窮屈ではありません」

「つまり答えはYESなんですね。
そうすると話は振り出しに戻ってしまいそうだ。
いのちの世界の図は間違っていたのかな」
「そんなことはありません。時間と空間は同じように考えることもできます。
あなたが飛んできた空間は「時間」だったけれど、まるで「空間」のように飛んできたのですから。
だから、いのちの世界の図のようにフォーカス35までの世界を空間的に捉えることも、決して間違っていません」

「あなたが『距離はほとんどゼロだ』と答えたのは、空間的距離がゼロだという意味だったんですね」


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『日月神示』や知花氏の言う通り、高次元は遠く離れた場所に存在しているのではないのだ。
それは当然である。5次元の中に4次元があり、4次元の中に3次元があり、3次元の中に2次元があり、2次元の中に1次元があり、1次元の中に0次元があるからである。
そして、次元が上がるほど粒子が小さくなっていくと思えば良い。
万物が素粒子で構成されている事を考えると理解しやすいと思う。

さて、森田氏が未来を見たいと要望すると、ガイドは光り輝くエネルギーボールになって先導した。
そして下の世界に降り、地上500メートル辺りを時速2万キロくらいのスピードで、アメリカ、ヨーロッパ、東南アジアを飛行し、ガイドに問いかけた。

「今飛んでいる地球は、いつ頃の未来なの?」
「知りません」

「知りませんだって?そんな無責任な。
あなたたちともあろう者が、時間のカウントをできないのですか?」

「私たちの世界には、人間の作り出したような時間カウントは元々ないのです。
この未来はいつ実現するかわかりません。
明日かも知れないし、三千年後かも知れないし。
だけど、この未来には人間が見えないので、少なくとも1年以上は先です」


森田氏が高度を落として飛行してみると、人間も家も、人工の建造物も何もなかったという。

「いつか、人間は滅びるのですか?」
「そんなことはありません。これは自然の未来です」

「自然と人間とは未来が違うのですか?」
「高次元があったとして、それを3次元にするにはどうしますか?」

「断面、または投影です」
「そうです。
これから私たちのコミュニケーションにおいて、投影という方法がとても大事になるでしょう。
いま見ている風景は、自然側の投影なのです」

「人間側の未来は別にあるのですね。
そしてある時点でその2つは合成されて投影される。そうですね」
「その通りです。
人間の未来はせいぜい3日後くらいしか確定していません。
選択肢が多いため、未来へ行くにしたがってぼやけてくるのです」

「自然はそういうことはないのですか?」
「ほとんどありません。自然の未来はほぼ確定的です」

「ということは、下を見ると緑ばかりですが、これが未来に訪れるのですね」
「そうです。もうすぐ日本の上空です」


森田氏によると、欧米の自然はいわゆる自然のままで、ジャングルはジャングルとして存在し、人間が自然と別々に住むことを選択したという。
日本は東京も緑に覆われており、自然には計画的に人の手が入って、森が大きな葉の形にリフォームされ、空から自然の盆栽を見ているようで、日本人は自然と共存することを選択したという。
地球全土がこのような緑溢れる環境になるのは、恐らく2020年以降だろう。
シャンバラ(アルザル)の都市も、地上人が考えるような文明都市ではなく、大自然に囲まれた田舎である。
アルザル人が地上に帰還し、地上もそのような環境になっていくのだろう。
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幽界の謎と4次元世界の検証

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アインシュタインの一般相対性理論では、時間と空間が結び付いて4次元を構成する。
それは地球の自転に引きずられて時空が歪むというもので、時間と空間からなる4次元は、3次元立方体の各面に対して直角になる方向に存在し、球面上のように曲がった空間で、その曲がり方が重力を表すとする。
精神世界でいう4次元は、宗教などで幽界と呼ばれている世界で、恐怖・不安・怒り・恨み・嫉妬・エゴなどの人間の想念や霊言で生み出された幻影の世界で、いわゆる幽霊や悪霊はこの世界に属するといわれている。

死後の世界は大きく分けて、「幽界」「霊界」「神界」の3つがある。
4次元が幽界だとすれば、5次元は霊界ということになる。

日月神示には次のようにある。

「天から気が地に降って、ものが生命し、その地の生命の気が又天に反影するのであるが、まだまだ地には凹凸あるから、気が天にかへらずに横にそれることあるぞ。
その横の気の世界を幽界と申すのぢゃ。
幽界は地で曲げられた気のつくり出したところぢゃ。
地獄でないぞ」

「幽界と申すは道を外れた国のことざと知らしてあろうがな」

「下級霊は現実界と紙一重の所に住んでいるのであるから、その感応は極めて強く、如何にもおもしろく人民の目にうつるものであるぞ」

「幽界は人間界と最も深い関係にあり、初期の霊かかりの殆んどはこの幽界からの感応によることを忘れるでないぞ」

「霊界と申しても神界と幽界に大別され、又神界は天国と霊国に分けられ、天国には天人、霊国には天使が住み、幽界は陽界と陰界に分かれ、陽霊人、陰霊人とが居る、陽霊人は人民の中の悪人の如く、陰霊人とは善人の如き性をもっているぞ。
高い段階から申せば善も悪も、神界も幽界もないのであるが、人民の頭で判るように申しているのであるぞ。
幽界は本来は無いものであるが、人民の地獄的想念が生み出したものであるぞ」

「迷信であってもそれを信ずる人が多くなれば、信ずる想念によって実体化し、有力な幽界の一部をつくり出すことがあるから気付けておくぞ。
無き筈のもの生み出しそれが又地上界に反影してくるのであるから心して下されよ。
今の人民九分九厘は幽界とのつながりをもつ」

「霊的良識は、神示や神典類によって、又体験によって養はれ、又高度な科学書も参考となるものぞ、科学を馬鹿にしてはならん。
幽界の霊であっても高度のものともなれば、神界の高級神霊と区別することがむつかしいぞ」


スウェデンボルグも、天国と霊国に分かれていると述べている。
そして、いわゆる地獄というのは幽界のことで、中でも陽霊人の住む世界が魔界ということになる。
だが、幽界は人間の地獄的想念が実体化した世界で、本来はないという。
だとすれば、4次元は本来ないということになるので、「4次元=幽界」という定義は間違いだ。
幽界は4次元の一部ではあっても、「=」ではない。

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地球がプラズマベルトに入ると5次元になるというが、日月神示には次のように示されている。

「霊界には時間、空間は無いと申しているが、無いのではないぞ。
違って現れるから無いのと同様であるぞ。
地上界に山や川もあるから霊界に山や川があるのではない、霊の山川がマコトぞ、地上はそのマコトの写しであり、コトであるぞ、マが霊界ぢゃ、地上人は、半分は霊界で思想し、霊人は地上界を足場としいてる、互いに入りかわって交はっているのぞ、このこと判れば来るべき世界が、半霊半物、四次元の高度の、影ないうれしうれしの世であるから、人民も浄化行せねばならん、大元の道にかへり、歩まねばならん、今迄のような物質ではない物質の世となるのであるぞ」

ミロクの世は4次元だというのだ。

故・関英男博士は、著書『高次元科学2(アート出版社)』の中で、このように説明している。

「3次元から4次元に移行するとき、時間という考え方をしてしまうのでこんがらがってしまう。
これはあくまでも数学的な考え方で、私がいう高次元とは次元の意味が違います。
今のところ五感で感じられる世界を3次元、感じられない世界を高次元という定義の仕方で良いのではないでしょうか?」


知花敏彦氏も同様に説いている。

「次元というのはバイブレーションの違いであって、特定の次元はないのです。
あそこに何次元があって、ここに何次元があると言う大嘘つきに騙されないことです。
これをドグマ的、観念的というのです。特定の次元はあるはずがないのです。
私は何次元から来たものですと言うのは自己顕示欲の強い人で、嘘をつく指導者が世の中に非常に多いのです。
私が出てきた所と、あなたが出てきた所は異ならないで、同じ次元から出てきているのです。
気体のバイブレーションを下げると個体になり、固体のバイブレーションを上げると気体となります。
これを波動といっています」


そして、こう表現している。

「この世では、見えないものなくして、すべての見えるものは存在していません。
水蒸気なくして、この氷という個体は存在できません。
この氷の本源本質は気体であるのです。
気体から液体になり、液体から個体になっているわけです。
そこにはバイブレーションの高さの違いがあるだけです。
空はバイブレーションが高く、その次に高いのが水で、一番低いのが氷という個体です。
私たちも、肉体(個体)、幽体(液体)、霊体(気体)という三位一体から成り立っています。
霊というのは不可視、見えないもの、気体という意味です。
気体、液体、個体という三位一体で我々の肉体が維持され存在しているのです。
この世のみなさん方の言葉で言いますと、霊体、幽体、肉体。
すなわち、霊界、幽界、物質界という形になっています」

(「釈迦とイエス 宇宙法則を語る」廣済堂)

次元とはバイブレーションの違いであり、1次元や2次元が3次元世界の断片であるように、3次元も多次元世界の一部で、総ての次元は重なり合って存在していることになる。

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ここで冷静に考えてみて頂きたい。
0次元は点、1次元は線、2次元は平面、3次元は縦・横・高さの立体である。
もし、0〜2次元に人間がいると想定してもらいたい。
0次元の人間は1次元を認識できない。
1次元の人間は2次元を認識できない。
2次元の人間は3次元を認識できない…はずである。
3次元の人間も4次元を認識できないからである。

だが、1次元の人間は0次元を認識できる。
2次元の人間は1次元を認識できる。
3次元の人間は2次元を認識できる。
4次元の人間は3次元を認識できる。

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お分かりだろうか。
3次元の人間は、3次元の中での縦・横・高さの物質は認識できるが、自分が縦・横・高さの世界に存在しているという認識が出来ていないという事を……。
次元とは結局、空間認識の拡大である。

体外離脱した世界を4次元と仮定しよう。
その時、正面を向いていても、後ろの景色も把握する事が出来たりする。
また、思った場所にテレポーテーションする事が出来るのである。
それと同時に、肉体を脱いだ幽体は、肉体よりも極微の粒子で構成されている。
つまり、SF的なテレポーテーションというよりは、光子のように移動スピードが速いという仮説が成り立つ。
5次元に上昇すると、幽体を脱いで霊体だけの存在となり、ボディの構成粒子は更に細かくなり、空間認識もますます拡大し、移動速度も速くなるのである。
つまり、4次元は3次元に時間をプラスした世界という訳の分からない世界ではなく、物質や時空の制限を超越した世界と言う事が出来る。

次元の詳細は断定できないが、6次元くらいになれば霊体も離脱し、意識だけの存在と成って宇宙空間と同化する。
その宇宙空間の正体は、霊体を脱いだ意識だけの自分と同じ存在たちの集合体である。
それが私が体験した「天人合一」「宇宙即我」である。
次元が上がるにつれてそれが拡大していくと考えて良い。
そう考えると、宇宙そのものが「集合意識」で構成される生命体(宇宙神)ということになる。

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さて、人間は死後どうなるのか…『日月神示』を見てみよう。

「天地の中間を中界と申すぞ、天の息吹きと地の息吹きの中間ぞ、天国へ行くものも、行かんものも先ず落ちつく、死後のはじめての世界であるぞ…
地の世界と中の世界と、天の世界と、みな同じであるから、もちつもたれつであるから、三千世界であるから、地の上に禍あると、天の国にも禍ふのであるから天の国の生活は地の上に根をつけているのであるから、遠くにあるものでないぞ。
同じ所にあるのであるぞ」
(日月神示)

この「中界」とは、スウェデンボルグのいう「精霊界」である。
1996年、アメリカのフェルミ国立加速器研究所の国際共同実験グループは、クオークが更に極小の粒子サブクオークから構成されている証拠を発見した。
総ての物質は究極粒子クオークとレプトンの組み合わせや相互作用で構成されているが、これを「標準理論」といい、素粒子物理学や宇宙物理学の基礎となっている。
現在の量子力学では、少なくとも6種類あるとされているクォークの中で、基本粒子の最後の1つであるトップクォークまで確認している。

超ひも理論では物質の最小単位は点粒子ではなく、幅も太さもないひも状のものと考えている。
そのパターンは多数想定され、ひもの自由度を座標軸に入れると最低でも10次元、南部型ひも理論では26次元まであるいう。
この世は時間軸を入れて4次元として扱い、残りの次元は宇宙発生直後に小さくなり、3次元から見えなくなったという。
26次元というのはオコツトの説明と一致し、超ひも理論はある部分においては、真理の断片を掴んでいるといえる。
だが、超ひも理論では真空は空っぽで、タキオン等の超光速粒子を否定する立場にある。

そこで登場したのが超球理論。
真空は常に一対の量子(粒子と反粒子)を形成し、同数の粒子と反粒子で充満している。
これを超球とし、真空には超球が充満しているとするのが「超球理論」である。
これは政木氏の「バクトロン仮説」にも通じるが、カタカムナ文献が伝える内容と一致している。
この「超球理論」とは異なるが、4次元について、森田健氏は『不思議エネルギーの世界3』の中でこう解説している。

「3次元の物体を切断した断面は、2次元になる。
たとえば、縦×横×高さにもうひとつの空間を加えた、空間4次元の世界に球があったとしよう。
4次元の球なので、超球と名付けることにする。
この超球が、あなたの部屋を通過していったとする。
まず、あなたの目の前に点が現れるはずである。
超球があなたの部屋の3次元の空間に接触した瞬間だ。
そして点は見る見る大きくなり、ボール大の球になる。
さらにそれは大きくなり、ビーチボールくらいになる。
もし4次元の超球がとてつもなく大きかったら、あなたは球と部屋の壁の間に押しつぶされてしまうはずだ。
しかし、幸いにもビーチボールの大きさが超球の直径だとすれば、その大きさが最大で、あとはどんどん小さくなって最後には点になって消えてしまう。
これは4次元の球を3次元の空間で、次々に切断したことを意味する。
我々が現在感じているこの3次元の世界は、高次元の投影、あるいは断面でないと誰がいえようか。
言い方を変えれば、高次元の媒体の動きを投影したものが我々の体であり、世界を形作る物体である。
実在そのものは、もっと高次元にあるという仮説だって成り立つ。
神は高次元にいるという人がいる。
神は私たちのすぐ近くにいるという人もいる。
高次元がどこにあるかについてだけ言えば、この考えは正しいと思う。
まさに我々は、高次元の中そのものにいるのだ。
たとえば、縦×横×高さに加えてもうひとつの空間次元があったとしよう。
それは、我々が今いる宇宙の果ての、境界の向こうにあるのではない。
まさに我々の身体のあらゆる部分がそこに接しているのだ」


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モンロー研究所では、意識状態をフォーカス・レベルという概念で表している。
そこで森田健氏は「いのちの世界の図」というのを作成している。
それによると、フォーカス1〜21が3次元となっているが、3次元は単一空間ではなく、その中に超能力者が瞬間移動に使う空間があるとしている。
これが「亜空間」だ。

次に、フォーカス22という領域がある。
モンローは、ここをヒューマン帯と名付け、森田氏は物質界想念反射層と呼んでいる。
森田氏のガイドの説明によると、このフォーカス22は人間から発せられる強烈なマイナスエナジーを吸収・反射させる電離層のような役目を果たしており、自然が作った未来の図にはこれはなく、いずれなくなるという。

日月神示でも、「ミロクの世になると幽界はなくなる」としている。
つまりフォーカス22は、4次元の一部である幽界なのだ。
フォーカス23に来ると景色が暗くなり、自殺者など、何かに囚われて孤立した霊がいる世界で、3次元の人間を脅したりするという。
ここも4次元の一部で幽界だが、何かに縛られた「囚われ領域」ということで、意識次元として2次元と表現されている。

次にフォーカス24〜26があり、ここは信念体系領域で4次元とされる。
森田氏のガイドの説明では、この領域は他のグループと対立・競争し、個人の生き方としては、努力したり律したりしているという。
人間界の常識では、信念・努力・自分を律するということは美徳だが、宇宙法則からは外れていることになる。
そして、「これから世の中は変わり、価値判断が反転する」とガイドが説明している。
対立や競争はパイシスのエネルギーで、世の中が変わって価値が反転するとは、アクエリアスの時代の到来を意味する。
また、日月神示も「戒律があるのは幽界」だと示している。

次のフォーカス27は輪廻転生地点で、死後ここに到達すると3次元に生まれ変わるそうだが、ここまで来れずに途中で留まる霊が多いという。
つまり、4次元の幽界に何十年、何百年と留まる霊が多いということだ。
そして、フォーカス27に到達すれば生まれ変わる…ということは、フォーカス27を超えて5次元に行ける者は非常に少ないということになる。

死後、5次元の世界に行く為には、生きている間に5次元に行く必要がある。
モンロー研究所のヘミシンクCDで5次元を体験する事も出来るが、
それは人工的に脳波を調整しての事であって、真に意識進化が伴っている訳ではない。
輪廻を脱却して5次元世界に行くのは、瞑想の達人である修行僧・聖者だけである。
それは世俗から離れて精神世界を探究する特殊な人達というのが通例であるが、
終末期である現在、5次元世界の扉は万民に開かれたという事をお伝えしたい。
http://world888.seesaa.net/
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無限遠点が導く変換人型ゲシュタルトと鏡像反転の真相

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空間の中に物質があるという認識は、人間の存在は、大宇宙に存在する一粒の砂のような地球に付着する微生物に過ぎないという感覚を生み出している。
この3次元的な人間型ゲシュタルト思考をオコツトは逆転、無限大と無限小の方向性を等価させることを説いているのだ。
そして、人間と宇宙は表裏一体であり、人間が存在しない宇宙など有り得ないという。

「人間の誕生と宇宙の誕生は同時的出来事です」

半田氏は言う。

――彼らシリウスの世界体系の中では、私たちが客観世界と呼んでいる外的宇宙は人間の意識の最も下位の形態として見なされていなかった。
そして、そこに展開されている様々な物理現象は宇宙精神の全体性、つまりタカヒマラが持った影のような存在だというのだ。
さらにオコツトは、私たちの主体と客体と呼ぶもの相互の関係性が、オリオンとプレアデスの重合関係によって生み出されていると言った。
つまり、次元観察子ψ1〜ψ13はタカヒマラにおける最下位と最上位という関係にも関わらず、私たちが単に空間と呼ぶモノの中で互いに重なり合っていると言うのだ。
これはちょうど古代人の宇宙観に登場する「ウロボロスの蛇」と呼ばれる自分の尻尾を噛むヘビが言わんとする構造に似ている。
そして、この重合しているψ1とψ13の関係こそが、〈物質〉と〈人間の身体〉との関係らしい。
オコツトによれば人間の肉体の全機能は前次元の定質の力が作り出しているもので、〈物質〉は性質が作り出しているということだった。
彼の言うことが本当だとすれば、身体と物質の間には創造を絶する距離が存在していることになる。
このような世界のイメージは、過去の宗教哲学が常に語ってきた内容を彷彿させる。
仏教で言うところの「色界」、カバラにおいては「マルクト」、プラトニズムにおいては「洞窟に映る影」など、古代の神秘思想の伝統は一様に物質世界は単なるマーヤー(幻影)であり、そのマーヤーの本質は高次にある霊的な力の流動にあると説いてきた。
さらに、神話で語られる宇宙発生のイメージはそのほとんどが人間の発生と同等視されており、それらが語るのは〈私〉と〈世界〉、すなわち内界と外界の分裂の物語なのである。
しかし、現代では、それらの多くの物語が単なる未開な人間たちの稚拙な空想の産物として片付けられている……。
還元論や機械論的な構造認識の枠から脱して、しかも近代科学が構築してきた膨大なる知の体系を、主客一体の視点から一貫したロジックのもとで矛盾なく説明できる新種の構造概念なんて本当にあり得るのだろうか……。
もし、その世界へのパスワードが見つかれば、それは地球の未来を大きく変えていくに違いない。
私たちは新たな進化のステージに立ち、この狭苦しい現実へ同化した理性をさらなるフロンティアへと向かわせ、新しい世界秩序のもとに全く違った現実感覚を提供していくことができるのだ。
ニューリアリティー、ハイパーリアリティー……その構築作業は人間の歴史からの脱出であり、宇宙的人間の誕生を意味するだろう――


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オコツトと半田氏のコンタクト

「小さな部分が寄り集まって大きな全体が組み立てられているという考え方、これは物質という概念が基盤になって作り出されているものです」
「では、実際にこの人間型ゲシュタルトから私たちの思考を解放していくための新しい思考様式とは、どのようなものでしょうか」

「そのためには、空間に潜在化している本当のカタチを見出さなければなりません」
「空間に潜在化している本当のカタチ…というと、その思考様式というのは単に思弁的な哲学概念ではなく、具体的なカタチを持ったものとして存在するということですか」

「ええ、変換人にとっての幾何学の体系が存在しています」
「それを見つけ出す空間認識が変換人型ゲシュタルトですね」

「そうです。このゲシュタルトを作り出していく為には、まず〈見つめているもの〉と〈見つめられているもの〉との関係性に生まれているカタチを発見しなくてはなりません。
私たちがいうカタチとは、見ているあなた自身と切り離されて存在し得るものではないのです」
「カタチが僕と切り離されて存在し得えないというと?」

「ここに生まれるカタチを把握していくためのキーコンセプトとなるものは、あなた方が空間と呼ぶものの中にあります。
単に〈私〉と〈モノ〉が一体であると観念的に把握したとしても、そこにはいかなる構造も生み出されてはきません。
あなた方の哲学が力を持てなかったのも、この一体性に具体的な構造を与えることができなかったからです。
〈私〉と〈モノ〉が作り出す関係性を空間の幾何学として抽出し、それらを客観的に観察する視座を獲得することが大切です。
そうすることによって、この視座を持った新しい〈私〉は、今まであなた方が主体と呼んでいたものとは全く別のものとなっていきます。
つまり、空間に満ち溢れている、あなた方にはまだ見えていない実在のカタチをはっきりと知覚化することによって、あなた方は従来の主体と客体という2元性から解放されていくのです。
この作業によって生まれてくるゲシュタルトは物質ではなく、意識自体のゲシュタルトということになります。
そのゲシュタルトの確立によって、あなた方の思考対象は見ている対象物が存在する空間システムではなく、見えることを成立させているメタ空間のシステムへと変移していくわけです」
「それに似たことは量子論の中でもすでに50〜60年前から言われています」

「勿論そのことも含まれていますが、私がここで言っているのは、実際にあなた方が普段経験している日常的な空間においても、あくまで、あなた方は見ている世界と鏡の関係でしかないというスタンスを持って構造の枠組みを形作るべきだと言っているのです。
それに気づけば、量子論があなた方に提示している哲学的命題も簡単に解決されるでしょう」
「量子世界の構造が日常的な空間と何らかの関係を持っていると言われるのですか」

「もちろんです。シリウスから見ると量子の世界とあなた方の意識を構成している空間とは完全に重畳しています」
「意識の空間と量子が同じもの?」

「主体と客体の関係性に形作られている幾何学が展開されていく空間は、あなた方が複素空間と呼んでいるものと数学的には同型対応していくことになるでしょう。
量子的な空間とあなた方の意識を構成している空間は、私たちにとっては全く同一のものとして見えています。
あなた方が量子世界の中に見ている構造は、意識を構成するための高次元空間の射影のようなものと考えて下さい」
「つまり、私たちの認識システムが持つ構造が、量子世界の構造と同一であるとおっしゃるのですか」

「その通りです。だからこそ、このゲシュタルトはあなた方の意識に変化を起こさせる力を持っているのです。
素粒子内部の世界とあなた方の意識のシステムとはいわば鏡像関係にあります。
物質としての素粒子の構造はプレアデス的統制の中で詳しく論じられている訳ですから、それが認識システムとして形成されている空間構造と一致するかどうかは容易に確かめることができるはずです。
そして、もしそれが完全に合致したとすれば、その時あなた方はそれこそ自分自身が宇宙の全存在物そのものであることを身を持って感覚化することでしょう」
「つまり変換人型ゲシュタルトにとってのカタチとは意識の幾何学のようなものと考えてよいですね」

「なかなかいい表現ですね。高次元空間における形態認識とはそのようなものと考えられて結構です。
反転した空間認識が生まれてくれば、それは自然と見えてくるはずです」
「しかし、あなたとのコンタクト以来、ミクロとマクロの関係が引っくり返った空間イメージを作ろうとしているのですが、未だにそれがどういうことを意味するのか分からないのです」

「それは、あなたが相変わらず人間型ゲシュタルトとして反転を描写しようとしているからではないですか」
「どういうことですか」

「反転という操作自体が人間型ゲシュタルトを崩すことを意味しているのですから、人間型ゲシュタルトの中で反転を試みようとしても無理です」
「ミクロとマクロの対称性を感覚化するためには、まず反転した物体の中心点とは、私たちが普段、無限遠点としてイメージしているところということになりますが……」

「そうですね、その無限遠点が一体何なのかを理解することが高次元世界に入るための重要なカギとなるでしょう。
それについてはもうしばらくあなた自身でお考えになって下さい」


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「無限遠点」とは何か……。
4次元認識の実験で分かったように、立方体(3次元)の頂点から覗き込んで観察する「自分の位置」こそ、無限遠点なのだ。

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無限遠点を見つめる修業法は肥田式強健術の中にもあり、超能力開発にも一役買っている。
だが、この方法で本当の無限遠点(5次元の入口)を発見する事は出来ない。
何故なら、上図の解説は、下図に示されている通り、人間型ゲシュタルト思考だからである。

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だが、反転した世界観を感覚として認識することは容易ではない。
その為のステップとして簡単な発想の転換がある。
この大宇宙(空間)はミクロ(微粒子)で形成されており、人体(物質)はミクロの集合体である。
つまり、目に見えない物がミクロで、目に見えるものがマクロである。
これは誰もが理解していることだ。
であれば、「大宇宙がミクロで、人体がマクロ」であることは、疑う余地のない事実なのである。

お分かりだろうか。
我々は3次元的な概念で、勝手に事実を逆転して認識しているのだ。
カッバーラの奥義で「生命の樹」を鏡像反転させた姿が真の姿だとされているのは、まさにこの事ではないだろうか。
「天の岩戸閉め」の神話を思い出してほしい。
天照大神が岩戸に隠れて世界は闇に包まれた。
これは霊的解釈で、人間の魂が進化の方向性を見失ったことを意味する。
つまり、天照大神の岩戸閉めによって、霊主体従から体主霊従の物質主義の世の中になった。
そして引っ張り出された天照大神は、鏡に映った姿を自分だと思えと言った。

しかし、天照大神の本体こそ実在であり、鏡に映った姿が非実在であることは、我々は分かりきっているはずだ。
そして、この世は霊界の写し世(映し世)であり、霊界が実在である。
という事は、我々は鏡に映った姿を非実在と知りながら、霊界の写し世である物質界を真実の姿だと錯覚しているということなのだ。
この虚数の世界(神霊界)で起きた岩戸閉めと偽の天照大神の出現が、実数の世界(人間界)に移写したのが「イエスの誕生」である。
この原理から言うと、約2000年前に誕生したイエスは偽の天照大神だったことになる。

スウェデンボルグ曰く、イエスが生まれた時代、人類史上最も暗い世の中だった。
それは虚数の世界で天照大神が岩戸に隠れたからである。
そして偽の天照大神が現れて世の中に(偽の)光が戻った。
それは鏡に移った姿、つまり非実在、即ち肉体の天照大神の出現を意味する。
これが「イエスの誕生」である。
イエス誕生の頃にパイシス(魚座)の時代になり、魚がイエスの象徴とされた。
つまり、イエスは対立・競争のパイシスの象徴であり、絶対神の受肉であることからも分かる通り、「肉体・物質主義」を意味する。

イエスは真理を説き、贖罪処刑で人類のカルマを軽減し、世の中に少し光が戻ったが、イエス誕生の真の意味は、物質文明を促進して終末に導く型示しだったのだ。
そしてイエスが処刑されて再び岩戸が閉じ、新たに出てきた偽の天照大神(反キリスト)がローマ教皇庁である。
キリスト教文明(反キリスト)は平和の名の下に社会を支配し、世の中を破滅に導く。
これを支配する黒幕がユダヤ財閥である。
そしてゴルバチョフが反キリストを演じさせられるが、あくまでも支配者はユダヤ財閥であり、彼らがニューエイジ・キリストと崇めるのがロード・マイトレーヤなのだ。
その意味で、2000年前のイエスは真のメシアではなく、再臨のイエスこそが真のメシアなのだ。
ロード・マイトレーヤについては、改めて私の考えを述べたい。

尚、私は5次元の入口である「無限遠点」を発見したが、その為にはネオデジタル内観は避けて通れない。
詳細は、機を改めて別のサイトで解説したいと思う。
http://world888.seesaa.net/
posted by 夢蛇鬼-mujaki- at 04:13| Comment(4) | カテゴリ未決定 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2大科学者「釈迦」と「イエス」の次元と人間の存在理由

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引き続き、半田氏とオコツトの会話を抜粋しよう。

「あなたがたが人間の意識進化と呼ぶもののイメージについて、ごく単純な言い方で結構ですから、分かりやすく説明していただけませんか」
「自我の消滅です」


前太陽系次元において、シリウスAルート(プレアデスからシリウスに上昇する意識)のムー人の意識は、位置の等換作用によって肉体の削除が起こり、真実の人間(ψ9〜ψ12領域の意識体)として永遠の生を受けてオリオン領域にアセンションした。
そして、次の太陽系次元の変革期は2013年から始まる。

「釈迦が教えた悟りとは何ですか」
「悟りとはオリオンにおける負荷、すなわち観察精神に入ることです」

「観察精神とは何ですか」
「第13番目にある次元の力と方向性のことです」

「釈迦はオリオンに入ったのですか」
「人間の意識としてタカヒマラの全てを目撃したということでしょう。
釈迦の意識は現在、覚醒球領域(ψ8)に位置させられています」

「では、イエスはどうですか」
「同じく覚醒球領域(ψ8)にあります」

「宗教とは一体、何なのですか」
「変換期の知識を人間の意識が歪曲化させたものです」


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王仁三郎は、大本弾圧によって、この世から宗教を根絶する型示しを行なった。
『日月神示』には「教えではなく道でなければならない、今までの宗教は全て潰れる」と示されている。

白峰氏は次のように述べている。
「……お釈迦様が説いたものだとしても、仏教ではないのです。
キリストもそうですが、全部、人間としての在り方、自然との在り方を説いたのです。
本来はみな「道」なのです。
それが学問や宗教という枠に閉じこめられたから、おかしくなったのです」


半田氏とオコツトのコンタクトに戻ろう。

「神、もしくは仏の存在が自明のものとなれば、私たち人類の一人一人がその摂理のもとに素晴らしい人生を送れるようになるでしょう。
そのことによって、初めて私たちはいかなる精神的苦痛もない平和な社会を具現化することができるようになると思うのです」
「いかなる精神的苦痛もない平和な社会の具現化と言うと……?」

「飢えや、病や、戦争や、差別といった、人間社会に巣くっているネガティブな要素が一切存在しないような世界、言わばユートピアの実現とでもいいましょうか……」
「つまり、人間にとっていかなる不幸も存在しないような社会を構築するために神の実在を願望しているというわけですね」

「ええ、そうです」
「しかし、そのような社会があなたがたの世界において実現可能なのですか」

「実現可能かというのはどういう意味で聞かれているのですか……。
私たちの多くは少なくとも幸福な社会の成就を目指して生きています。
でなければ、社会自体の存在意義がなくなってしまう……」

「人間の最終構成というものの正確な意味を理解していただくためにも、ここは、はっきりとあなたに申し上げておいた方がよいでしょう。
あなたがた人間が存在させられている目的は決してそのようなことではありません。
あなたが今おっしゃっていることは残念ながらすべてプレアデス的統制がもたらしているものです」

「プレアデス的統制……?
平和で至福に満ちた社会をこの世界にもたらすことがプレアデス的だとおっしゃるのですか」
「そうです」

「一体、どういうことですか」
「よく考えてみて下さい。
あなたがたの幸福という概念にはまず物質的充足が何よりも優先されているはずです。
しかし、地球上のすべての人間たちがそのような物質的享受を受けることが可能ですか」

「確かにもう物質的な豊かさを追求していくというのは、これからの時代、無理な話かも知れません。
しかし、私たちは今、そのような旧来の価値観を変えなければいけないということに気づき出しています。
一人一人が強い自覚を持つことによって個々のライフスタイルを変え、共生の思想を持って新しい社会の在り方を模索していく……そのような自然と調和を持った文明のスタイルというものが可能なはずです」
「共生の思想?自然と調和を持つ文明…それは一体どのようなものですか」

「もっとエコロジカルな文明です。
科学にしろ、いずれは負のエントロピーの力を操作することができるようになるかも知れないし」
「それは難しいのではないですか。
あなたがたが持っている科学技術は決して自然と調和することはできないと思いますが」

「科学が自然と調和できない?」
「科学はノスの力で働かされていますが、生態系はノウスの力で働かされているものです。
ノスとノウスは方向性が全く逆なのです」

「ノス…?ノウス…?」
「あなたがたが今言われたエントロピーの正と負の関係にある力の本質のことです。
性質を作り出しているものと、定質を作り出しているもののことです。
あなたがたの科学技術がいくら進歩しようともそれはノスの力です。
プレアデス的統制の中で働かされている限り、科学は自然を破壊していく方向にしか働かないでしょう」


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だが、「かがく」には科学と化学があり、オコツトが言っているのは「化学」のことであり、少し補足説明しておく必要がある。
科学と化学は全く違う分野であり、真理を対象とする宇宙科学や精神科学には「科学」という文字を使い、物質を対象とするのが化学である。
生命や霊的エネルギーは原因の世界であり、不変不動の永遠不滅の世界だが、物質は常に変化し続けるから化学と言う。
今の科学者は科学者ではなく、化学者即物理学者であり、その背後にある質量を生み出す不変不動の不可視の力を無視している為に、今の化学はこれ以上進歩できず限界に達しているのだ。

人間の肉体は質量によって現れ、これに生命エネルギーが宿って人間となる。
生命には姿形がないから「空」、質量は「色」で、これを「色即是空、空即是色」という。
この質量は、個体、液体、気体に変化し、肉体、幽体、霊体に対応するが、質量は変化で化学(物理)、生命は不変で科学で(真理)ある。
生命は能動原理で積極、不死不滅で破壊することはできないが、質量は受動原理で消極、諸行無常でマイナスのエントロピーが働いて崩壊する。

物質主義者は化学、物理学を専攻しており、形の世界という幻影で物を見て、永遠の存在である見えない次元を無視しているから現代科学は大きな壁にぶつかった。
見えるものは見えないもので生かされ、エネルギーと質量なくして物質は存在できない。
万象万物は現れ方は様々だが、本質においては1つであり、神は1神にして多神なのだ。
宇宙そのものが神、科学そのものが神であり、これからは見えない生命、宇宙エネルギー、宇宙意識という原因の世界を追求する科学こそ重要となる。
この宇宙科学こそ「超科学」のことなのである。
posted by 夢蛇鬼-mujaki- at 03:48| Comment(2) | カテゴリ未決定 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月15日

冥王星変換人が明かす「イザナギ・イザナミ」と2013年・太陽の葬式

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現在、太陽は11年周期の極小期で、本来は沈静化している時期だが、2006年12月12日、15度目の太陽表面爆発が観測された。
爆発といっても、太陽はアカデミズムがいうようなガス天体ではないので、火山の爆発だろう。
その約2週間後、日本列島が集中豪雨に見舞われ、台湾では地震が2度起こり、カムチャッカ半島は3つ目の火山が噴火し、世界中で異常気象が続き、各地で大嵐が続発している。
NYでは22℃の気温が記録され、多くの人がTシャツで過ごし、ワシントンでは桜が開花したと報じられた。
ところがその10日後には気温が一変し、寒波がアメリカ全土を襲って凍死者が続出し、降雪の考えられないアリゾナ州やメキシコ国境で雪が降り、北半球の大部分が大寒波に襲われるのは観測史上初めてのことだという。

2007年2月1日からの集中豪雨で、インドネシアでは街が水没する程の洪水に見舞われ、34万人が家を失った。
また、太陽フレアが地球の赤道の温度を上昇させるといわれており、太陽フレアが地磁気を攪乱させ、地震が多発する原因にもなっている。
地磁気の乱れは、人体や精神面にも大きな影響を与えることも分かっている。
2007年1月22日の日本時間23時過ぎ、太陽観測衛星が信じられない光景を観測した。
巨大な黒雲のようなものが突如現れ、それが吹き飛ばされるかように瞬時に消えたのだ。
http://solar.nro.nao.ac.jp/norh/html/10min/2007/01/22/movie.html

その他、太陽表面上に無数のUFOが無尽に飛び交い、「ソーラークルーザー」と呼ばれている。
また、太陽黒点の活動が活発な時期には、地球上でウィルスが猛威を奮ってきたことから、今後、ウィルスによる死者が激増すると思われる。
ロシアの科学者は、現在起こっている異常気象や異常災害の原因は太陽活動の異常だと指摘し、2012年から2015年にかけて地球上の気温は下がり始め、2040年頃に底のレベルに達し、2055年頃から約50年間、ミニ氷河期が続くと予測している。
地震・洪水・ウィルスによる人類滅亡は、ジュセリーノも予言している通りだが、温暖化については「2039年には気温が63℃に達する所もあり、世界中の多くの国が地球温暖化で消滅する」と予言している。
いずれにしても、時間の加速化現象と、日月神示のいう一厘の仕組み(富士と鳴門の仕組み)によって、2013年を前にして天地のビックリ箱が開き、様々な予言者の予言や科学者の予測は外れるだろう。

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半田広宣氏は、オコツトから次のようなテレパシーを受けて自動書記を始めた。

「タカヒマラをユークリッド平面に変換してビジョン転送を行います。意識を右後頭部に集中して下さい」

そして半田氏はメモ用紙に、波のような模様とψ1、ψ2……、と、意識に反して記号を記し、DNAのような二重螺旋と4本の矢印を掻き、ψ13、ψ7、ψ1の部分に、オリオン、シリウス、プレアデスと、カナ文字を自動書記した。

そしてオコツトは、タカヒマラについて次のように説明した。

「およそ存在と呼べるもの、その全てを送り出している宇宙精神のシステムのようなものとでも言っておきましょうか。
タカヒマラはオリオンとプレアデスの干渉作用により生まれている高次元の定在波のようなものです」

「素粒子から銀河に至るまで、あなたがたに観測される全ての現象世界は、このタカヒマラにおける共鳴波動として存在させられているものと考えて下さい」


この宇宙創造原理のテンプレートのような「タカヒマラ」という言葉は、高天原(タカアマハラ=タカマガハラ)に響きが似ているが、これについてオコツトはこう説明している。

「タカヒマラとタカマガハラとは少し意味が異なります。
タカマガハラとは人間に覚醒が起きた時の表性のことです」


「表性とは人間の最終構成が作り出された時に、第3番目の次元として発見される空間のようなものです。
今からあなたがたが見出す新たな空間領域とでも言っておきましょう。
表性は新しい次元構成を送り出していくための最初の位置となります」

「あなたがたが所持している神話の原型は、その全てが私たちの作業に基づいて作り出されたものだと思います」


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そして、オコツトのメッセージは次のように続く。

「先ほど送信した図をもう一度よくご覧になって下さい。
オリオンとプレアデスの間にいくつの定在波が作り出されていますか?」


半田氏が自動書記で描いた図には、2つの螺旋が作り出す間の領域の一つ一つに、ψ1〜ψ13までの記号がある。

「そこに記されているψ1〜ψ13のことを私たちは次元観察子と呼んでいます。
次元観察子とはタカヒマラを構成している次元ユニットのようなものとお考え下さい」


つまり、宇宙は13の次元で構成されているということなのだが、オコツトは次のようにいっている。

「タカヒマラには2つの力の流れが存在していますから、全部で26の次元が存在しているという言い方ができるかもしれません」

この2つの流れについて、次のように説明している。

「一つが…プレアデスからオリオン、つまり、ψ1からψ13へと向かう力の流れのことで、もう一つがその反対方向、ψ13からψ1へと向かう力の流れです。
この相対的な2つの力の流れのことを私たちはそれぞれ定質と性質と呼んでいます。
あなたがたの神話で言えば、定質とはイザナギノミコト、性質とはイザナミノミコトのことと考えて下さい」

「イザナギとはタカヒマラに生み出された13の次元を持つ定在波を相殺していく働きを持つもので、イザナミは新たな定在波を作り出していく働きを持っているということです」

「イザナギ=13凪」「イザナミ=13波」

「定質と性質はタカヒマラにおける進化の力とその反映力の関係にあります。
それが私たちがオリオンとプレアデスと呼ぶものの関係なのです」


半田氏は次のようにコメントしている。

「わたしは最初、この2つの天体の名称に星間戦争でも行っている銀河系の二大勢力のようなイメージをだぶらせていたが、それも全くお門違いのようだった。
オコツトの説明から察するに、それらは宇宙全体を脈動させている陰と陽の根本的なエネルギーの発信源のようなものらしい」

「タカヒマラにおいては、人間とは〈性質〉が生み出されている状態を意味します」


つまり、オリオンからプレアデスに向かう力によって人間が作り出されているという。

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「オリオンとプレアデスとは、いわば、神と人間の関係に相当します。
宇宙の最も根本的な二元性とは神と人間のことを言うのです」

「タカヒマラが律動していくためには、定質と性質だけでは不十分で、もう一組の二元性が必要とされます。
この二元性はタカヒマラの中に起きている反響のようなもので、それぞれ反定質と反性質と呼ばれます」

「反定質と反性質とは、人間が現在、意識と呼んでいるものに相当します。
定質と性質はタカヒマラの内面に存在しており、反定質と反性質はタカヒマラの外面側にあるものです。
これら4つの力はある一定の周期が巡ってくると飽和状態を迎え、新しい定質の力と方向性を作り出していきます」

「人間に覚醒が起こると、人間の意識は定質と性質に分化し、タカヒマラが顕在化を起こしていきます」

「反性質として働いてた意識は定質へと変えられていき、反定質の方は性質に変えられていきます。
前次元で言えば、この両者はアトランティスの次元とムーの次元の関係に相当します」

「今のあなたがたは意識進化がいかなるものなのか全く理解することができていないので、この2つの文明に関して説明しても、なかなか理解には及ばないでしょう。
それら2つの文明は位置の転換を起こすことによって反映を失ってしまったのです」

「位置の転換作用とは、新しく生み出された人間次元を交差するためのシリウスの最終調整のことを言います。
位置の転換が起こると、太陽系は再びオリオンとプレアデスによる二元化された働きを持つように活動を始めるのです。
あなたがたがムーやアトランティスと呼ぶ超古代の文明は、前次元においてシリウスの関与により生まれた変換人の文明であり、変換・転換が完全化すれば、文明は全てその反映をなくしてしまいます」


オコツトによれば、タカヒマラ自体が方向を変えることにより、その内部に構成されていた次元振動の全てが一斉に方向を反転させ、タカヒマラの内面と外面がその役割を交替し、人工的に作り出されたものは全て消滅するという。
これは陰陽道の思想と通底するが、半田氏もそのことについて述べているので、そのまま紹介する。

「古代中国のタオイストたちは、全ての生命と全宇宙は交替しながら前進すると考えた。
あらゆる進化、発展のメカニズムには、この律動的な交替、振動は欠かせない要素だったのである。
わたしにはオコツトがこの時伝えてきた内容が宇宙における最も根本となる周期的運動、つまり古代人たちが永劫回帰と呼んでいた周期的な運動のことのように思えたのだ」


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陰極まれば陽となり、陽極まれば陰となる。
これは単なる陰陽の二元性だけでは起こらず、太極図に見られるように、陰の中に陽の種、陽の中に陰の種が内在し、この4つの要素が不可欠であり、タカヒマラもオリオンとプレアデスの二元性だけではなく、双方の逆の要素が同時存在して働いているのだ。
オコツトによると、次元交替化の周期は人間の時間概念に対応させると、約2万6000年周期のプラトン年(2万5920年の惑星歳差運動周期)に対応しているという。

そしてムー人は、約1万3000年ほど前にプレアデスから「定質」としてオリオン領域に向かう意識進化の中で人間の最終構成を経験し、肉体の削除が起こって変換人に進化し、シリウス領域(ψ9〜ψ12)に入って永遠の生を手に入れたという。
その時、その反作用としてオリオン領域側(ψ13)から「性質」としてプレアデスへと下降したアトランティス人の意識は、再び人間の意識次元に転落し、想像を絶する天変地異の中でプレアデス領域での再スタートを余儀なくされ、その時生み出された新しい人間次元が現在の我々の世界だという。

だとすると、アダムとイブは1万3000年前の人間で、約6500年前にノアの大洪水が起こり、アトランティス人として人間次元で再スタートをしたのがノアとその家族だったということになる。
そして1300年間の原始的な意識状態を経験した後、急激な知性の発達が起きて世界4大文明が発祥し、現在の人間の意識がプレアデスから変換人のオリオン領域に入るのが太陽系の最終構成の意味だという。
フォトンベルトと呼ばれたプラズマベルトは、牡牛座のプレアデス星団のアルシオネを基点とする巨大な光の帯で、太陽系は26000年のサイクルの中で11000年周期で2回遭遇し、2000年かけて通過するとされているが、この奇妙な年代の一致は偶然ではないだろう。

「太陽の死」について、オコツトは次のように説明している。

「現在の太陽系の働きが終わりを告げるという意味では人間の滅亡という表現もできるかも知れませんが、それは決して物理的な滅亡を意味しているわけではありません」

「あなたがたが太陽と呼んでいるものは、第7次タカヒマラにおける人間の精神核のことです。
現在の人間の意識に進化が始まれば、第8次タカヒマラ、つまり新しい太陽系次元の方向性が顕現化を起こしてくるということですから、当然、現在の太陽は消滅せざるを得ないでしょう」

太陽の消滅とは……。

「太陽の燃焼が衰退していくということです。
定質が完全にシリウスの領域に入れば、それは起こり始めます。西暦2013年です」

「太陽が働きを終えていく原因ですか…理由は単純です。
タカヒマラの方向性が変わるからです。
あなたがたが太陽の中に観測している水素から鉄に至るまでの核融合は、タカヒマラの内面と外面の関係と同じものと考えて下さい。
人間の意識自体が進化の方向を見出すようになれば、定質の方向性が全く反対側に生み出されてくるということですから、現在の太陽が作り出している方向性は存在の必要性をなくします」
posted by 夢蛇鬼-mujaki- at 11:31| Comment(0) | カテゴリ未決定 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

岡田多母氏が説く「カゴメの歌」とアセンション神話

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船井幸雄氏から、「どんなことでも瞬時に正しい答えが判る人」という評価を受けている、アースエネルギー研究所の岡田多母氏は、草木や太陽、月などと対話ができ、宇宙誕生から現在までの全ての出来事を記憶しているという。
岡田氏の著書『愛しの地球(テラ)へ(風雲舎)』によると、宇宙創造以前、「アル」という存在だけがあった。
これは言わずもがな、「私はアル=真のヤハウェ=ルシファー=イエス・キリスト」であり、神道でいう「天之御中主神」のことである。
その「アル」がある時、意思をひとつに結集し、その総てを想像して創造が始まった。

アルの結集した意思「源」は、素示一光顕太祖(ソシイツコウラタイソ)、創造の担い手「元」は7次元神界と呼ばれ、創造の「根本」は6次元界、コトハの結晶は5次元界、構造系は4次元界、創造の具現化は3次元界と呼ばれるようになったという。
5次元は、この自動的に流れていく進みを法則化し、「天地自然の法則=理(コトハリ)」と呼ばれるようになった。
各次元を神界と呼び、その代表の総合体に次のような名前が与えられたという。

【7次元】
七地身一王之大御神(アメツチミヒトツオヲノオオミカミ)
母止津和太良世之大御神(モトツワタラセノオオミカミ)

【6次元】
底津岩根之大御神(ソコツイワネノオオミカミ)
根本ミロク之大御神

【5次元】
天照日之大御神(アマテラスヒノオオミカミ)
日之大御神(ヒノオオミカミ)
月之大御神(ツキノオオミカミ)

【4次元】
国常立大神(クニトコタチオオカミ):七十六神の総本

【3次元】
ヒト(人類)

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神名はともかくとして、地球創造の進みの責任は、4次元神界の七十六神と3次元神界のヒトが担っていたという。
そして、3次元を直接的に創造した4次元神界の神々は、人間の感情や行動に大きな影響力を持ち、4次元神界と3次元神界の活動で地球は調和を保ち、慈しみ合って、成長の道を歩んできた。
だが、人類は本来の任務を忘れ、サイクルを乱していった。
これに気付いた4次元の神々は、人類の進みを促す為、人間の女性の霊体に共振し、交わりを始めたという(これは霊的な意味でありネフィリムとは異なる)。

神の子として誕生した人間は、人類覚醒の為に活躍したが、神々が直接人間と交わるという自然法則の侵犯により、この世に差別や競争を生み出し、嫉妬や憎悪という感情が地上を支配するようになったという。
岡田氏によると、「嫉妬のスイッチがONになったことにより、人間にエゴが始った」という。
だが、船井幸雄氏のいう「人類の進化を早める為に、嫉妬のDNAがONにされた」というのが的確な表現だろう。

さて、人間界の乱れは4次元神界にも混乱を与え、ここに魔の手が入り、創造のプログラムに逆らう不調和や、秩序を乱す流れが始ったという。
これによって3次元神界は、自らが神である自覚を失い、本来の長寿を全うすることが出来なくなった。
5次元の存在だった地球は、これに失望して3次元へと自らを降格させた。
この時、自らの分神である七十六神が、天地を勝手に動かし始めたことに気づいた4次元神界の総合体・国常立大神は、その責任を取る為に地球の底に隠れてしまったという。
これが「岩戸隠れ」である。

そして人類は愛から離れ、霊性よりも肉体や物質を重視するようになり、地上と幽界に悪想念が渦巻くようになった。
この様子を見ていた「太祖」は、自らの意志を7次元神界に伝え、各次元界を再結合するよう命じ、国常立大神の隠退を知った7次元神界の母止津和太良世之大御神は、これを3次元神界に発信したという。

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王仁三郎は『霊界物語』として啓示を受けたが、岡田氏によると、その啓示が太古の昔に降ろされたのが「カゴメの歌」だという。
「カゴメの歌」については、以前私の解釈を述べたが、天啓というのは様々な解釈ができる。
日月神示やスウェデンボルグも語っているが、高度の天界の言葉や文字には無数の意味が込められているのだ。
岡田氏は、母止津和太良世之大御神から次のように聞いたという。

「カコメ カコメ
カコナル ナカナル トリ
イツ イツツ テル 
ヨ ワケ ユク ハン ニエ
ツル カメ ツトルム ウシ ロ
シ ヨウメン タレケン」


その意味は、次のように解説されている。

「地球よ、地球よ、
地球の内側にいる国常立大神の輪は、
5次元と5次元となった人類で現れてくる。
世分けの晩に、
千年も万年も統治する裏の正面(太祖)は垂れてくる」


これも、本質的な意味の1つなのだろう。
いずれにせよ、「カゴメの歌」はアセンションの予言なのだ。

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ちなみに、「鳥」は数霊的に「十里」で、「真理」という意味があるそうだ。
話を戻すが、「源」「太祖」の神勅を具現化する為、7次元神界の配慮で、人類の中に純粋な魂が生み出された。
この魂たちが、地球の底に隠れてしまった4次元神界の総合体・国常立大神を呼び覚まし、再び地上に引き戻したという。
それは「神座開け(かみくらあけ)」と呼ばれる天地和合の神業で、「岩戸開き」が見事に成し遂げられたとされている。

この話が事実なら、まさに王仁三郎を始めとする大本裏神業団体の功績である。
目覚めた国常立大神は、4次元神界の七十六神を統一し、創造の完全な世界を実現する為、3次元の人類と共同事業で天地の浄化を始めた。
この時から、時代は「完結の時代」に向けて進み始めたが、本来のプログラムを新生させる為には、人類の神性の蘇りが必要だという。
3次元神界は、親神界である4次元神界を調和・融合させることで5次元神界へと進化し、人類の新たな創造が始りまるとしている。

だが、今人類が目覚めなければ、陶芸家が納得のいかない作品を叩き壊すように、「源」はプログラムを停止すると岡田氏はいう。
しかし、それは喩え話に過ぎない。
この話は、岡田氏が天啓として受け取ったものだが、あくまでも神話的な物語であり、ストーリーの骨子は王仁三郎の『霊界物語』とも符合しており、改めて解説する必要はないだろう。
創造と破壊について、オコツトのメッセージを見てみよう。
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武士道のサムライ・スピリッツとエジソンの予言

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明治の国際人・新渡戸稲造は、外国人から「日本にはキリスト教がないのに、どうして公衆道徳を保っていられるのか」と、質問されることがあった。
日本には国教はなく、また宗教団体に入っている人を白い目で見る風潮がある。
日本人は昔も今も、基本的に無宗教なのだ。
だが日本は、(特に昔は)高い道徳心を持ち、勤勉で、犯罪は少なく、他の先進国から見ると特殊な国だった。
そこで新渡戸は、日本の国民性が武士道にあると考え、かの有名な『武士道』を著した。
少し口をはさめば、武士道の源泉は神道であり、神道のルーツは原始キリスト教である。
そして、神道は宗教というよりも、生活と一体化した宗教であり、日本人のDNAに刻み込まれた極自然な意識せぬ宗教であり、日蓮のいう「法華経化」した日本の文化なのだ。
ちなみに、古来より神道と稲作は一体であったが、新渡戸の名前は「稲造」である。

『武士道』は世界各国で翻訳され、高い評価を受けているが、発明王エジソンも武士道に傾倒し、新渡戸を敬愛していたという。
エジソンは『人類は「心の進化」を遂げなければ滅亡する』と予言し、晩年は心霊研究に没頭したが、日本人に特別に期待を寄せていたようだ。
余談だが、国連事務次長を退職し、帰国した新渡戸を待っていたのは、太平洋問題調査会の三代目理事長のポストだった。

『続・最後の強敵日本を撃て(ヤコブ・モルガン)』によると、太平洋問題調査会は、ロックフェラーがソ連と日本を巻き込んで、太平洋を管理しようとしたもので、新渡戸はフリーメーソンの自由主義者で、ユダヤへの偉大なる功労者として五千円札の表象にされたという。
明治維新後、「四民平等」の布告により武士は滅び、明治15年の「軍人勅諭」では、武士道ではなく「大和心」でもって天皇に仕えることとされたが、日清戦争以降『武士道』が再評価されるようになった。

井上哲次郎に代表される国家主義者たちは、武士道を日本民族の道徳と同一視した。
山折哲雄によれば、新渡戸は渡米時に人種差別に苦しみ、自分を差別しなかった一部のクリスチャンの倫理観に感銘を受け、それに相当する日本思想を『武士道』とした。
山折によれば、新渡戸の武士道の思想は、キリスト教倫理の影響を強く受けた「伝統の創造」だという。
新渡戸は著書『武士道』の中で、武士道と騎士道を比較し、武士道が日本人の倫理の核になっていると主張した。
騎士道とは、中世ヨーロッパで成立した騎士が従うべきとされた行動規範で、騎士道に従って行動することが栄誉だと賞賛された。
騎士として、武勲を立てることや、忠節を尽くすこと、弱者を保護すること、信仰を守ること、貴婦人への献身など「騎士の十戒」がある。

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新渡戸の『武士道』には、「勇」について次のように書かれている。

『勇気は、義によって発動されるものでなければ、徳行の中に数えられる価値はないとされた。
孔子は「論語」の中で、彼が常々用いているように、否定によって命題を明らかにする方法で勇気を定義づけている。
すなわち「義をみてせざるは勇なきなり」と。
この格言を肯定的に言い直すと「勇気とは正しいことをすることである」となる。
あらゆる種類の危険を冒し、生命を賭して死地に臨むこと…これはしばしば勇猛と同一視され、武器をもつことを職業とする者にあっては、そのような向こう見ずの行為が不当に賞賛されている。
シェイクスピアはそれを「勇猛の私生児」と名付けた。
しかし、武士道の教えるところはこれと異なる。
死に値しないことのために死ぬことは「犬死」とされた。
水戸義公は述べている。
「一命を軽んずるは士の職分なれば、さして珍しからざる事にて候、血気の勇は盗賊も之を致すものなり。
侍の侍たる所以は其場所を引退いて忠節に成る事もあり。
其場所にて討死して忠節に成る事もあり。
之を死すべき時に死し、生くべき時に生くといふなり」と。
しかし彼は「人が恐れるべきことと、恐れるべきでないことの区別」こそ勇気である、と定義したプラトンの名を聞いたはずはなかった。
西洋で説かれていた道徳的勇気と肉体的勇気の区別は、私たち日本人にあっても昔から広く認められていたのである。
サムライの若者で「大義の勇」と「匹夫の勇」の区別を教わらなかった者があろうか。
勇猛、忍耐、勇敢、豪胆、勇気…これらはもっと用意に少年の魂に訴え、その実践と手本を示すことによって彼らを訓練できる資質である。
それらは少年たちの間で幼いときから競われている、最も人気のある徳であった。
軍物語は少年たちが母親の乳房を離れる前から幾度となく聞かされた。
幼な子が痛さに耐えかねて泣くと、その母は「これくらいの痛さで泣くとは何という臆病者ですか。いくさで腕を切り落とされたらどうするのです。切腹を命じられたらどうするのです」と子を叱る』


また、次のようにも説明されている。

『勇気の精神的側面は落ち着きである。
つまり、勇気は心のおだやかな平静さによって表される。
平静さとは、静止の状態における勇気である。
果敢な行為が勇気の動的表現であることに対して、これはその静的表現である。
まことに勇気ある人は、常に落ち着いていて、決して驚かれたりせず、何事によっても心の平静さをかき乱されることはない。
彼らは戦場の昂揚の中でも冷静である。
破滅的な事態の最中でも心の平静さを保っている。
地震にあわてることなく、嵐に立ち向かって笑う。
私たちは危険や死を眼前にするとき、なお平静さを保つ人、たとえば迫り来る危難を前にして詩歌を作ったり、死に直面して詩を吟ずる人こそ立派な人として尊敬する。
文づかいや音声に何の乱れもみせないこのような心の広さ(私たちはそれを「余裕」とよんでいる)は、その人の大きさの何よりの証拠である。
それは圧し潰されず、混乱せず、いつもより多くのものを受け入れる余地を保っている』


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そして武士道では、「義」によって「勇気」が発動し、勇気が極みに達すると「仁」に近づくとされる。

『さまざまな局面で武士道は、その生みの親であった社会的身分からさまざまな道筋を経て流れ出し、大衆の間で酵母として働き、日本人全体に対する道徳の基準を供給した。
武士道は当初、エリートの栄光として登場した。
だがやがて国民全体の憧れとなり、その精神となった。
庶民は武士の道徳的高みにまで達することはできなかったが、「大和魂」すなわち日本人の魂は、究めるところの島国の民族精神を表すに至った』


「刀は武士の魂」という言葉もある通り、武士道は刀を武勇の象徴とした。
刀は本来、人を斬る凶器ではない。
日本の刀の起源は、皇室の三種の神器の1つである「草薙剣」である。
そのルーツは、古代ヒッタイト、イスラエル民族及びスキタイにある。
即ち、刀は「大和民族」の象徴であり、大和魂そのものだと言って良いだろう。
また、刀は製鉄技術によって作られる。
即ち、「鬼=素戔嗚尊」の象徴であり、ヤマトゥ(イスラエル10支族=騎馬系弥生人)が、日本に渡来する以前から日本に存在した縄文人(出雲族)の象徴でもあるのだ。
刀は、なぜ武士の魂なのか。

引き続き『武士道』から抜粋しよう。

『刀はその持ち主の良き友として愛用され、その親愛ぶりを表すにふさわしい愛称がつけられた。
そして敬愛の念が高まると、ほとんど崇拝といってよい感情の移入が行われる。
歴史学の祖ヘロドトスは奇異な見聞のひとつに、スキタイ人が製鉄の三日月型の刀剣に生け贄を捧げたと記録している。
日本の社寺や名家では、刀を尊崇の対象として収蔵している。
ごくありふれた短刀に対してさえ、それに応じた敬意が払われた。
すなわち刀に対するいかなる無礼もその持ち主に対する侮辱とみなされた。
床に置かれた刀を不注意にまたぐ者に禍いあれ!』

『刀匠は単なる鍛冶屋ではなく、神の思し召しを受ける工芸家であった。
その仕事場は聖なる場所ですらあった。
彼は毎日、神仏に祈りを捧げ、禊ぎをしてから仕事を始める。
あるいは、いわゆる「彼はその心魂気迫を打って練鉄鍛冶した」のである。
大槌を振り、水につけ、砥石で研ぐ、これらすべてが大変重要な宗教的行為であった。
日本の刀剣が人を畏怖させるほどの魔力をもつのは、この刀鍛冶たちの気迫によるのだろうか。
あるいは彼が加護を祈った神仏の霊気によるものだろうか』

『武士道は適切な刀の使用を強調し、不当不正な使用に対しては厳しく非難し、かつそれを忌み嫌った。
やたらと刀を振り回す者は、むしろ卑怯者か、虚勢をはる者とされた。
沈着冷静な人物は、刀を用いるべきときはどのような場合であるかを知っている。
そしてそのような機会は実のところ、ごく稀にしかやってこないのである。
暗殺、自殺、あるいはその他の血なまぐさい出来事がごく普通であった、私たちの歴史上の極めて不穏な時代を乗り越えてきた勝海舟の言葉に耳を傾けてみよう。
彼は旧幕末時代のある時期、ほとんどのことを彼一人で決定しうる権限を委ねられていた。
そのために再三、暗殺の対象に選ばれていた。
しかし彼は決して自分の剣を血塗らせることはなかった。
海舟はのちに独自の江戸庶民的語り口で懐旧談を語ったが、その中で次のように語っている。
「私は人を殺すのが大嫌いで、一人でも殺したものはないよ。
みんな逃がして、殺すべきものでも、マアマアと言って放って置いた。
それは河上彦斎が教えてくれた。
「あなたは、そう人を殺しなさらぬが、それはいけません。
南瓜でも茄子でも、あなたは取ってお上んなさるだらう。
あいつらはそんなものです」と言った。
それはヒドイ奴だったよ。しかし河上は殺されたよ。
私が殺されなかったのは、むこを(海舟座談)
これが、艱難と誇りの燃え盛る炉の中で武士道の教育を受けた人の言葉であった。
よく知られている格言に「負けるが勝ち」というものがある。
この格言は、真の勝利は暴徒にむやみに抵抗することではないことを意味している。
また「血をみない勝利こそ最善の勝利」とか、これに類する格言がある。
これらの格言は、武人の究極の理想は平和であることを示している。
この崇高な理想が僧侶や道徳家の説教だけに任され、他方、サムライは武芸や稽古や、武芸の賞揚に明け暮れたのは誠に残念極まりない』


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「武」とは「戈(ほこ)を止める」と書く。
本当の武力は戈を止める力であり、武士道の究極は「平和」なのだ。
ヤマト(神の民)に「大和」という漢字が当てられている通り、大きな和(輪)であり、「大調和」「大平和」を意味している。
武士道精神である大和魂とは、平和を理想とする「神の民の魂」なのだ。

アリオンの啓示を思い出して頂きたい。

「アジアは龍であり、西欧は不死鳥である。
この両名は、死を賭して戦わねばならぬだろう。
死を賭したところで、初めて解かれた封印の力が及ぶのだから。
この力が及んだならば、この両名は初めて合体することになろう」

「武力に対して武力で戦うのは愚か者のやることだ。
しかし、武力に対して花で戦うのは、もっと愚かなことだ。
武力に対して効果のあるものは、力だ。
本当の力とは、花や微笑みといった、あなた方の偽善的なフレーズに飾られた額縁の中の絵では無い。
本当の力とは、血の滲む愛情だ。自分の生命を投げ出せることだ」
posted by 夢蛇鬼-mujaki- at 10:25| Comment(0) | カテゴリ未決定 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする